大木 亜希子

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    《エッセイ/月1~2回ほど更新》心の叫び、人に言えないこと、過去の恋愛振り返り、小説やエッセイのネタ備忘録を、思うがままにつらつらと。濃い内容を書いていきます。まずは1年間の継続が目標です。(2021年2月開始〜)

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    アイドル、やめました。 AKB48のセカンドキャリア

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    人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした (単行本)

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最近の記事

父の命日と、三人の運命の男たち

近頃も、締め切りと格闘している。ほとんど誰とも会っていない。 だからと言って、完全に自宅に籠っているかいえば、そうでもない。 近所のお散歩をしたり、ご近所さんと(道すがらに)世間話をしたりはしている。 このマガジンにも書いている通り、年明けから精神的にやられてしまう事案が続き、本当に大変だったので、「何事もない、穏やかで安らかな状況」が死ぬほありがたい。

    • 音声配信⑧

      おはようございます。 「今さら?」という感じでもあるのですが、近頃ようやく人様とのコミュニケーションに慣れた気がして、しかし、私生活で小さな事件も頻発し、もうアワアワという感じでおります。 宜しければお耳、貸して下さいませネ。 ▼

      • 好きだった人のことを全然好きじゃなくなってた。

        先日、昔好きだった人と遭遇する機会があった。 顔を見た瞬間はさすがに心肺停止し、呂律が回らなくなり、盛大にテンパってしまった。 どれだけ大人の対応をしようと思っても、全然、無理だった。 しかし、まあ全て終わったことだし、それは流石に理解しているので、湿り気を帯びた空気感を出すこともなく、一見すると全然普通に大人同士として無難に会話をした。 なんなら、私は彼の前でサバサバとした性格すら演じてしまった。 「もう貴様に未練なんか1ミリもないんです」ということを強調するため

        • 多分、私、疲れてた。

          近頃、思うことがある。 それは、いささか自分が職業や肩書きに囚われすぎていた、ということだ。 例えば最近、初めて会う人に自己紹介する際、必ず 「作家の大木亜希子です」 と、挨拶をしていた。 そこには相手との会話が以降、広がりやすいようにという、自分なりの配慮もあったと思う。 私自身も、相手がどんなことをしているのか知りたいし、職業や肩書きを名乗るのことは、社会で生きる上で当たり前と言えば当たり前のことなのだろう。 しかし、そうしたエクスキューズを差し置いて、よく

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          音声配信⑦

          おはようございます。 最近の感情の報告を。

          もし、とても辛いことがあったとして、その辛いことを他の人ならば乗り越えられそうなのに、自分が乗り越えられそうにない時、「他の人は我慢できるのに、自分は我慢できないなんて」と思わないでいいと思うんだよ。 他の人が耐えられることを、貴方が耐えられないことは、貴方の責任ではありません。

          もし、とても辛いことがあったとして、その辛いことを他の人ならば乗り越えられそうなのに、自分が乗り越えられそうにない時、「他の人は我慢できるのに、自分は我慢できないなんて」と思わないでいいと思うんだよ。 他の人が耐えられることを、貴方が耐えられないことは、貴方の責任ではありません。

          こんな日が来るなんてね。

          自分という人間は、あまり他人の幸せを喜べないタイプなのだと思い込んでいた。 しかし、近頃そうでもない。 きちんと他人の幸せを喜べる。 なぜそう思ったのかというと、とても奇妙な話だが、先日の朝歩いていて、とても気持ちのいい風が吹いてきたからである。 その風が、 とにかく気持ち良かった。 ただ、それだけのことで、そう思った。 その瞬間、アレ?本当は私、随分前から人の幸せを喜べていたかもと、なんとなく思い直した。 いや。風とか、言っちゃって。 もっと具体的なエピソー

          こんな日が来るなんてね。

          心の深淵に降り切った、数ヶ月でした

          この数ヶ月、辛い時期を過ごしていた。

          心の深淵に降り切った、数ヶ月でした

          過去の自分に救われてる。

          昨日、自宅に小包が届いた。 差出人は、しばらく会っていない友人だった。 小包の中にはレモネードの瓶が2本入っており、付属の便箋には、こう書かれていた。 「会っていない間に仕事が変わり、このたび遠方に引っ越すことにしました。 これからは、今までのように頻繁には会えなくなります。 お別れの代わりに、このレモネード受け取ってください。 私が無自覚にメンタルをやられていた時、亜希子が助けてくれたお礼です」 その手紙を見た瞬間、私は寂しさと優しさで胸がギュッとなった。

