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TALENTED_ TENTH 〜ラップ・ミュージックは何を伝えたのか〜

【目次】
はじめに 
第1章  ラップ・ミュージック
第2章  ブラック・アメリカ
     2-1.貧困
     2-2.ギャング
     2-3.ジェネレーション・ギャップ
第3章  役割
     3-1.商業化
     3-2.飛躍
     3-3.代弁
第4章  ラップ・ミュージックは何を伝えたのか           
     4-1.『Message』
     4-2.『Fuck Tha Police』
     4-3.『Fight The Power』 
おわりに



はじめに

おい、押すんじゃねぇよ。俺は崖っぷちに居るんだからよ。気が狂わないように必死なんだ。もう、この街はまるでジャングルじゃねぇか。命を落とさないのが不思議なくらいだ。ほんとにジャングルみたいだよ。よく俺は平気でいられるよ。                           
                     ─────メリー・メル(「The Message」歌詞一部和訳)

鳴り止まない銃声、蔓延るドラッグ、そして一面に広がる炎と瓦礫の山。一歩外を出れば、そこには絶望しかなかった。ヒップホップはそんなディストピアから生まれた。

1973年8月晩夏、ニューヨーク州ウエストブロンクス、セジュウィックアベニュー1520番地の娯楽室からすべてが始まった。ディストピアから生まれたそのムーブメントは、アメリカ音楽史に新たな1ページを刻んだだけではなく、アメリカ社会、いや、世界中に大きな影響を及ぼした。そんな絶望の中から生まれたヒップホップとは一体どのようなものなのだろうか。

一般的にヒップホップは音楽の一つのジャンルとして解釈されることが多いが、筆者は音楽のみではなく「黒人の創造性文化」を指すと考える。というのも、ヒップホップは大きく4つの要素「DJ」、「MC(ラップ)」、「B-boy(ダンス)」、「Graffiti」で構成されており、そのどれもが黒人コミュニティの中で確立されたものだからである。

ヒップホップの起源は南米ジャマイカにある。当時イギリスの植民地であったジャマイカでは黒人が人口の九割を占めていた。しかし、国内のラジオでは白人向けの音楽しか流れていなかったので、野外でアメリカのジャズやブギウギを大音量で流すパーティーが開かれるようになった。(それがエスカレートしてサウンドシステムが登場する。)1962年にジャマイカが独立すると、同時期にジャマイカからアメリカへの移住が急増し、その多くはニューヨークへ流れこんだ。後のクール・ハークであるクライヴキャンベルもその中の一人で、彼の一家はブロンクスへと移住した。

1970年代のブロンクスでは黒人やヒスパニックの若者がブロック(区画)ごとにつるんでギャングを結成するようになった。そんな彼らにとってラジオから流れるソウルやフィリーソウルといった当時のR&Bは洗練しすぎていた。だから、自分たちの好みのジェームズブラウンのようなファンクレコードを持ち寄ってパーティーを開くようになる。マンションの一室を貸し切ったり、電線から勝手に電気をもらって公園で野外パーティーを開いたり、これこそがブロックパーティーの始まりである。クール・ハークは故郷のサウンドシステムをブロックパーティーに持ち込み、巨大なスピーカーで重低音をバンバン鳴らし、客を踊らせた。これが前述した1973年8月のことで、ヒップホップの誕生の瞬間と言われている。ヒップホップの4つの要素は1970年代半ばにブロンクスのブロックパーティーで出会い、理念化された。その後4つの要素は、それそれがそれぞれの歴史を歩んでいくことになるのである。

さて、本論文ではヒップホップの構成要素の1つである「ラップ(MC)」について論じる。現在、アメリカ本国では「ヒップホップ」という言葉はほとんど使われてなく、その言葉自体の定義は人それぞれで曖昧である。なので、本論文における「ヒップホップ」という言葉の定義としては、「ラップ」または「ラップ・ミュージック」を指すことにする。筆者が「ラップ」を選んだ理由としては、まず第一に、筆者がラップ・ミュージック好きで、普段聴いているラップ・ミュージックは何を歌っているのか純粋に興味が湧いたからである。第二に、論文を書くにあたって四つの要素の中で最も資料・文献が豊富であると考えたからである。また、ラップの歌詞自体が貴重な参考文献であり、それを訳すことで直接的にテーマを分析できると考えたからである。

第1章では、ラップの形式と誕生の背景を紹介する。
第2章では、黒人コミュニティの置かれた状況を三つの視点から考察し、彼らの思いを汲み取る。
第3章では、ラップ・ミュージックの大まかな歴史を辿り、ラップ・ミュージックその黎明期からコミュニティの中でどのような役割を果たしのかを論じる。
第4章では、楽曲の歌詞を引用・和訳し、具体的に人々はラップ・ミュージックを通して何を伝えようとしたのかを論じる。
「ラップ・ミュージックは何を伝えたのか」。今や年間総売上トップであるヒップホップの勢いはアメリカ国内にとどまらず、世界中に及んでいる。ヒップホップ黄金期といわれる今、ヒップホップがその黎明期から何を伝えてきたのかを論じる。


第1章   ラップ・ミュージック

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アメリカの音楽史上「ラップ・ミュージック」はその特異性が目立つジャンルである。それは音楽として認識されながら「歌」ではなく「語り」が中心だからである。では、メロディーに沿って「歌う」のではなくビートに乗せて「語る」ラップの形式とは一体どのようなものなのだろうか。

「語り」のルーツについては数多くの解釈が提示されており、いまだに議論されている。1960年代後半にブラックナショナリズム運動の影響のもとでパーカッションに合わせて詩を朗読したラスト・ポエッツや、1970年第以降に活躍したスポークン・ワードの詩人ギル・スコット・ヘロンはもっとも直接的なルーツと言える。(スポークン・ワードとラップの境界線は、アーティストと評論家の間でいまだに議論されている。本論文では、音楽性の観点から二つを異なる表現形式と捉え、ラップ・ミュージックだけを扱う。)同時代の黒人音楽でもアイザック・ヘイズやバリー・ホワイトがビートにモノローグを乗せており、そうした「語り」がラップとして独立したという見方もできる。また、1960年代の若者に絶大な支持を誇った黒人のボクサー、モハメド・アリがメディアの前で披露した即興の語り「蝶のように舞い、蜂のように刺す(float like a butterfly, string like a bee)」やディスコシーンのDJハリウッドもラップの起源の一つとして数えられる。実際にジャンルの黎明期に活躍したアーティストの証言としては、アフリカ・バンバータが1930年代に一世を風靡した黒人エンターテイナーのキャブ・キャロウェイのスキャット唱法を「語り」のルーツにあげている。また、DJクール・ハークの故郷ジャマイカの音楽シーンに見られるトースティング(DJのリズムに合わせて喋ったり語ったりする行為)の伝統もルーツの源流として無視できず、彼のもとでラップをしていたコーク・ラ・ロックが最初のラッパーという説もある。さらに、口承文化という意味では、西アフリカに受け継がれる世襲制の語り部グリオの影響を指摘するものもいる。グリオは文盲者に対して、楽器の音のメロディーに合わせて、遠方の情報、生活教訓、歴史などを伝えていた。

