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アンドロイドは電気執事の夢を見るか?・・・DETROIT:Become Humanに関する私的考察

われわれの神々もわれわれの希望も、
もはやただ科学的なものでしかないとすれば、
われわれの愛もまた
科学的であっていけないいわれがありましょうか

 押井守監督のアニメ映画『イノセンス』の冒頭で引用されたことで、ご存知の方も多かろう。
 フランスの象徴主義作家、ヴィリエ・ド・リラダン伯爵が著し、人造人間に『アンドロイド』という呼称を初めて使ったことでも有名なSF小説『未来のイヴ』の一節である。
 時はダーウィンが『種の起源』を発表してから約30年。有史以来長らく宗教と伝承の専門分野であった、世界の成り立ちや生老病死、愛や憎しみといった作用が、次々と化学の手によって解き明かされていくならば、今自分の中に沸き起こる精神作用の正体さえも、いつか解き明かしてしまうのではないだろうか。
 古典SFが今なお美しく、多くの人に愛される理由は、この根源的危機感を最も密接に描いているせいかもしれない。

 と、偉そうに語れるほどSFを読み込んでいる身分ではないが、本作をプレイしていると、どうにもこんなことくらい語ってみたくなってしまう。
 それほどまでにこのゲームは、深く美しいSF作品に仕上がっているのだ。
 というわけで、本作のSFとしての魅力を、素人なりにまとめてみたいと思う。いつにもまして長くなると思われるので、お茶でも用意してお付き合いいただければ幸いである。
 なお本稿は、多分にネタバレ要素を含みますゆえ、ご留意いただきたい。

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 本作の大きなテーマ……否、SFに共通する大きなテーマは、言わずもがな『テクノロジーは人をどう変えるか』だろう。特に人間そのものに成り代わりうるロボットやアンドロイドは、その最たる技術である。
 本作では、すでにアンドロイドが多岐にわたり実用化された2038年の世界が描かれる。道路工事、清掃、家事手伝い、倉庫作業員、放送オペレーターなど、自動車やスマートフォン並みにありふれている。作中の設定では、価格は一体5000〜10000ドル。
 ちなみに主人公の一人であるコナーは、警察の捜査を助けるために開発されたプロトタイプであるため、価格も性能も別格であると推測される。またもう一人の主人公マーカスも、コナー同様プロトタイプなのだ。
 そのためか、街中で見かけるアンドロイドに、コナーやマーカスと同じ顔のアンドロイドはいない。カーラのみが市販モデルであるため、同じ顔の個体が登場する。
 やや話が逸れるが、アンドロイドが活躍するアニメといえば、押井守監督の『GHOST IN THE SHELL』が思い出されるが、この主人公である草薙素子も、ボディは官給仕様の特注品なのだが、外見のみ量産型のものを使用している。作中、素子と同じ顔のアンドロイドを見つけて驚いた方もいるだろう。
 あれはいわゆる偽装である。高級品を詰め込んだボディを『誘拐』されないよう、量産品のふりをしているのだ。
 本作ではアンドロイドであることはおろか、型番まで晒して歩いていたが、そのへんの対策はどうなっているのか興味深い。

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 社会インフラも変わっている。2024年にアンドロイドが発売されて以来、急伸する普及速度に押される形で、2029年に合衆国アンドロイド法が制定。アンドロイドによる武器の所持仕様の禁止、頭部のLED装着や、アンドロイド専用ウェアの着用の義務などが定められる。
 つまり、そのくらいしなければ生身の人間と判別のつかないアンドロイドが闊歩するようになったということだ。
 街では、階段にアンドロイド専用帯が設けられたり、一部商店や施設では、アンドロイドの立ち入りを禁じたりしている。面白いのが、バスにアンドロイド用スペースが設けられたり、街角にアンドロイドを待たせるスペースがあるところだ。
 つまりアンドロイドを「もの」として扱い、自転車のように預けたりトランクのように収納することが一般的とされているのだ。
「人間と同じ場所へ行ける人間と同じサイズの品物」と捉えた世界設定が、実に細やかで面白い。

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 物語は三人の主人公にあわせ、大きく三つのテーマを持つ。アンドロイドは意志を持てるか。アンドロイドは人間と共存できるか。アンドロイドは人を愛せるか。(あくまで私の解釈であり、スタッフの本意をなぞったものではない)
 作中多くのアンドロイドが自意識を持つ変異体となるが、彼らに共通することは、人間により理不尽な目にあっているということだ。
 有名なアシモフのロボット三原則をおさらいしよう。

第一条
 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条
 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条
 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。

