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「#17 先に着いてしまった祈祷師」



 最寄駅へ向かう途中にあるアパートの取り壊しが始まり、気づけばあっという間に更地になっていた。町中華屋や古着屋など様々な個人商店が並ぶその通りには、以前から気軽に作業のできるカフェがあればいい思っていたので、僕は淡い期待を抱きながらその土地の動向を注視していた。

  一週間ほどすると更地には侵入禁止のロープと共に建設予定の看板が設置され、この後に何が建てられるのか、そのヒントがあるのではないかと近づいて見てみたが、手がかりになるような情報を得ることは出来なかった。
 さらに数日経った頃に、白い大型のテントやパイプ椅子などが設営されているのを見つけた。いよいよ地鎮祭を行い建築工事が始まるのだと考えると、関係のない僕まで身の引き締まる思いがした。

 翌日は午前中から予定があったので朝早くに家を出た。いつも通りに駅までのルートを歩いていると、地鎮祭の準備がされていた更地に人影が見えた。その人は烏帽子と呼ばれる縦長の特徴的な帽子を被り、真っ白な狩衣に袴という出立ちで、クーラーボックスみたいな箱の上にちょこんと座っていた。たまに空を見ながら、手に持っているお祓い棒みたいのをぷらぷらさせたりもしていた。

 先着いてもうてるやんと思った。
 今日集まるであろう人間の中で最も神仏に近い存在が、一番手で到着してしまっている。順番的には絶対に一番最後じゃないと駄目だし、なんだったら祈祷師は遅れて来るぐらいで丁度いい。
「すいません!もう少しで神主様が到着されますので、皆様もうしばらくお待ちください!」ぐらい待たせといて、関係者が整列してる後ろから、目を瞑ったままゆっくりと歩いて来てほしい。さらに小声でぶつぶつと呪文を唱えながら入ってくるぐらいの演出した方が、威厳と貫禄が出ていいぐらいだ。
 なにを一番最初に着いてお祓いの棒ぷらぷらさせとんねん。ハイエース乗って来た工事関係者もびっくりするわ。

 しかし祈祷師側からすると大変なのかもしれない。前の現場でお祓いが早く終わってしまった場合、家が近ければ一旦帰宅出来るかも知れないが、時間余ってるけど家帰るのは微妙な時には、そんな格好で喫茶店に入るわけにも行かないし、定食屋で真っ白な狩衣にソースの染みをつけるわけにもいかない。だとすると現場に向かうことしかできない。
 いやそもそもそんな単独で行動してんのかな、着替えする場所とか準備されてんのちゃうんかな、祈祷師の格好で原付乗ってる人とか見たことないしなぁ。

 真相は謎のまま、何してるんですか?と話しかけるわけにもいかずに僕は駅に向かった。今では僕の淡い期待を打ち砕く、三階建ての立派な一軒家がそこには建っている。もしかするとあの祈祷師が先に到着した理由は、土地を守る特別な結界をこっそり張ってあげるというサービスだったのかもしれない。

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