中でもとりわけ重要なのが、アフリカ系アメリカ人共同体に受け継がれるダズンズ、シグニファイング、トースティング、ボースティングなどの伝統的な話芸である。例えばダズンズとは二人の若い男の子がしばしば韻を踏みながら即興で悪口を言い合い、それを数人のギャラリーが見守るというゲームの一種である。相手の悪口に対してどれだけ巧妙に返せるか、またギャラリーの支持をどれだけ得られるかで勝負が決まるゲームは、ヒップホップのフリースタイルやサイファーと共通する部分が大きく、馴染み深い形式と言える。このような一種のコンペティションとして、どれだけ面白おかしく言葉を言い回せるか、というのがラップの形式と言えるだろう。

ところで、「ラップ」という言葉は、もともと擬音語で「トントン」「コツコツ」など物音を意味する。黒人英語では「おしゃべり」や「会話」という意味で、そこから「しゃべるような歌」という意味に広がったとされる。(ウィキペディア「ラップ」より引用)
では、ラップ・ミュージックはコミュニティの中でどのような役割を果たしたのだろうか。


【第2章 ブラック・アメリカ】

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2-1.貧困
ブロンクスの荒廃を決定づけたのは、1950年代から1960年代にかけて建設が進んだ「クロス・ブロンクス・エクスプレスウェイ」である。建築家ロバート・モーゼスによって進められたこの大規模な計画は、マンハッタンと郊外を直接結び、マンハッタンを富の中心へと変貌させることが目的であった。ブロンクス区を東西に横切るこの高速道路の建設事業は、アイリッシュやユダヤ人などで賑わう界隈を破壊し、地元住民約6万人以上を強制移住に追いやった。高速道路の南側には12000戸以上のプロジェクト(低所得者用高層公営住宅)が建てられ、そこに貧しいアフリカ系アメリカ人やヒスパニック系が移り住んだ。さらに、モーゼスのスラム一掃計画により、ブロンクスに最貧困層が流れ込んだ。昔から住んでいた中産階級の白人住民は郊外へ離れ(ホワイト・フライト)、ブロンクスでは人種ごとに結成されたギャングの抗争が激化し、犯罪率は上昇した。1960年代を通じてブロンクスの住居侵入窃盗罪は17倍近くも上昇したと言われている。さらに、1970年代の不況が追い打ちをかける。アメリカが73年に変動相場制に移行したことで、ドルの価値が暴落し、オイルショックにも見舞われた。ニューヨーク州や市は社会福祉関連予算の削減を余儀無くされ、サウス・ブロンクスは行政から見放されてしまう。やがて地元の製造業や工場が撤退し、地域はスラム化してしまう。家賃収入より保険金の方が稼ぐことができると気づいた悪徳家主は、住民の有無にかかわらず自ら放火、またはギャングに放火を依頼し、火事が相次いだ。73年から77年までにサウス・ブロンクス地区だけで3万件以上の放火が報告されており、地域の失業率は60パーセント近くに上っていた。こうしてヒップホップの誕生の地であるブロンクスは社会的、文化的、財政的に孤立してしまったのである。

2-2.ギャング
1970年代に2度起きた石油危機、工場の海外逃亡などで失業家庭が増え、稼ぎ手である夫の失踪が相次いだ。稼ぎ手がいなければ、「扶養児童家庭補助」がもらえるため、わざと失踪したことにする家庭も増えた。この点については、アフリカ系アメリカ人社会の母権的性質(当時は家庭に父親が不在で、女手一つで息子を育てる家庭が多かった)との関連性が指摘されている。(映画『Boyz n the hood』のダウボーイ一家が顕著な例として挙げられる。)また、こうした家庭では、特に男の子は家計を助けなければならないため、子供の頃から麻薬販売と縄張り争いに明け暮れることが多かった。(映画『Notorious B.I.G.』のビギー役の主人公は思春期になるとドラッグ取り引きを始める。)黒人コミュニティの失業率の増加は、若者が違法薬物の売買などに手を出す素地を半強制的に生み出したのである。ブロンクスの若者を鍛え上げたのは、「OG(オリジナル・ギャングスタ)」と呼ばれる人たちだった。やるか、やられるかの無法地帯では自ら武装し、自分の身は自分で守るしかなかった。

こうして「ギャング」が登場したのである。ギャングは混沌状態を構造化した。虐待から逃げ出してきた少女や移民、体制から外れた里子などに、ギャングは逃げ場と癒し、保護を与えた。戦うべき敵、意義も教えた。70年から73年までの間にブロンクスでは、多くのギャングが熾烈な争いを繰り広げていた。プエルトリカンを主要メンバーとしたゲットー・ブラザーズや、アフリカン・アメリカンが大多数を占めるブラック・スペーズ、当時最も恐れられていたサヴェージ・スカルズなど数々のストリート・ギャングが幅を利かせていた。ギャングがブロンクスを支配したのである。中でもゲットー・ブラザーズは71年に、喧嘩の仲裁に入った幹部メレンデスが敵対ギャングに殺されたのにもかかわらず、復讐ではなく平和に向けての和平会議を開催した。14組ものギャンググループを招集し、ブロンクスの平和を目的とした和平協定を結んだ。

この後ギャングは次第に解散していくのだが、すぐさま危険な兆候が現れた。警察である。警察にとっては、ギャングが和平協定を結ぶよりも、お互いに争ってくれた方が都合がよかったのである(ギャングを一掃する口実となるため)。そこで、警察は元海兵隊員で結成されたパープル・マザーという偽物のギャングをブロンクスに送り込むと、ストリートを徘徊しては人々を襲い、暗殺させ、平和に向かっていたブロンクスの街に再び争いを生み出した。そして、尋問や一斉検挙を重ね、警察は1年という短い間に元ギャングやそのメンバーに関する3000以上もの調査書類を作り上げた。「警察には酷い目にあった。俺たちが4人以上で歩いていると、違法集会だって逮捕されたんだ。」と当時のギャングは語る。和平協定後、ブロンクス周辺で敵となったのは、本来街の秩序を保つはずの警察であった。