 物語の序盤、家政アンドロイドのカーラは、オーナーであるトッドが娘アリスを虐待する現場を見てしまう。ここでカーラ(と多くのプレイヤー)は板挟みに会う。トッドの「そこを動くな」という命令を履行するか、反してアリスを助けに行くか。
 三原則の優先度で言えば、カーラは助けに行くべきである。だが本作では、その決断はプレイヤーに一任される。
 またコナーが追い詰める変異体の中の一人も、主人から度重なる虐待を受け、ある日突然反抗する。三原則の第三条を履行するためとも取れるが、彼は主人を殺してしまう。
 アンドロイドにロボット三原則は適用されない。という屁理屈じみた話ではないと思うが、いわば三原則というプログラムを超えてしまったように見える。
 カーラがアリスを守ること、マーカスが自己の権利と尊厳を主張すること、コナーが追う変異体が、人間の抑圧からの解放を願うこと。すべては同じ自己の幸福を目的として起きた、強烈な衝動に他ならない。
 あるいは人に言わせれば、それですらプログラムされた行動でしかないのだろうか?アンドロイドの禁止行動を示す赤いマインドパレスを破った変異体は、新たなプログラムを獲得しただけなのか。真意は彼らのみぞ知る。
 やや余談ではあるが、変異する前のマーカスは赤信号で道を横断できないが、変異後はできてしまうのも興味深い。

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 SFにおいて、テクノロジーの普及がもたらす副作用も、もちろん無視できない。人にそのままなり変われるアンドロイドの普及は、人間の雇用を脅かすと考えられて当然だろう。
 作中、アンドロイドはいたるところで人間の代わりに働いている。それは今までそこで働いていた人が、職を追われたことと同義なのだ。
 人間にとってもう一つの痛手となったのが、自動運転の完成だ。バスやタクシー、鉄道までもが無人運転となり、運転手は次々と職を失っている。カーラの主人トッドもその一人だ。
 かつて、蒸気機関の登場に代表される産業革命の時代も、労働者の大量失業が問題となった。生産動力が人力から機械に移行し、急伸する生産管理部門(ホワイトカラー)の需要を満たすのに、社会基盤が追いつかなかったのだ。
 2038年は、まさにこの転換期の只中にあるらしい。教育論の常套句に「今の子供達がつくのは、いま存在しない職業だ」という言い回しがあるが、作中そういった真新しい職業はあまり見かけない。人間が新しい働き方を見つけるには、ここからあと十余年はかかるのだろう。

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 作中のニュースで度々、北極圏情勢が報じられていることに気づいた方はいるだろう。これもアンドロイド産業の副作用だ。
 アンドロイドの進化を決定づけた新素材『ブルーブラッド』は、科学名『シリウム310』という。アンドロイドの生体部品に動力と情報を高速で循環させ、それまでの機械ベースのアンドロイドとは比較にならないほどの自然な判断と行動を可能にさせた。このシリウムを合成するのに使われる希少鉱石が、北極の氷床から発見されたのだ。
 理解ある読者なら何が起こるか想像できよう。北極圏をめぐっての米露の争いが始まるのだ。
 ここで小学校からおなじみのメルカトル地図を思い浮かべていてはいけない。地球儀を真上から見て欲しい。ロシアとアメリカが驚くほど近所にあることをご理解いただけるだろう。太平洋を渡る必要も、沖縄を橋頭堡とする必要もないのだ。
 おまけにアンドロイドは(SFファンなら当然ご存知とは思うが)軍事分野でも引く手数多。とくにブルーブラッドベースのアンドロイド開発で遅れをとる東側諸国は、その分寒冷地に強い(液体を使用しない)アンドロイドではアメリカに先んじているという、憎いバランス感覚に優れた設定。
 アメリカはこれに数で対抗しようとしているらしいが(作中ではすでに20万体以上のアンドロイドが軍事分野に従事している)、第三次世界大戦に火種が北極海に燻っていることは疑いない。
 ちなみに作中登場する合成麻薬『レッドアイス』にも、シリウムが使われている。アンドロイドは青い血を、人間は赤い氷を求めて戦争を起こすとは、皮肉が利いている。

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 最後にもうひとネタ。近年の近未来SFではお約束の女性大統領が、本作でも登場する。しかも元ビデオブロガー(YouTuber?)で、SNSでの支持が高く、アンドロイド最大手のサイバーライフ社と親密な関係にある、田中敦子声の大統領と来れば、国内のアニメSFファンにはたまらんでしょう。
 ではこれを、的の外れた設定と一笑に付せるだろうか?元タレント放送作家と芸人が、東京と大阪で同時に知事職についたという、それこそフィクションじみた歴史があったことをお忘れだろうか?
 1955年にある科学者が、30年後の未来から来たという少年に「君の時代の大統領は?」と問いかけ、少年が映画俳優の「ロナルドレーガン」と答えたとき、科学者はまさにそれを一笑に付した。
 今からたった20年後の未来から来た人に「君の時代の総理大臣は?」と問いかけ「ヒカ●ン」と言われたら、さてあなたはこれを笑って済ませられるだろうか?

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 他にも語りたいことはあるが、これくらいにしておこう。とにかく本作は斯くも広く深く王道的で新鮮なSFとしても、歴史の節目に残すべき作品であると思うのだ。
 本作はあなたに容赦なく問いかけ続ける。機械は人間の敵か。機械は感情を持ち得ないか。人間は機械を信頼できるか。愛は科学か否か。
 あなたは何と答えるだろう?じっくり考える余裕はない。この未来は、たった20年後のことなのだから。

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