トンボ

駅の構内の通路にトンボが迷い込んでいた。
通路にある窓が明るいためか、光のある方へ向かって何度も突進しているが、開かない窓なので、外に出られずバタバタと羽音が響いている。
一緒に電車を降りた人たちがその通路を出口に向かって歩いていく。
わたしはパタパタ音をさせるトンボを見つつ、一旦通り過ぎた。


ちなみに、ド田舎育ちのわたしは昆虫がなんともない。


引っ越しして親が趣味の店兼住居を建てたのは町の端っこ。
隣町の境目までは10mくらいなのに町の中心にある役場までは4、5km離れ、自宅の半径100m内に民家はないような田舎ぶり。
父親が大声を出して暴れまわろうが、爆音で音楽を垂れ流そうが近所迷惑になることはない。

その家から片道2kmを歩いて小学校に通い、その後、もし友達の家に遊びに行くには、ランドセルを一旦家に置きに帰って、一番近い同級生の家まで歩いて600mは戻らねばならなかった。
必然的に友達とあまり遊ぶこともなく、幼い兄弟と遊べるようなこともなく、一人で自然たっぷりの野山で遊んだ。
家の庭のキャベツにいる青虫を捕まえてはチョウチョになるまで見守り、田んぼでドジョウやヤゴやゲンゴロウやオタマジャクシを捕まえてきた。
草花や昆虫の名前を図書室で調べた。
そんな感じだったので昆虫は全く平気。
むしろ好きな昆虫は?とか言われると迷うくらいだ!(笑)

構内通路奥まで潜り込んだとトンボは自力で外に出ることはできないだろう。
短い一生がここで終わりになる。

通り過ぎ出口へ向かおうとしていたが、踵を返した。
変な子。モノ好き。
そう思われてもいいや。

まずは持っていた日傘で先っちょに止まるか差し出す。
うん、当然止まってもすぐ飛んでいっちゃうよね。
日傘で手の届く窓際に追いつめて実力行使に出た。
両手でそっと包んで、そのままだと暴れて飛べなくなったら困るので足を捕まえた。
シオカラトンボだ。
ふと、トンボは噛みつくのを思い出してちょっと怯んだけど、噛みつかずに大人しくしてくれた。
すかさず翅を2枚合わせてそっと持つ。

バタバターー
逃げようと翅を震わせている。

ちょっとまってね。

外で離すから。


外に出て、駅構内通路に再び戻らないような位置まできて、手を離した。

トンボは夕暮れになり始めた空に飛んで行って見えなくなった。



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