2-3.ジェネレーションギャップ
法的な平等を求めて戦ってきた公民権運動世代にとって、1964年に制定された公民権法や翌年から実施されたアファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)は歴史的な勝利を意味した。そして、この勝利によって恩恵を受け、中産階層へと社会的成功を収めたグループの間では、アメリカにおいて平等な社会が実現されたという意識が生まれた。彼らはその意識が生まれたことによって黒人貧困層の抱える問題には見向きをしなくなったのである。

一方、公民権運動が終わると公民権運動世代の子供世代であるヒップホップ・ジェネレーション(以下HG世代)が誕生する。ヒップホップ専門誌The Source Magazineの編集長を務めたバカリ・キトワナによると、HG世代とは1965年から1984年の間に生まれたアフリカ系アメリカ人のことを指す、と定義付けられている。彼らは幼い頃から公民権運動時代の過酷な社会的問題(貧困、差別、暴力、失業、死など)に囲まれながら育ち、隔離政策撤廃後に育った最初の世代であった。HG世代の若者たちは、公民権運動世代から公民権運動の話を常に聞かされ、決して公民権運動世代が成し遂げた勝利を忘れることを許されなかった。そんなHG世代はヒップホップを通じて過酷な現実に対する反社会的なメッセージを歌ったため、公民権運動世代の大人や保守的な教会から「無関心で自己陶酔的な存在」と批判されてしまう。とうとう公民権運動世代はHG世代の道徳批判や社会的責任の欠如を非難し始めたのである。しかし、実際のところアメリカは公民権運動時代と比べて、差別のない社会を築く姿勢を見せてきたが、社会における差別や不平等さは存続し、その影響は人種間の雇用率や賃金の格差に現れている。そうした経験を通して、HG世代はその平等なアメリカが「幻想」であるということを実体験をもって実感したと同時に、ヒップホップを頼るほかない状況になってしまったのである。

平等な社会が実現されたという意識を抱いた公民権運動世代から、平等な社会が「幻想」であると実感したHG世代の社会変化に伴う価値観の変化、その「ジェネレーションギャップ」がHG世代の「怒り」を生んだ。ヒップホップはそんな擬装の社会から身を守るため一種の手段であり、教会からも見捨てられた若者はヒップホップを頼るほかなかった。白人に対してだけでなく、一世代前の黒人に対しての「怒り」がヒップホップに反映されていったのである。


第3章 役割

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3-1.商業化
第1章で触れたようにラップの源流はトースティングにある。黎明期のブロンクスではブロックパーティーでDJがかけるブレイクビーツに合わせて、MCが観客を盛り上げるために行われた。曲と曲の切れ目やシステムが故障したときのつなぎが主な役割でもあった。

しかし、1979年にヒップホップ最初のレコードといわれるシュガーヒル・ギャングの『Rapper’s Delight』がヒットすると、ラップで稼ぐことができるということが世間に知れ渡り、ラップはお金を稼ぐツールとして使われるようになる。ここで重要なのが、ラップがヒップホップを商業化したことである。自身もR&Bシンガーとして活躍するシルヴィア・ロビンソンは親戚の子供が聴いていたカセットテープをヒントにラップのレコード化を思いつき、当時ヒットしていたディスコヒット曲に合わせて地元の若者にラップをさせた。素人のラップが最初のヒップホップレコードとは皮肉なことだが、ラップはヒップホップカルチャーの商品化に最適な形式であることが判明したのである。

3-2.飛躍
前述したように70年代のラップは政治的というよりは、政治から逃避するための音楽、つまりパーティーミュージックであった。当時のブロンクスではパーティーは一種のユートピア的な存在だったので、政治的な内容はパーティーでうけなかった。そのため歌詞の内容も「世の中は醜いことばかりだから、せめて楽しいことをしよう」や「盛り上がろう」などであった。

しかし、1982年のグランドマスターフラッシュ&ザ・フューリアス・ファイブの「The Message」はそれまでのパーティーミュージックから大きな飛躍があった。まず第一に、バックトラックが明らかに異なる。当時のバックトラックはアップテンポなディスコミュージックの延長線上で、ディスコラップとも呼ばれていた。それに対して、「The Message」のサウンドはBPMも遅く、ディスコサウンドから完全に抜け出している。次に、リリックの内容である。パーティーラップはその内容もさることながら、ラップの仕方もテンションが高めなのに対し、「The Message」のシリアスな語り口はその内容と呼応している。当時「こんな曲、パーティーで受けない」とまで言われていた。「The Message」は具体的に政治的な主張をしているのではなく、楽曲自体がメッセージになっている特殊な楽曲である。あくまで、目の前の黒人ゲットーの光景のレポートであり、そこに対して能動的に何らかの行動を啓蒙しているわけではなく、ただ目の前にある醜い光景を描写しているのである。この曲は時代の感情にマッチしていた。当時はレーガン不況により、失業率が世界大恐慌以来最高のレヴェルに達していた。公式発表による黒人の失業率は22%で、貧困率も急上昇していた。1983年には黒人の貧困率は過去25年でピークに達し、人口の36%が貧困基準を下回る生活を送っていた。若者の状況はさらに酷く、ニューヨーク市の10代で就職しているのは5人に1人だが、アフリカン・アメリカンの場合は10人に1人という低率だった。そんな貧困者に対する静観姿勢の集大成とも言える、レーガノミックスに対する絶望感と怒りをありのままに伝えたのである。

「The Message」のヒットで、政治的な内容のラップが売れること、つまり「政治性」が売れる一つの要素として機能したことが判明することになる。これはラップ・ミュージックの中で極めて重要な点で、以降、政治的なラップをはじめとした主張するラップが増えるのである。

3-3.代弁
1980年代になると、東海岸のヒップホップに対抗する勢力としてロサンゼルス中心のギャングスタラップが登場した。

ギャングスタとはストリートのギャングやヤクザを表すスラングで、「タフな人」という意味で用いられることもある。西海岸で生まれたギャングスタラップの特徴は、何と言ってもその歌詞の過激さである。暴力、犯罪、麻薬、セックスなど、暴力的な日常を語ったギャングスタラップは、1980年台中盤に誕生したと言われる。ニュージャージーで生まれたアイス・Tは、高校時代に当時ロスの中でも最悪のエリアと言われたサウスセントラルに引っ越すが、そこでクリップスというギャンググループに係わったことで、彼はギャングを題材にラップし始める。これがギャングスタラップの起源とされる。そして、1988年彼のアルバム「Power」がヒットし、たちまち西海岸に広まったのである。

1986年に結成されたN.W.A.(Niggerz With Attitude)はコンプトン出身のギャングスタラップグループである。グループのアルバム「Straight Outta Compton」が空前の大ヒットとなり、全米にギャングスタラップの存在が知られるようになる。

