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ラマホテルからランタン村へ。3,000mを超える(ランタントレッキングDay2)

ラマホテルではぐっすり眠り、クッキーと青汁の朝ご飯を食べると朝8:00にロッジを出た。カトマンズで手に入れたオートミールクッキーは、腹持ちが良くて今回のトレッキングで重宝した。今日はランタン村へ行くだ。ラマホテルの標高が2,400m、ランタン村が3,500mだから標高差は1,000以上ある。

トレッキング開始してすぐ、大きな雪山が目の前に現れた。これも名無しなの?とガイドのプラカシュに聞くと、「ランタン山脈だよ!」と教えてくれた。ついにヒマラヤ山脈の1つ・ランタンとご対面だ。この大きな山に自分の足で近づいていくことにワクワクする。

道は勾配が少ないが、どんどん高所に上がっていくのですぐに息が切れる。ランチを取ったのは標高3,000mほどの場所。ここもダルバートがとってもおいしかった。薦められるがままにごはんまでお代わりして、しばらくは食休みが必要なほどお腹いっぱいになった。

高山で少し息苦しさも感じ始めたので、カトマンズで購入しておいた高山病の薬を食後に飲む。これを飲むと1日で3Lの水を飲まないといけないので、後半はとにかく水を飲みながら歩いた。薬を飲んでもなお、高山に慣れてない身体がなかなか動かない。休憩を沢山とり、通常だと2時間で到着する道を3時間かけ、ようやく夕方近くにランタン村へ到着した。到着する頃には霧が出始めていた。

ランタン村に来たかった理由は、ヒマラヤ山脈を見たかったことや、ネパールでトレッキングをしたかったからだけではない。2015年のネパール大地震で地すべりにあい、半分が消滅してしまったという村の現在を見てみたかったからだ。この話はNetflixのドキュメンタリーが詳しい。

ランタン村の手前に到着し、「あれが地すべりのあった場所だよ」と指をさされた時は鳥肌が止まらなかった。……無数の岩や石の下に、元々あった村の一部が埋まっているのだから。

手間の白い土の一体は地すべりがあった場所

ランタン村では200名近くの人が亡くなったという。村に続く道にはメモリアルの建物もあった。中には入れなかったけど、心のなかでそっと手をあわせた。ランタン村は地震から復興し、残った村の人々は主に観光で収入を得ていた。観光が唯一の外貨獲得といってもおかしくないこの村に、地震が及ぼした影響は計り知れないだろう。

地震のことばかり話してしまったけど、ランタンは「世界一綺麗な渓谷」として有名だ。たしかに、ランタン山脈に囲まれて谷間にひっそりと存在する村はとてもかわいらしい。

夕飯はシェルパシチューを注文。じゃかいも、金時豆、サグ、人参がはいった、すいとんのようなスープだった。この数日はずっとベジタリアンなので、なんだか身体が軽く感じる。

ロッジは昨日会ったフランス人の学生一行とまた一緒だった。彼らはロッジのwifiを手に入れ、スマホに没頭していた。一方の私はwifiどころかスマホの電源すら終わり、暖炉に当たりながらプラカシュとぼーっと過ごしていた。たまにはこんな夜もいい。でも明日の朝は起きれるのか……という不安になりながら過ごしていた(その後、ロッジでスマホを充電させてもらい、一命を取り留めました。やはり私は電力がないと生きていけない)

ランタン村のちびっこ。
観光客慣れしていて、「チョコレート」と手を出してくる

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ランタン村も登場するドキュメンタリーは以下(ネトフリの回し者では決してありませんが、とても面白い番組でした)


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