          過去の自分に救われてる。

          人に気を遣う癖が抜けない。

          とにかく昔から、人に気を遣う。 気を遣うだけではなく、気を遣わせてしまう。 先日も楽しい仕事関係の会食があり嬉しかったのに、気遣いが限界まで達し、早々と撤退した。 そういう時、私は、考えてることが2つある。 ひとつは、大人になると「人見知りです」という印籠をかざしても、どうにかしてその場をやり過ごさなければならない瞬間がありすぎるということ。 もうひとつは、たしかに人見知りだが、一方では社会的ペルソナもある程度育ってきちゃっているので、ヨソから見れば、普通に会話が出

          人に気を遣う癖が抜けない。

          大人になっても人見知りは完治しなかった。でも

          以前から顔見知りだけれど、サシでお食事をするのは初めての方と、たまたま縁あってお酒を飲みながら色々と語ることになった。 私は絶望的に人見知りで、尚且つ、それがバレないよう普段からゴテゴテに笑顔でコーティングするので、相手からは社交的に思わることが多い。 その地獄のようなパラドックスは自分で蒔いた種なので、甘んじて引き受けるけれど、でも本当はいつも誰かと仲良くしたい時、そのことが足枷になっていた。 大人になってから誰かと仲良くするほうが無謀なのかもしれないと、どこか諦念の

          大人になっても人見知りは完治しなかった。でも

          こないだ見た夢のこと。

          先日、昔好きだった人が夢に出てきた。 夢の中で私は、彼の手に触れた。 柔らかい手のひらの感触があり、困り果てた。 彼の周りを取り巻く寂しそうな空気感、空っぽな瞳、時々クシャッと笑うところまで再現度が高く、私は夢の中なのに、 「ゲッ。これ以上、絶対にこの人に触れてはいけない」 と、警戒モードMAXだった。 一方、とても冷静な自分もいた。 久しぶりに君臨する目の前の男に、どうやらもう熱烈な恋愛感情は残っていない。 その代わり、 「ねぇ。どうしてそんなに寂しそうな

          こないだ見た夢のこと。

          泣きたい時に泣くことを我慢した子供は、そのぶん神さまが、大人になってから涙もろくさせるのだと思う。 そして、いつか人生を全うした時、全ての人間が同じくらいの分量の涙を流し切るように設計されているのだと思う。 そう思えば大人だって泣きたい時に泣いていいし、自分を赦せる気がする。

          泣きたい時に泣くことを我慢した子供は、そのぶん神さまが、大人になってから涙もろくさせるのだと思う。 そして、いつか人生を全うした時、全ての人間が同じくらいの分量の涙を流し切るように設計されているのだと思う。 そう思えば大人だって泣きたい時に泣いていいし、自分を赦せる気がする。

          哀れなるものたち

          ここ数ヶ月、深く沈み込んでいた。 どうして世の中は、こんなに私を強くさせるのだろうか。 そう思った。 私が素朴に疑問だったのは、もっと私は誰かに甘え、穏やかで心の振り幅のない人生を送りたかったはずなのに、なぜこんなに本質に迫られるのかということだった。 かすかな甘えさえ、許されない状態だった。 ◆ 泣きながら理不尽を叫んだ。 叫んでも叫んでも、自分が「弱者である」と馬鹿にされた気がした。 自分でも自分に自信が持てなかった。 人からは、「そんな君は強いね」と言

          哀れなるものたち

          友達の大変さを私は変わってあげられないし、私の大変さも友達は変わってくれない。 でも、しんどい時、「ここにいてくれるだけでいいよ」と言い合えるだけで生きることを頑張れる。 お互い孤立した個体で、それぞれ別の人生で、バラバラに辛い思いを抱えていても、痛みは共有することで孤独が紛れる

          友達の大変さを私は変わってあげられないし、私の大変さも友達は変わってくれない。 でも、しんどい時、「ここにいてくれるだけでいいよ」と言い合えるだけで生きることを頑張れる。 お互い孤立した個体で、それぞれ別の人生で、バラバラに辛い思いを抱えていても、痛みは共有することで孤独が紛れる

          今の、自分の実力を認める

          今、近所の公園でこれを書いている。 多分、大して有益な情報は書けない。 改めて読み直した時、「無意味〜。無意味なnoteを書いちまった〜」と思ったら消す。 しかし、なぜ、書いているかと言うと、書きたいから書いているのである。 ◆ 近頃、苦しい時期を通っていた。 誰しも、あると思う。辛い時期が。 それで、一生この辛い時期が続くのかと思った。 冷静に考えれば、そんなこと、あるわけがない。 あるわけがないのだけれど、そう思った。 その時期、誰とも連絡を取り合わな

          今の、自分の実力を認める