「Straight Outta Compton」はギャングの抗争、異人種間の対立など当時の黒人社会の状況を写実的に、また誇張しながらラップ表現されたものである。彼らは犯罪の温床となっている地域(コンプトン)に住んでおり、犯罪に一番近い状況にいたから、また犯罪に手を染めてしまう人々がいたからこそ、その現実をラップを通じて伝えようとしたのである。メンバーであるアイス・キューブは「コンプトン出身でもなければ、こういう世界は普通じゃ見られないもんだからな。俺たちの音楽は安全な距離を保ったまんまコンプトンを訪ねてみることができるものだったんだよ。」とシリアスな現実社会をラップで記録的に代弁した旨を語っている。

また、アルバム「Straight Outta Compton」の中で特に注目したいのが「Fuck tha Police」という曲である。題名からわかるようにこの曲は警察官に対する怒りや不満を歌った曲である。第2章で取り上げたように、黒人コミュニティは警察官の暴力や残忍な扱いに怒りや不満を抱いていた。3,4人で通りを歩いているだけで、警察官から違法集会だと摘発され、それに歯向かうと集団で暴行され、逮捕される。そんな不合理な警察官に対して向けられた同曲は、そのメッセージ性がゆえに、ロドニー・キング事件が発端となった1992年のロサンゼルス暴動のアンセムとして隆盛を極めるのである。ロドニーキング事件は、黒人容疑者であるロドニー・キングが白人の警察官から激しい暴行を受けたのにもかかわらず、その後の裁判が白人の警察官に有利に働いたことで大きな問題となり、全米のニュースで取り上げられるようになった事件である。

この事件は全米の黒人コミュニティの怒りを買うこととなり、のちにロサンゼルス暴動に発展することになる。白人警察官への無罪評決が下された4月29日、評決に怒った黒人たちは暴徒と化し、ロサンゼルス市街で暴走を起こし、商店を襲い、放火や略奪をはじめた。50人以上の死者と3600件以上の放火を引き起こしたロサンゼルス暴動は、第2章でも触れたように、人種間の緊張の高まりが背景に挙げられる。アフリカ系アメリカ人の高い失業率や警察官による黒人への暴力など、重層的な怒りが黒人コミュニティに渦巻いていた。そんな中、ロドニーキング事件での無罪評決が引き金となり、黒人社会の怒りが一気に噴出して起きた暴動であった。「Fuck Tha Police」はそんな黒人コミュニティの怒りをまさに代弁してくれた曲であった。

N.W.A.は主流メディアと声なき者の間に身を置いた。当時主流メディアは白人に支配されていたので、白人にとって都合の悪いことがメディアで伝えられることはなかった。N.W.A.以外に社会の片隅に追いやられた者たちの声を代弁するものなどいなかったのである。彼らはヒップホップを通じて声なき者のために大声で大胆に、そして悪びれることなく彼らの意見を代弁しているのである。これ以降ラッパーは声なき者も代弁するか、もしくはタブーとされていることを語ることを求められた。不安定で厄介かつ悲劇的で皮肉に満ちたゲットーでのギリギリの生活で、死と反抗が繰り返される。そんな生活を情熱的かつ複雑に表現し、力強いタッチで描くことが求められた。黒人コミュニティは世代の抱える問題をラップで解決しようとしたのである。

ところで、興味深い事例がこの頃発覚する。1991年、ビルボード誌は売り上げ順位の計算方法を大幅に変更し、コンピューターでバーコードを読み込むサウンドスキャンを導入した。その結果が全米に大きな衝撃をもたらした。全米でもっとも売れているアルバムがN.W.A.の「Niggarz 4 Life」であることが判明したのである。マイノリティである黒人やヒスパニックは都市部に多く、郊外のモールでは白人中産階級が購買層であることを考えれば、この時点でヒップホップの主なリスナーが白人のティーンに移行していることが明らかになったのである。ランDMCが白人リスナーを取り込み、ビースティ・ボーイズが黒人リスナーを取り込んだことからも同じことが言える。ヒップホップは人種統合にも一役買ったのだ。

N.W.A.と同じ時期に東海岸で政治性を強く押し出したヒップホップグループがパブリックエネミー(以下PE)である。メンバーは全員中産階級出身であり、黒人ゲットーと白人コミュニティの間の存在であった。だからこそ彼らの世界観は、ブラックアメリカの一世代前に対する痛烈な批判から始まっている。彼らもまたラップを通じて他の黒人が言えずにいること、つまり黒人が抱える「怒り」を代弁したのである。政府やマスメディア、既存の権威からの自立を訴える彼らは急進的黒人運動(ブラックラディカリズム)を先導した。

当時アメリカのラジオ局は人種差別的なフォーマットが凝り固まっていた。黒人のラップはここ数年で最もブレイクした新しい音楽だったのにもかかわらず、ラジオ局からは締め出されていたのである。PEの音楽やメッセージにも関心を示すことはなかった。というのも、ラジオ局は「黒くなりすぎること」を恐れていたからである。黒人のラジオ局でさえ、白人社会での成功を夢見る知的職業階級の黒人たちの願望を反映するようになり、白人メディアの絶対的支配が及んでいたのである。「俺たちは、白人メディアがブラックアメリカに流す情報と常に戦い、それを浄化するシステムを築き上げなければいけないんだ。」とメンバーの1人であるチャックDは語っている。また彼は、ラジオ局が黒人に関するニュースを一切オンエアしないことに対し、「ラジオでオンエアされなくても、何百万人もの人々がラップを聞いている。というのも、ラップはアメリカのTV曲だからさ。ラップは人生のあらゆる側面を伝えるニュースなんだ。良いことに悪いこと、美しいことに醜いこと、ありのままをリスナーに届けてくれる。ドラッグ、セックス、愛、金、戦争、平和、ありとあらゆることをね。」と発言し、のちに「ラップはブラックアメリカのCNNだ」という名言を生み出した。彼はラップを、若者主導の代替的メディアネットワークになぞらえ、人種差別撤廃によって分裂してしまった黒人を再び団結させる力を持ち得るものだと考えたのである。

