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「金色の髪」


 中学三年のクラス替えで、最初に席が隣になった女の子は金髪だった。
 校則が厳しく男子の髪染めや整髪料は禁止されていて、女子に至ってはそれにプラスして肩にかかる髪は黒のヘアゴムで縛らなければいけなかった。
 そんな厳しい校則の中で、彼女だけが何故か完全な金髪だった。校則をものともしない彼女の気合いとその風貌に恐れおののいて、他の生徒達はその姿を遠巻きに眺めるだけだったが、僕は三年になり最初に指定された席が彼女の隣だったので、必然的に至近距離で彼女を眺める羽目になった。

 同じクラスになるまではゴリゴリのヤンキー女だと思い僕も怖がっていたが、隣で眺める彼女の肌は透き通るように白く、さらさらと綺麗に揺れる金髪はとてもよく似合っていた。
 担任が彼女の髪の色を注意する度に、こんなにも似合ってるのに何がいけないんだろうと不思議に思った。
 スコートを履きたいという理由だけでテニス部に入り、似合いもしないのにきゃぴきゃぴとグラウンドを跳ね回ってる奴らの方が、僕にはよっぽど罪深く思えた。

 それから僕は彼女に少しずつ話しかけるようになった。彼女はいつも儚げで、何故かその綺麗な金髪を気に入っているようには見えなかったから。まるで自分に刻まれた不幸の烙印のように恥ずかしそうにしていたから、僕はその金髪がとても似合っていて綺麗だと、どうにかして彼女に伝えたかったのかもしれない。
 勿論そんなキザな台詞を中学生の僕が口にできる筈もなく、ただ少しずつ彼女との会話を増やしていった。

 僕の中学に購買などはなく、お昼は家から持参した弁当を班ごとで固まって食べるのだけれど、彼女はいつも一人だけ机の上に学校指定のリュックを乗せ、そのリュックの中に箸を差し入れ、とても恥ずかしそうに、俯きながら素早く口に何かを入れていた。
 気を使ってなるべく皆話しかけないようしていたが、僕はその時も構わず彼女に話しかけた。何も恥ずかしいとは思わなかったし、例えどんな弁当を食べていたって彼女の何も損なわれてなどいなかったから、どうか俯かずにその顔を上げて欲しかった。

 夏休みの終わりに、彼女が違うクラスの友達とバイクを二人乗りして大怪我をしたと聞いた。警察に追われバランスを崩したバイクが転倒して、後ろに乗っていた彼女が、顔から地面に激突したという話だった。
 夏休みが終わり学校に現れた彼女は大きなマスクで口を隠していたが、それでも痛々しい傷跡の全てを隠しきれてはいなかった。僕はそんな彼女を見て、ただ相変わらず白い肌に金髪がよく似合うなと思った。おはようと言う変わりに「何しとんねん」と笑いかけた。
 マスク越しで上手く喋れない彼女の席に、体ごと耳を傾けて話を聞いた。「何言ってるか分からへんねん」と言う僕に腹を立てながら、彼女もずっと僕に話しかけてくれた。

 彼女は相変わらずお弁当を隠して食べていたが、僕が話しかけると少しだけ顔を上げて、恥ずかしそうに笑ってくれるようになった。
 あまり勉強が出来るタイプではなかったけど、いつも音楽のテストだけは100点で「凄いやろ!」と自慢げに回答用紙を僕に見せつけるようになった。
「凄いやんけ」と僕が言うと、本当に嬉しそうに笑うようになった。
 クラス対抗のバスケットボール大会で、サッカー部の僕が3Pシュートを決めて逆転勝利すると、「凄いやろ!」と僕が自慢する前に「凄い!凄い!凄い!凄い!」と綺麗な金髪を左右に振りながら、子供のように喜んでくれた。
 その白い肌にまだ少し傷跡は残っていたけど、もうその頃にはあまり恥ずかしそうに俯かなくなった。

 卒業式の日に彼女から手紙をもらった。
 その時に後で写真を撮ろうと約束したけど、僕が後輩などと写真を撮ってる間に彼女の姿は消えていて、しばらく探したけど見つからなかった。
 僕は卒業生のまばらになった学校の校舎にもたれながら、一人で彼女から貰った手紙を開いた。

「あなたのおかげで本当に毎日が楽しかったです!本当にありがとう!最後に、、、ずぅーっと好きでした!」

 込み上げる間もなく、自然と涙が頬を伝った。
 彼女に対して恋愛的な感情を抱いてはいないつもりだったが、毎日が楽しかったという彼女の言葉がとても嬉しかった。
 彼女が楽しいと思える毎日を一緒に過ごせたことをとても誇りに思えた。
 彼女の白い肌に似合った、さらさらと揺れる綺麗な金色の髪を、彼女自身に好きになって欲しいと願っていたけど、彼女がそう思えるまでは、僕が肯定し続けようと決めていたけど、結局は僕が彼女に救われてしまったような気がした。
 校舎にもたれたまま見上げた空の青は、驚くほど鮮やかで綺麗だった。

 その日以来、僕が彼女に会うことは一度もなかったけど、彼女が僕に与えてくれものは色褪せることなくあり続ける。
 東京で生活する今でも街でさらさらと揺れる綺麗な金髪を見かけると、ほんの少しだけ彼女のことを思い出してしまう。

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