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読書感想文という名の心の整理

一人暮らしを始めた頃、お風呂場でよく人の気配を感じていたのを思い出した。
わたしはその気配から「蛇口から血が出てきたらどうしよう」とか「髪を洗って目を開けたら目の前に人の顔が見えたらどうしよう」とか「お風呂に入っている今地震が起こったらどうしよう」とか、そういう方向に考えを膨らませていた。

今思えば自分の想像力の結果だったのだなと。
自分の精神状態や価値観の投影だったのだな、という。

あるあるのジャパニーズホラーがさも世の真理かのように思っていたので
そんな安っぽい(というと棘があるけど)想像をしていた。

でもそれは事実じゃなくてただの想像。
想像力の方向性が変われば恐怖と不安を感じていた人の気配も全く違うものになるんだろうと思う。

これ今回読んだ話と繋がりそうで繋がらないかもしれない笑
けどわたしはこの本を読んでそんなふうに思った。

J・ガイガー「サードマン〜奇跡の生還に導く人」(新潮文庫)を読んだ。

ノンフィクションの「サードマン現象」について書かれた本である。
サードマン現象とは「極限状況で命と向き合った人に起こる現象」で、「自分(と同行者)以外の第三者の〈存在〉を感じる」ことらしい。
エベレストなどの山岳地帯の登山や太平洋単独航海、はたまた9・11のようなテロなどで困難に巻き込まれ、自分が生きるか死ぬかの状況に直面したとき、人は何かの〈存在〉を強く感じるらしい。
誰かの存在を強烈に感じるのだという。
その困難に自分1人で直面したときは、自分と自分以外のもう一人存在しているように感じ、2人の時は3人居るように感じる。3人でも同様も一人の存在を3人が感じる。

また、「サードマンは惑わせたり危害を加えるために来るのではない」
極限の困難な状況に陥った時に幻覚を見て前後不覚に陥り混乱し命を落とす、と言った破滅的なものではないらしい。
実際のケースとして挙げられていた話の中でも「孤独を感じなかった」「安心感がある」「力強く心地よい存在」といった感じ。
本人たちは譫妄状態というわけではなく、意識レベルが低下しているわけでもないらしい。
ざっくりそんな感じ。

本の中で印象に残った話が2つ。
1930年代にエベレスト遠征隊で一人で頂上アタックすることになった登山家の話。

持っていたのはケンダルミントケーキ一枚だけだった。それをポケットから取り出し、慎重に二つに割り、片方を手に持って「同行者」に渡そうと振り向いた。

「一人で登っているときはずっと、もう一人ついてくるような気がしてならなかった。この感覚が強かったため、本来なら感じたはずの孤独感も全く感じなかった。」
(中略)
スマイスは見えない同行者から力と安心感をもらったと強調する。「それが一緒だったから孤独ではなかったし、怪我も負わなかった。雪に覆われたスラブを一人登っているあいだ、ずっとそこにいて支えてくれた」。
ミントケーキを差し出したときは、〈存在〉が「あまりにも近くて強烈だったため、それを分ける相手がいないと知ってかなりショックだった」とスマイスは言う。

もう一つが世界初の単独世界一周航海を目指した航海士の話。

全長一二メートルのスループ帆船スプレー号は激しいスコールに見舞われた。さらに悪いことにスローカム本人も食べ物に当たったらしく急にひどく具合が悪くなった。
(中略)
激しい嵐のさなか重い症状に苦しみながら、スローカムは、誰かが船内にいると確信した。その船乗りは「古めかしい格好」をしており、コロンブスのピンタ号の水先案内人ではないかと思われた。スローカムは思わぬ訪問者との遭遇に最初は警戒したが、相手が「危害を加えようと思ってやってきたんじゃありません」と言うのですぐにホッとした。それどころか、男は「手伝いに来ました。大人しく寝ていなされ。今夜はわしが船を誘導するから」と言う。大波がスプレー号の上で砕けては船室に打ちつけていたが、スローカムは心配しなかった。
体調が回復し、嵐がおさまっていたとき、スプレー号は「最後にとった針路のまま進んでいた‥競走馬のように走っていた」。船は荒海を一晩で百四十五キロ進み、ジブラルタルへ向かう計画航路上にあった。

何でかわからないけど、このエピソードを読んでいた電車の中で涙ぐみながら目から水が流れないように堪えていた。

これ以外のエピソードは壮絶で読んでいて心がとてもしんどかった(高所登山で同行者の死を目の当たりにするとか、生きているかもしれないけど助けに行ける体力がないから置いていく、、とか)