前述したようにPEの世界観は、コミュニティへの責任を放棄した一世代前の黒人に対する痛烈な批判から始まっている。白人の音楽ばかり選曲するラジオ局の黒人に対して、黒人コミュニティに対する責任を追求し、黒人コミュニティの団結を呼びかけたのである。この問題に関してチャックDはインタビューの中でこう答えている。「公民権運動の勝利に続いて始まった70年代は意識の低い時代だった。それにあの頃は、重要な黒人指導者も殺されてしまったし、裏切るヤツや、逃げ出すヤツも多かったからね。黒人を取り巻く状況は変わったと思い込ませるような国家のプロパガンダがあった。名ばかりの人種差別撤廃だ。TV業界とか目立ったところで、ごく少数の黒人を重要な地位に就かせるんだ。でも残りの大多数の黒人はもちろん今まで通り低い地位のままさ。だが、抜擢された黒人たちは、その理由をきちんと理解していなかった。だからヤツらはこれまでの苦労を忘れ、すっかり怠け者になって、自分たちが60年代を通じて学んできた歴史や文化を若い世代に伝える役割を怠ったんだ。黒人がどれだけタイトに結束しなきゃいけないかってことを教えなくなってしまったのさ。こうして黒人はアイデンティティを喪失した。ようやくアメリカ人として受け入れられたなんて錯覚し始めたんだ。」

第4章 ラップ・ミュージックは何を伝えたのか

4-1.『The Message』(グランドマスターフラッシュ&ザ・フューリアス・ファイブ 1982年)

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[Hook]
It's like a jungle sometimes
この街はまるでジャングルだな
It makes me wonder how I keep from going under
気が狂わないでいられるのを不思議に思っちゃうくらいだ
It's like a jungle sometimes
ほんとにジャングルだよ
It makes me wonder how I keep from going under
よく俺は平気でいられるよ
[Verse 1]
Broken glass everywhere
どこ行ってもガラスは割れてるし
People pissing on the stairs, you know they just don't care
道端で小便済ます奴いるし、それを気にかけない奴もいるし
I can't take the smell, can't take the noise
臭くて息ができないよ、もう耐えられない
Got no money to move out, I guess I got no choice
引っ越すお金がないから、端から選択なんてできない
Rats in the front room, roaches in the back
部屋の前にはネズミがいるし、カバンの中にはゴキブリがいるし
Junkies in the alley with a baseball bat
道にはバットを持ったジャンキーがウロウロしているし
I tried to get away but I couldn't get far
いっそ遠くへ飛んでやろうとしたけど、できなかった
’Cause a man with a tow truck repossessed my car
俺の車がレッカー車に引き取られちゃったからな
[Hook]
Don't push me, ’cause I'm close to the edge
おい、押すんじゃねえ。俺は崖っぷちにいるんだから
I'm trying not to lose my head
ほんと、死なないように必死なんだよ
It's like a jungle sometimes
ほんとにジャングルみたいだ
It makes me wonder how I keep from going under
よく俺は平気でいられるよ
[Verse 2]
Standing on the front stoop, hanging out the window
玄関先に立って、体を乗り出して見るんだ
Watching all the cars go by, roaring as the breezes blow
風の如く通りゆく車とか
Crazy lady, living in a bag
酔っ払っている正気じゃない女とかさ。
Eating out of garbage pails, used to be a fag hag
聞くには、彼女はタンゴのダンサーで
Said she'll dance the tango, skip the light fandango
ファンダンゴの曲がかかれば軽快に跳び踊っていたそうだ
A Zircon princess seemed to lost her senses
でも、そんな輝かしいお姫様はその感覚を忘れちゃったみたいだ
Down at the peep show watching all the creeps
卑猥なショーに飛ばされて、良くないものを見てきてしまった
So she can tell her stories to the girls back home
だから彼女は少女達にちゃんと家に帰るように自らの話をするのさ
She went to the city and got social security
彼女は街に帰り、社会的な安全を取り戻したけど
She had to get a pimp, she couldn't make it on her own
それでも彼女はポン引きと一緒にいなきゃならない。彼女1人じゃ生きていけないから
[Hook]
Don't push me, ’cause I'm close to the edge
押すなよ、俺は崖っぷちにいるんだから
I'm trying not to lose my head
なんとか死なないようにしてるんだから
It's like a jungle sometimes
まるでジャングルじゃねえか
It makes me wonder how I keep from going under
よく俺は平気でいられるよ
[Verse 3]
My brother's doing bad, stole my mother's TV
兄弟達が悪いことをしている、母さんのテレビを盗んだんだ
Says she watches too much, it's just not healthy
母さんはテレビの見過ぎ、健康に良くないって
All My Children in the daytime, Dallas at night
昼は「All My Children」で夜は「Dallas at night」だ
Can't even see the game or the Sugar Ray fight
スポーツの試合やRay Robinsonすら見れないんだ
The bill collectors, they ring my phone
俺が不在の時に、徴税人が電話をよこすって
And scare my wife when I'm not home
妻は怯えっぱなしなんだ(だからテレビをずっと見ている)
Got a bum education, double-digit inflation
浮浪者には教育の機会を与えるべきだ、10%以上の物価高騰もどうにかすべきだ
Can't take the train to the job, there's a strike at the station
ストライキのせいで、職場にいけやしない
Neon King Kong standing on my back
ネオンのキングコングが俺の背後に立っている
Can't stop to turn around, broke my sacroiliac
俺の神聖さは誰にも変えられないし、壊せない
A mid-range migraine, cancered membrane
偏頭痛やガンになった皮膜ですらな
Sometimes I think I'm going insane
俺は時々、自分が狂ってしまうんじゃないかって思うんだ
I swear I might hijack a plane!
そのうちハイジャックとかしてしまうかもしれない
[Hook]
Don't push me, ’cause I'm close to the edge
押すなよ。俺は崖っぷちにいるんだから
I'm trying not to lose my head
生きるのに精一杯なんだ
It's like a jungle sometimes
まるでここはジャングルじゃないか
It makes me wonder how I keep from going under
よく俺は平気でいられるよ
[Verse 4]
My son said, Daddy, I don't wanna go to school
俺の息子が言うんだよ「先生が世間知らずだから学校に行きたくない」って
’Cause the teacher's a jerk, he must think I'm a fool
先生は俺のことをバカにしてるに違いない
And all the kids smoke reefer, I think it'd be cheaper
それに子供達はみんなハッパを吸ってるらしいじゃないか、愚かなことだ
If I just got a job, learned to be a street sweeper
勉強して職を得たと思ったら、清掃作業員とはな
Or dance to the beat, shuffle my feet
俺もビートに乗ってすり足で踊りたかった
Wear a shirt and tie and run with the creeps
シャツとネクタイを着て街を徘徊してさ
’Cause it's all about money; ain't a damn thing funny
これは金の為なんだ。笑われる筋合いはないね
You got to have a con in this land of milk and honey
お前はこのよく肥えた地に騙されているんだ
They pushed that girl in front of the train
少女が電車の前に押し倒されても
Took her to the doctor, sewed her arm on again
医者にかかれば腕が元通りになるし
Stabbed that man right in his heart
右胸を突き刺されても
Gave him a transplant for a brand new start
移植すればまた生活できるんだしな
I can't walk through the park, ’cause it's crazy after dark
俺は公園を歩いたりしない。暗闇になると狂気に満ち溢れるからな
Keep my hand on my gun, ’cause they got me on the run
連中は俺を捕まえようとするから、銃は手放せないよ
I feel like a outlaw, broke my last glass jaw
罪悪感は感じるさ、弱い顎を砕かれたように
Hear them say "You want some more?", living on a see-saw
そして聞こえてくるよ。「いつまで一進一退の生活を続けるの?」って。
[Hook]
Don't push me, ’cause I'm close to the edge
押すなよ。崖っぷちにいるんだから
I'm trying not to lose my head
気が狂わないように必死なんだ
It's like a jungle sometimes
まるでここはジャングルだ
It makes me wonder how I keep from going under
よく俺は平気でいられるよ
[Verse 5]
A child is born with no state of mind
子供っていうのは何の感情もなく生まれてくる
Blind to the ways of mankind
生きることをなんもわかっていない
God is smiling on you, but he's frowning too
神は微笑みかけてくれる、しかめっ面もする
Because only God knows what you'll go through
神のみぞ知るからさ、お前がこの先どう生きるかを
You'll grow in the ghetto living second-rate
お前はゲットーで低級な家庭で育つだろう
And your eyes will sing a song called deep hate
そしてその目は深い憎悪の歌を歌うだろう
The places you play and where you stay
お前の活動の場がお前の居場所になる
Looks like one great big alleyway
そこの大きな横道を見てみな
You'll admire all the number-book takers
賭帳簿を持った連中を認めるようになるぜ
Thugs, pimps and pushers and the big money-makers
ゴロツキにポン引きに富豪に
Driving big cars, spending twenties and tens
それもいい車を10台や20台も費やしてる
And you'll wanna grow up to be just like them, huh
お前も連中みたいになりたいんだろう
Smugglers, scramblers, burglars, gamblers
密輸業者に強盗屋に夜盗に賭博師
Pickpocket peddlers, even panhandlers
スリに売人に物乞いまで
You say "I'm cool, huh, I'm no fool."
お前は「俺はイケてるけど、バカじゃない」なんていうけど
But then you wind up dropping outta high school
お前は高校を中退しているじゃん
Now you're unemployed, all null and void
今や解雇され、金もなけりゃ居場所もない
Walking 'round like you're Pretty Boy Floyd
Pretty Boy Floydみたいにその辺歩き回ってさ
Turned stick-up kid, but look what you done did
ガキに銃向けるなんて、自分が何してるかわかっているのか?
Got sent up for a eight-year bid
たかが8歳で刑務所送りだぞ
Now your manhood is took and you're a Maytag
成人する頃にはタグをつけなくちゃいけなくなる
Spend the next two years as a undercover fag
重労働に2年という歳月を費やし
Being used and abused to serve like hell
まるで地獄のように奉仕活動に使われるのさ
'Til one day you was found hung dead in the cell
独房で飢え死にするまでな
It was plain to see that your life was lost
そしたらお前が人生を無駄にしたことは明白になるな
You was cold and your body swung back and forth
お前は冷たくなり、体は前後に揺れる
But now your eyes sing the sad, sad song
でもお前の眼は悲しい歌を歌っている
Of how you lived so fast and died so young, so...
どう短い人生を過ごし、若く死ぬかについてをな
[Hook]
Don't push me, ’cause I'm close to the edge
押すなよ。崖っぷちにいるんだから。
I'm trying not to lose my head
死なないように必死なんだ。
It's like a jungle sometimes
まるでここはジャングルだ。
It makes me wonder how I keep from going under
死なないのが不思議なくらいだ。

