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「字の絵」について

この3枚組のキャンバスは、2023年3月19日(日)〜3月25日(土)に東京都昭島市のアキシマエンシスという教育福祉総合センターの市民ギャラリーで行われる「平行四辺形のたまり場 -昭島を拠点にアート活動してきた仲間達の展覧会-」という展覧会に出した作品です。「字の絵」というタイトルをつけました。

なにかグラフィックっぽいけどよく分からん、と思う人もいるかもしれません。そもそもこの作品は私のごく個人的な思い出や関心ごとをまとめたものなので、大概の人には伝わりません。

見た目だけでも楽しんでもらえたら十分嬉しいのです。でもなにが描いてあるのか気になるという方へ、この記事では作品に込めたあれこれを紹介するのでよかったら読んでみてください。

コンセプト「絵画教室の同窓会」

「平行四辺形のたまり場」は副題にあるとおり昭島市(私の地元)でアート活動を続けている仲間達と開催しました。主な出展メンバーは子供の頃に絵画教室「アトリエ村 絵の会」へいっしょに通って絵を描いていた人たちです。「アトリエ村 絵の会」だと長いので、この記事でもいつも呼ぶように「アトリエ」と書かせてください。
(展覧会タイトルの「平行四辺形のたまり場」というのも、みんなのたまり場になっていたアトリエの奥の部屋を含有させた言葉です)

10年来20年来の仲間と久しぶりに集まるので、私にとってこの展覧会は同窓会のようなものです。同窓会の定番といえば思い出話と近況報告、ということで、自身のアトリエ時代の思い出や自身の近況からイメージを集めて作品にしたら「字の絵」が出来ました。

3枚に共通すること

アトリエでは主にファインアートをしていたので今回はキャンバスと絵の具を使うことにしました。アトリエは高校生までで卒業になり、私はそのあと美術系の大学でデザインを学び、そして美大卒業後はフォントを作る仕事をしています。そこから、今回は文字をベースにしたグラフィックを描こうと決めました。

キャンバスは15cm角の正方形です。キャンバスとしては小さい部類ですが私にとっては親しみのある大きさです。多くの日本語フォントは正方形の中に一文字一文字制作していきます。製作中は画面に大きく一文字を映すので、ちょうど15cm角くらいになります。

フォントは複数の文字がセットになっているのでキャンバスも複数枚用意したい、同時にInstagramのイメージも合わせよう、ということで3枚横並びにしました。なぜInstagramかというと私は結構なSNS人間だからです。プライベートでも近況は各種SNSに垂れ流しにしていますし、仕事でも会社のSNSアカウントで公開するコンテンツを考えたりしています。

「字の絵」はこの3枚組の作品のタイトルで、3枚それぞれにもタイトルがあります。左から「白に白で白」「自由な平行四辺形の会」「棘のある雲」です。

それぞれの内容

「白に白で白」

キャンバスをアトリエでよく使っていた紙パレットに見立てています。小さい頃にアトリエで「パレットにはドレミファソラしろ〜と絵の具を出してね」と教わりました。ドレミファソラまでは赤青黄とさまざまな色を、最後は多めに白の絵の具を出しておくという合言葉のようなものです。

もう一つアトリエの思い出があります。ある時、油絵具の白をキャンバスに盛りすぎで2週間以上乾かなかったことです。そのあと反省するどころか味を占めた私は、モデリングペーストや紙粘土を使ったりタオルの切れ端を埋めたりすることでどんどん「盛る」絵画をエスカレートさせていきました。

この2つの思い出に、今の私の感覚を合わせました。一般的に文字は「書く」ものですが、私は「描く」感覚で文字を作っていることがよくあります。この作品ではよりダイレクトに「字を描く」表現をしました。白いキャンバスに白い絵の具をたっぷり出し、ペインティングナイフで漢字の「白」と描いています。

盛った白い絵の具
ドレミファソラ〜の部分にあたるカラフルな絵の具
紙パレットのイメージなので下地はツヤっぽく

「自由な平行四辺形の会」

私は色々な「会」に所属しています。「アトリエ村 絵の会」もそうですし、今回の展示の主催である「AAA(あきしまアートあそびの会)」も「会」です。友達と「日本酒飲みに行こうやない会」という「会」もやっています。ただ「会」と呼ばれている「会」もあり、そこから発生したデザインユニット「會(会の異体字)」のメンバーでもあります。なので「会」という漢字を描きました。