[追記:どのエピソードも壮絶なんやけど、引用したエピソード以外のエピソードが、より「壮絶だ」と思って読んでいてしんどかったのは
「他人が苦しんで死ぬのを自分でどうしようもできない状況だから」だと思った。
人間はいつか死ぬし、死ぬことは悲しいことや辛いことではないと思う。し、終わりがあるから良いのだと思う。
死ぬ時ってエンドルフィンやらよくわからないけど、脳内麻薬が出て苦しまない的なことを聞いたことがあるしそれはそうだと思うんやけど、でも
苦しくなくなるまでの過程に苦しんで欲しくない、という気持ちがある。
死ぬ前の心は穏やかであって欲しい、という自分的こだわり。
意識のある最後の記憶はできるだけ穏やかであってほしい。
意味はないかもしれないけど。
と、思っているので、エピソードにあったような状況に自分がいると置き換えた時に(なぜか置き換えてしまう)、共に頑張ってきた友人や仲間が苦しんだり、目標を達成できぬまま、まさに死ぬところを目の当たりにする、ということは自分としては精神的拷問だなと思った。無力感とか、罪悪感とか、そういう感覚が
すごく軽減はされたとしても、死ぬまでなくならないのではないかと思う。]

余談。この本には実際のエピソードが多数取り上げられていたけど、南極やエベレストのような山岳地帯のエピソードが多かった。そういった極限の、人間の生存に不向きな閉鎖空間では単調さ、隔絶感、孤独感がストレスの大きな原因になるらしい。南極に滞在して幻覚や幻聴の症状が出た人のエピソードを見て、H・P・ラヴクラフトの「狂気の山脈にて」を思い出した。(ざっくりいうと南極で異形のナニカと出会う、みたいな物語)ラヴクラフトは1890年から1937年の方らしいし、高所登山や南極初上陸といったEUE(Extreme and Unusual Environment=極限の特殊な環境、と言うらしい)への旅がアツい時代だったから生まれたのかなあとか勝手に思った。

読んでみての印象は「感覚的にわかる」ということと、あと「人生に希望が持てるな」
といった感じだった。

上手く言えないけど、世の中には科学で解明しきれない現象は当たり前にある、ということが何となくわかるというか。(サードマン現象を引き起こす科学的要因については色々触れられていたけどそれが全てではなかった)
解明できないことがあった方が余裕があるよな、と思う。
人生の余裕?

[追記:人生に余裕があることって素晴らしいと思う。人生に余裕があるっていうのは柔軟性がある、ということでもあるかも。
「〜すべき」「〜しなければ」とかいう
自分が自分に対してかけている制限がないこと。
昨日までAが好きって言ってたけど今日からB好きでいいやん、みたいなテキトーさ。
失敗は失敗と認定しなければ失敗ではない、みたいな。
全財産失っても生きてたらまあ何とかなるよな、みたいな。
なんしか鬱々として過ごしたくない。鬱々とする必要はない。
これが人生に余裕がある状態だと思う。]


あと本に書かれていたことをすごいまとめてしまうけど、最終的には「その人の信念」「自分を信じる力」が関わっているらしく。
「困難も乗り越えられる」という意思の力は最終的に必要らしかった。

自分がどういった感情や思想を自分の心で育むか
みたいな感じか?

出典元忘れてしまったけど別の本で、「ネガティヴな感情とかマイナス思考は自分の精神という土壌に蔓延りやすい」みたいな意見を見た。
何事もポジティヴに捉えるべき、とかではないけど、意図してネガティヴに呑まれないようにすることが、いつか直面するかもしれない(し、しないかもしれないし、どんな困難かもわからない)困難を乗り越える力になるんだろうなと。

生きていることに希望を見出すこと
何かしらの希望を持って生きること
は、生きていく上で割と重要なのだろうと思う。


[追記:「何かしらの希望を持って生きる」って
さっきと似てるけど、「まあこれでいっか」みたいな、自分のことだとしても、ある種他人事のように捉えられること。
わたしの言う「希望」って、常に逃げ道があることだと思う。
これも人生の余裕とほぼ一緒の意味な気がする。
嫌だと思った瞬間いつでも辞められる状態でいることが希望な気がする笑]


自分が大事にしたい根本的な考え方として「バランスを取りたい」「柔軟性がある」というものがある。
常にどっちにも傾かない、傾いたとしても傾いたことがわかる、傾きを是正する方法を知っている、みたいなのって強いと思う。(とても抽象的だが‥)

自分が印象に残ったエピソードは、何というか
「裏表のない思いやり」というか
「見返りを求めない支援」というか
「困っている人は助ける」みたいな
そんな感じの類だったから、心が動いたような気がする。

上手く形容できないけど、人間は社会的な生き物で
誰か、自分以外の他人と生きていく時に
根本的に自分が大事にしたいもの、なのかも?

多分、自分はそういうものを大事にしたいのかもしれない。とか思った。
大事にしたいと思ってなくても、それに心が惹かれる自分は、確かにいる。
そんな感じ。

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