「The Message」は黒人ゲットーの状況をありのままに語った曲である。PEのように啓蒙的にアジテーションをする楽曲とは違い、ただ目の前に見える風景を描写している。

まず印象的なのは[Verse1]である。フューリアス・ファイブのラッパーであるメリー・メルの騒ぎ立てることなく淡々としたラップからは、悲惨なブロンクスの環境がうかがえる。[Verse2]の水商売をやめられない女性の卑屈な運命、[Verse3]の徴税人を恐れる家族の日常からは社会的、財政的に見捨てられ、貧困に苦しむ人々が描かれている。[Verse4]では人種差別問題が語られる。[Verse5]では「ゲットーで生まれたら、一生ゲットーで低級な家庭で育つ運命にある」という辛い現実を語っている。たとえ金持ちになろうとしてドラッグディーラーになっても、結局は刑務所に行く運命なのだと。「一生ゲットーの貧困の中で生きる」か「死ぬまで刑務所行き」か、そんな残酷な選択肢しかここ(黒人ゲットー)にはないと言っているようである。前述したように、それまでのラップはこうした悲惨な現実を忘れるために歌われていたので、歌詞を見るとよりその飛躍に気づくことができるだろう。そして[Hook]は黒人ゲットーの悲惨な現実への諦めと底深い怒りを繰り返し強調しており、そのような状況の中でなんとか気を保とうと必死な人々の思いが集約している。

4-2.『Fuck Tha Police』(N.W.A 1988年)