「会」と言われても読めないかもしれません。これは江戸時代にあった「角字」というものに倣って文字をグラフィック化しています。私は江戸時代の文字が好きです。読み書きが庶民にも広まったおかげでしょうか、江戸の文字には権威性から解き放たれたような気持ちよさを感じます。

本来の角字は水平垂直の線で文字を表現するものですが、私なりのアレンジを加えました。今回の展覧会タイトルにちなんでシルエットは平行四辺形に、内部の線は自由な角度で引きました。私にとっての「会」は自由で多角的だからです。

角字らしさを忘れないよう手作業で綺麗な角に仕上げた

「棘のある雲」

棘を生やした雲マークです。雲マークは文字ではない、と言われるかもしれませんが、フォントには「☁︎(くもりのマーク)」が入っていることがあります。私の仕事ではくもりのマークも1グリフ(1文字)なので今回はあえて選んでみました。

この雲は瑞雲をイメージしています。瑞雲で辞書を引くと「仏教などでめでたいことの前兆として現れる雲のこと」といった説明がありますが、私にとっては卒業した中学校のことです。昭島市立瑞雲中学校は私の出身校で、展覧会会場であるアキシマエンシスすぐ近くにあります。在学時の瑞雲中はいじめ・不登校(生徒も教員も)・授業崩壊などがあたりまえあって、私自身もいつもイライラして何かを警戒して舐められまいと必死でした。それをトゲトゲの瑞雲中、トゲトゲの瑞雲中生として表現しています。

そんな中学時代、ネットは良い逃避場所でした。当時はニコニコ動画が流行って「踊ってみた」や「歌ってみた」などの動画が生まれた頃です。私は踊るでも歌うでもなく「(消しゴムはんこ)彫ってみた」動画をアップしていました。今回の作品では久しぶりに「彫り手」に戻ってみた次第です。

さらにこの作品は今の私の仕事も表現しています。フォントの同じ文字を何度も複製して使うので、この絵を版にしてたくさん複製する(ポストカードを刷る)ことにしました。文字を彫るというのは、フォントのさらに昔の姿である金属活字のイメージも表現しています。

おまけにもう一ついうと、雲や棘といったモチーフは刺青やタトゥーの絵柄から着想を得ました。刺青やタトゥーの絵柄が好きでInstagramではたくさんのアーティストをフォローしていつも眺めていたのがアイデアの源になりました。今回の彫る行為は刺青を「彫る」にもかけています。

キャンバスにモデリングペーストを厚塗りして彫った
ポストカードは展覧会で配布
☁︎(くもりマーク)を示すUnicodeとCID(文字ごとの番号のようなもの)


以上が今回の作品に込めたあれこれです。


なぜ制作意図を言葉にしたか

アトリエにいた子供時代、私は自分の作品を言葉で説明するのが嫌いでした。私は絵を描きたくて絵を描いたのであって、おしゃべりをしたいわけでもないし、小説やエッセイを書きたいのでもないと思っていました。しかし、美大で学んだり仕事をしていく上で作品を言葉で説明する必要性が生まれました。もともと嫌がって避けていたくらいなので今でも苦手意識は拭えませんが、必要な分はどうにか頑張っています。

そうやって過ごしていると「アート・デザインは何かを伝えなきゃいけない、言葉でも説明しなきゃいけない、それで正しく理解しなきゃいけない」という思考に時々私は支配されそうになっているんです。でも根っこの部分では「そんなことない、伝える中身がなくてもいいし、あったって伝えなくてもいい、感じ方も自由だ」と思っています。私にとってはそれこそが原点です。
子供の頃から多少成長して、作品の中身を伝えることの良さもわかってきましたし、伝えるのが上手い人を尊敬しています。ただ、広くアート・デザインを扱うときには伝える作品と伝えない作品どちらもあって良いという考えです。

今回の作品は最初に述べたように伝えるつもりがない作品です(中身がごく個人的な内容なのでこの記事を読まない限りほとんどの人には伝わらないでしょう)。それをあえて言葉にすることで伝えない作品は存在するし存在して良いのだという意思を自ら明らかにしました。作品紹介がこの記事の表の目的で、これは裏の目的のようなものです。

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