見出し画像

「世界一優しい完全犯罪」


夏場にエアコンをつけていると男女で快適だと感じる温度にギャップがある。これは男女による筋肉量の違いであり、筋肉量の多い男性は発熱量が多く、女性よりも暑がりなのだという記事を読んだ。快適だと感じる温度は男性が25℃であり、女性は25.7℃であるとその記事には書かれていたが、これに関してはカップラーメンの値段を聞かれたある政治家が、「え〜600円くらいでしょ?」と発言したくらいズレている。
現実の生活では、真夏に18℃までエアコンの温度を下げる男が存在する。そして毛布まで被って震える彼女の隣で、「全然涼しくならんやんけ」と舌打ちをするのである。
では何故この適温のギャップが埋まることなく問題となり続けるのか。これは筋肉量の違いではなく、過ごしていた環境の違いだと思ったりする。

僕の家は両親と姉の四人家族だったが、まず父親という存在が最初にある。声を荒げたり、威張り散らすような絶対的な父親ではなかったが、それでも家庭の中では父親の威厳というか、その意見が優先されるような自然な雰囲気はあった。夏場にエアコンの効いたリビングで家族団欒の時間を過ごしている時だって、「ちょっと寒くない?」と言う母に対して、「どこが寒いんや、丁度ええがな」と父が一言発すると、部屋の温度は適温であって母が寒がりなのだという具合になってしまう。そんなもんなんかぁ〜くらいの感じで母もすんなり一枚羽織ってしまうので、議論することなく問題は解決される。穏やかな父親の家庭環境であってもこうなのだから、世間の息子の大半は男と女の間に適温のギャップがあるのだと気づかずに育ち、20代中盤から彼女との同棲生活を始めてしまう。

適温のギャップに気づかず育った男は、「ねぇ、寒いからエアコン25℃にしてもいい?」という彼女の提案に対して、「どこが寒いねん、ちょっと暑いぐらいやわ」と鼻であしらってしまう。ここで「何言ってんのよめちゃくちゃ寒いやん」なんて反論されてしまうと、「お前が何言ってんねん、普通やから。お前が寒がりなだけやねん」と彼女が異常なんだと言い放つ。そこからイライラが募ると「暑いわぁ、お前ちゃんとエアコンのフィルターとか掃除してるんか?」なんて暴言まで吐くことがある。そんな暴言を吐く奴に限って、フィルターの掃除など一度もしたことが無いから恐ろしい。
僕は幸いにも姉という存在がいた為か、母と一緒に寒がっている姿を見ていたので子供の頃から何となくこの適温のギャップには気づいていた。なので若い頃も寒がってる彼女に対して横暴な態度は取らず、同調するように努めることが出来た。
二人でテレビを見ている時に彼女が二の腕を辺りをさすり始めると、「寒い?ちょっと温度上げたら」と優しく声をかける。ただ内心は「いやいやこれ以上暑すんならもう窓を開けてる方がマシやん」と驚いている。

それでも僕は不満を口に出さず、代わりに世界一優しい完全犯罪を決行に移す。
まずは明日は休みだから映画を一本観ようという彼女に対して、じゃあ今日は早めに休んで明日早起きしてからゆっくり観ようと彼女を優しくベッドまでいざなう。電気を消し、暗闇の中で彼女と少しだけ明日の話をしてからおやすみのキスをする。まだ眠たくないなんて言ってたのが嘘みたいに、すぐに隣から可愛らしい寝息が聞こえ始める。僕は彼女の寝顔を覗き込み、「こんな暑いのによう寝れんのぉ」と呆気にとられる。
しばらく観察して彼女が完全に寝てると確信してから、「ちょっとトイレ行こうかな」と念押しであえて喋りかける。彼女の反応がないことを確認すると、ゆっくりベッドから体を起こしトイレに向かう。トイレからの帰り際にテーブルに置かれたエアコンのリモコンを手にとり、素早く操作して温度を一気に4℃ほど下げる。この時、「切り」タイマーを三時間にセットすることも忘れてはいけない。ベッドに戻るとそっと彼女に毛布を一枚かけてあげる。そして何も知らず寝息をたて続ける彼女に、今度は本当におやすみのキスをする。

三時間のタイマーが切れ、そこから二時間ほど経過した明け方近く。
「暑いっっ!!!」と叫びながら僕は目を覚まし、「えっ?どうしたんっ!?」と驚いた彼女が飛び起きたところで、僕の完全犯罪は失敗に終わる。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?