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[Intro: The D.O.C., Dr. Dre, and Ice Cube]
Right about now, N.W.A. court is in full effect
さあこれからN.W.A裁判所が開廷する
Judge Dre presiding
裁判長はドレー議長
In the case of N.W.A. versus the Police Department
N.W.A対警察署の裁判だ
Prosecuting attorneys are MC Ren, Ice Cube
検察官はMCレンとアイスキューブ
And Eazy-motherfucking-E
そしてEazy-Eだ
Order, order, order!
静粛に、静粛に、静粛に
Ice Cube, take the motherfucking stand
アイスキューブは証言台にたて
Do you swear to tell the truth, the whole truth
お前は真実、すべての真実だけを語ることを
And nothing but the truth to help your black ass?
その黒いケツに誓うか?
You goddamn right!
もちろんさ
Well, won't you tell everybody what the fuck you gotta say?
それではみんなに証言してやれ!
[Verse 1: Ice Cube]
Fuck the police! Comin' straight from the underground
警察クソくらえ!アンダーグラウンド出身の俺は
A young nigga got it bad ‘cause I'm brown
黒人の若者、茶色の肌だからって酷い仕打ちを受けてきた
And not the other color, so police think
白い肌じゃないからって警察は思っている
They have the authority to kill a minority
彼らはマイノリティを殺す権限を持っている
Fuck that shit, ‘cause I ain't the one
ふざけんじゃねえ。標的を間違っているぜ
For a punk motherfucker with a badge and a gun
警官のバッジと銃を持っているパンク野郎が
To be beating on, and thrown in jail
殴りつけて、刑務所に放り込むんだ。
We can go toe-to-toe in the middle of a cell
俺たちは小部屋の中でつま先をぶつけ合って座るのさ
Fuckin' with me ‘cause I'm a teenager
俺はまだ十代だぞ、ふざけた真似しやがって
With a little bit of gold and a pager
少しの金とポケベルを持ってるだけなのに
Searchin' my car, lookin' for the product
俺の車を捜索して、ブツを探しやがって
Thinkin' every nigga is sellin' narcotics
黒人は誰でもヤクを売ってると思いやがって
You'd rather see me in the pen
俺が刑務所に入っている姿が見たいんだろう
Than me and Lorenzo rollin' in a Benz-o
俺とロレンツォ(MCレン)がベンツを乗り回している姿よりも
Beat a police out of shape
誰だかわからなくなるくらいボコボコにしてやる
And when I'm finished, bring the yellow tape
気が済んだら、警察官の黄色いテープを持ってこい
To tape off the scene of the slaughter
その虐殺現場を録画してやる
Still getting swoll off bread and water
刑務所のパンと水だけでもタフに生き延びる俺
I don't know if they fags or what
それがお前の仕事なのかは知らないが
Search a nigga down, and grabbing his nuts
身体検査でタマを握りやがって
And on the other hand, without a gun, they can't get none
ヤツらは銃なしじゃ何もできないのさ
But don't let it be a black and a white one
黒人の警官も白人の警官もやることは一緒
‘Cause they'll slam ya down to the street top
ストリートでマイノリティを痛めつけるのさ
Black police showing out for the white cop
黒人警官は白人警官に媚び売ってばかり
Ice Cube will swarm
アイスキューブは襲いかかるぜ
On any motherfucker in a blue uniform
青い制服を着てるヤツならだれでも
Just ‘cause I'm from the CPT
俺がコンプトン出身だからって
Punk police are afraid of me
臆病な警察官は俺を恐れている
Huh, a young nigga on the warpath
俺は喧嘩上等な若者
And when I'm finished, it's gonna be a bloodbath
俺が戦った後は血の海さ
Of cops, dying in L.A
ロサンゼルスで死んだ警察官の血だ
Yo, Dre, I got something to say
ドレー、俺は言いたいこと言ったぜ
[Hook]
Fuck tha police!(Repeat 4x)
警察クソくらえ!
[Skit 1: Cop, MC Ren, & Dr. Dre]
Pull your goddamn ass over right now!
(警官)今すぐ車を止めろ!
Aww shit, now, what the fuck you pullin' me over for?
(MCレン)クソ、なんでだよ!
‘Cause I feel like it! Just sit your ass on the curb and shut the fuck up!
(警官)理由なんねえよ、さっさと大人しく車を止めろ!
Man, fuck this shit!
(MCレン)ふざけんな!
A'ight, smartass, I'm taking your black ass to jail!
(警官)いいか生意気なガキめ、お前の黒いケツを刑務所にぶち込むぞ!
MC Ren, will you please give your testimony
(ドレー)MCレン、これを証言してくれ
To the jury about this fucked up incident?
(ドレー)劣悪な細管の所業を陪審員に語ってやれ
[Verse 2: MC Ren]
Fuck the police! And Ren said it with authority
警察クソくらえ!MCレンが威厳を持って宣言する
Because the niggas on the street is a majority
ストリートでは黒人が多数派だ
A gang is with whoever I'm steppin'
誰かと歩くだけでギャングだとさ
And the motherfuckin' weapon is kept in
俺らの武器の銃は
A stash box, for the so-called law
秘密の隠し場所にちゃんとしまってあるのさ、法律だからな
Wishing Ren was a nigga that they never saw
MCレンも銃を覗き込みたくないと思っているのさ
Lights start flashing behind me
蛍光灯が俺の後ろで光り始める。
But they're scared of a nigga, so they mace me to blind me
ヤツらは俺を恐れているから催涙ガスで俺の目を潰そうとするが
But that shit don't work, I just laugh
意味ないぜ、俺はただ笑うんだ
Because it gives them a hint not to step in my path
これでヤツらも察するだろう、俺には干渉しないほうがいいと
For police, I'm saying, "Fuck you, punk!"
ヤツらに言うのさ、「くたばれ、クソ野郎!」
Reading my rights and shit, it's all junk
俺の権利なんてものを読み上げているが、全てでっち上げだ
Pulling out a silly club, so you stand
警棒なんて取り出して、偉そうに
With a fake-ass badge and a gun in your hand
嘘くさいバッジと銃を持っているが
But take off the gun so you can see what's up
銃を捨てたらどうなるかわかるよな
And we'll go at it, punk, and I'ma fuck you up!
殴り合いで勝負だ、ぶん殴ってやる!
Make you think I'ma kick your ass
素手で勝負すると思わせといて
But drop your gat, and Ren's gonna blast
お前が銃を捨てたら、俺は銃をぶっ放す
I'm sneaky as fuck when it comes to crime
犯罪のことになると俺は卑怯になるのさ
But I'ma smoke them now and not next time
ヤツらを打つなら今しかない、またの機会はない
Smoke any motherfucker that sweats me
俺に嫌がらせをするヤツらは誰でも撃ち殺してやる
Or any asshole that threatens me
俺を脅してくるヤツも同じだ
I'm a sniper with a hell of a scope
俺は腕利きのスナイパーだ
Taking out a cop or two, they can't cope with me
ヤツらの1人や2人は仕留める、ヤツらは太刀打ちできない
The motherfuckin' villain that's mad
狂ったようなやばい悪役、それが俺さ
With potential to get bad as fuck So I'ma turn it around
悪い状況になっても俺は覆してみせるさ
Put in my clip, yo, and this is the sound
引き金を引いたら、こんな音を鳴らすぜ(銃声音)
Yeah, somethin' like that But it all depends on the size of the gat
ああ、そんな感じだ、まあ銃の大きさにもよるけどな
Taking out a police would make my day
ヤツらをボコボコにしたら、最高の1日になるだろう。
But a nigga like Ren don't give a fuck to say…
俺みたいな男はお構いなしに言うのさ
[Hook]
Fuck tha police!(Repeat 4x)
警察クソくらえ!
[Skit 2: Cop, Eazy-E, and Dr. Dre]
(Knocking sounds)
(警官)ドアのノック音
Yeah, man, what you need?
(Easy)おい、何の用だ?
Police, open out!
(警官)警察だ、ドアを開けろ!
Aww, shit
(Eazy)クソ!
We have a warrant for Eazy-E's arrest
(警官)お前に逮捕状だ
Get down and put your hands right where I can see 'em!
(Move, motherfucker, move now!)
(警官)ひざまずいて両手を上げろ!(早く動けよクソ野郎!)
What the fuck did I do, man? What did I do?
(Eazy)俺が何した?何をしたって言うんだ?
Just shut the fuck up And get your motherfucking ass on the floor!
(You heard the man, shut the fuck up!)
(警官)いいから黙って床にひざまずけ!(聞こえただろ、黙ってろ!)
But I didn't do shit
(Eazy)だから俺は何もしてないって
Man, just shut the fuck up!
(警官)いいからお前は黙ってろ!
Eazy-E, won't you step up to the stand
(ドレー)Eazy-E、証言台に上がって
And tell the jury how you feel about this bullshit?
(ドレー)警察の悪行をどう思うかを陪審員に話してくれ!
[Verse 3: Eazy-E & MC Ren]
I'm tired of the motherfuckin' jackin'
俺はもうウンザリなんだよ、ヤツらの誘拐まがいの逮捕劇には
Sweating my gang, while I'm chillin' in the shack, and
俺への尋問、家でくつろいでいるだけなのに
Shining the light in my face, and for what?
まあ確かに金はたくさん持っているが、罪状はなんだ?
Maybe it's because I kick so much butt
俺の力が巨大だからか?
I kick ass, or maybe ‘cause I blast
それとも俺が大勢のケツを蹴り飛ばしているからか?俺が銃をぶっ放しているからか?
On a stupid ass nigga when I'm playing with the trigger
俺は引き金引いて遊んでいるからな
Of an Uzi or an AK
UZIやAK47を持って
‘Cause the police always got somethin' stupid to say
警察はいつも馬鹿げたことを話しているから
They put out my picture with silence
ヤツらは無言で俺の写真を取り出す
‘Cause my identity by itself causes violence
俺の存在が暴力沙汰を起こすからな
The E with the criminal behavior
犯罪者並みの態度のEazy-E
Yeah, I'm a gangsta, but still I got flavor
そう、俺はギャングスタ、味のあるラップもできる
Without a gun and a badge, what do you got?
銃や警察のバッジを奪ったら、お前らは何ができる?
A sucker in a uniform waiting to get shot
制服姿の馬鹿どもは撃たれるのを待っている
By me, or another nigga
殺るのは俺か他のやつ
And with a gat, it don't matter if he's smaller or bigger
銃を持っていれば、体格の大や小なんか関係ない
(Size don't mean shit, he's from the old school, fool!)
(MCレン)サイズなんて関係ねえ、昔の時代からそうさ
And as you all know, E's here to rule
みんな分かっているように、俺がこの場を牛耳る
Whenever I'm rollin', keep lookin' in the mirror
車を乗り回しているときは、常にバックミラーで警官をチェック
And ears on cue, yo, so I can hear a
耳も澄ましているぜ
Dumb motherfucker with a gun
銃を持っても何も言えないヤツらの声もきこえるんだ
And if I'm rollin' off the 8, he'll be the one
Old English 800を飲んでいる奴も気をつけな
That I take out, and then get away
俺は警察を殺って、ズラかるぜ
While I'm driving off laughing, this is what I'll say
車で走り去りながら、俺は笑って言うよ
[Hook]
Fuck tha police!(Repeat 4x)
ファックザポリス!
[Skit 3: Dr. Dre, Cop]
The verdict: The jury has found you guilty of being a redneck
(ドレー)判決:警察に対する判決は有罪、クソ白人め!
White bread, chickenshit motherfucker
(ドレー)白パン、鳥の糞みたいなクソ野郎!
Wait, that's a lie! That's a goddamn lie!
(警官)待ってくれ!そんなのは嘘だ!全くの嘘だ!
Get him out of here!
(ドレー)ヤツらを退廷させろ!
I want justice!
(警官)私に正義を!
Get him the fuck out my face!
(ドレー)そいつを追い出せ!
I want justice!
(警官)私に正義を!
Out, right now!
(ドレー)今すぐ出て行け!
Fuck you, you black motherfuckers!
(警官)くたばれ!黒いクソ野郎どもが!
[Hook]
Fuck tha police!(Repeat 4x)
警察クソくらえ!

