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「猫と僕の関係」


 玄関を開けると猫の鳴き声が聞こえて、玄関前に置いたオリーブの植木鉢から三毛猫が顔を出した。
 この猫は近くに住んでいるのかたまに遊びに来てくれて、僕が玄関を開けて外に出る度に、いつも「にゃ〜」と挨拶をしてくれる。雨の日のには玄関前のひさしで雨宿りしてることもあり、引っ越して来てからずっと良好な関係を築けている。

 以前住んでいたマンションにも一匹の猫がよくやって来ていたが、そいつはなかなかにふてぶてしい奴だった。
 近くの家で飼われているのか、その辺りに住みついてたのか分からないけど、マンションの駐車場で大の字になって日向ぼっこしたり、雨の日にはマンションのエントランスに入り込んで堂々と雨宿りしていた。

 夜中に帰って来るとエレベーターの前で丸くなって寝てることがあり、僕が自転車を持って近づいても全くどいてくれなかった。自分の部屋の前に自転車を置いていたので、猫を避けながら自転車をエレベーター内に運び入れるのに手こずっていると、めんどくさそうに猫がゆっくり体を起こし、こちらをチラッと見てからゆっくりと廊下の方に歩いて行った。
 猫の舌打ちが聞こえたような気がした僕が苦笑いで猫の後ろ姿を見送っていると、猫はこちらを一度振り返り、「何見てんねん」という表情で睨みつけてくるのだ。

 きっとあの猫には、人間と猫という境界や序列がないのであろう。当時そのマンションに住み始めて一年足らずの僕を完全に新参者として見ていた。
 それも怒って威嚇するとかではなく、長年この街で暮らす者達の間に存在する暗黙のルールや礼儀を、身勝手な振る舞いで破る者に対してただうんざりするというような態度。湘南の海を愛するベテランサーファーと同じような心境だったのかもしれない。

 その証拠によく観察していたら、朝方に新聞配達員が入って来た時はヒョイと起きて軽やかに何処かに行ってしまう。
 僕の時とは違いあの態度からは、「あぁ、すんません、ご苦労さまです」そんな感情が読み取れた。マンションに関わる者としての最低限のマナーとでも言うべき礼節の心が感じられたのだ。
 駐車場でゴロゴロしていても、マンションの住人が駐車場に駐めていた車のドアを開けた時には、「はいはい、すいませ〜ん」という感じで起きてすぐに移動する。
 しかし外から見知らぬ車が入って来ると駐車場の真ん中で、「あっ?」という態度で上半身だけ起こして車を睨みつける。それでも車がゆっくり近づいてくると、今度はまた舌打ちしてゆっくり移動を始めていた。

 一度夕方にコンビニへ行く近道である、マンションの裏口に僕が回った時のことだった。
「ニャニャニャニャニャニャー!」と曲がり角から急に猫が飛び出して来たのだが、きっと管理人のおばあちゃんから餌でも貰っていて、その時間帯に僕が通ったから間違えて飛び出してしまったのだ。
 僕の顔を見た瞬間「何やお前か、新人が紛らわしい事すなボケ!」と態度を急変させ、不遜な表情を浮かべながらまた戻って行った。
 おばあちゃんが来たらもう一回今のくだりをやり直すつもりなんやと思うと可愛かったし、苛ついてる感じは出してはいるがこちらを一度も振り返らず、ちょっと恥ずかしいと思ってるやんと面白かった。

 あの猫は、きっと自分が人間にとって可愛がられる対象や甘える存在だと思ってもいないし、気づいてもなかっただろう。気ままに対等に、喜びや怒りや哀しみを分かち合える存在だと認識していたに違いない。
 ただ今考えると、偉そうに先輩面してたけど君と違ってこっちは毎月ちゃんと家賃払ってここにおんねんからなと、一言だけ言ってやりたい気もする。

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