「Fuck Tha Police」はその名の通り、警察に対する怒りを語っている。その過激な歌詞から、NWAのコンサートが中止になったり、FBIから警告文書が届いたほどである。N.W.A.対警察の裁判形式になっていて、N.W.A.のメンバーであるドクター・ドレが警察に判決を下すという設定になっている。裁判長であるドクター・ドレは、コミュニティで実際に起きている警察の悪行に対して有罪判決を下すのだが、最後に警察が本性をあらわにするオチになっている。メンバーの証言はギャングスタラップ特有の過激さが目立ち、表現の仕方については決して適当であるとは言えないが、的確に、かつ力強くコミュニティの声を代弁したことは確かである。

筆者が特に注目したいのは[Verse1]のBlack police showing out for the white copの部分である。第二章でも論じたように、黒人コミュニティへの責任を放棄した、白人の顔色ばかり伺う黒人の様子が語られている。また[Verse2]のWishing Ren was a nigga that they never sawの部分では、ギャングスタラップを歌うMCレン本人が実際は銃を見たくないということを歌っている。要するに黒人コミュニティは好きで銃をもっているのではなく、持たざる得ない状況だからこそ銃をもっているのだ、と筆者は解釈する。と言うのも、1980年代から1990年代にかけてアフリカ系アメリカ人の若者の生活の質は著しく低下していた。前述した貧困や高い失業率が、違法薬物や銃の売買への若者の関与・関心を高めたのではないか、と考えたからである。

そして[Verse3]のAnd ears on cue, yo, so I can hear a Dumb motherfucker with a gunの部分では、NWAが黒人コミュニティの声なき者の声を代弁していることを表している。もちろんであるが、たとえ銃を持っていても社会のシステムには決して攻撃できない。銃を持ったギャングは人は殺せても、社会に対しては実際はなんの力も持たないのだ。NWAそんな声なき者達と同じ立場にいて、唯一社会に対して黒人コミュニティの声を轟かせることができるグループだったのだ。

4-3.『Fight the power』(Public Enemy 1990年)

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(TVリポーター)「リンカーン大統領が奴隷解放宣言を発布して奴隷たちに自由を与えて以来ちょうど100年。公民権運動の集会に参加するため、20万人の人たちが首都・ワシントンに集結しました。列車でやって来た人、バスで来た人、飛行機で来た人もいます。北部、南部、そして東からも西からも集まりました。公民権法の成立という目標のもとに一丸となって団結し、不当な人種差別を撤廃させようと連邦議会に訴えています。11時30分ごろには、予想をはるかにしのぐ20万人を越える人々が集まりました。熱気は増していくばかりです。どうやらデモ参加者たちはお互いに励まし合っているようです。参加者たちは人種差別撤廃という願いのもと、たいへん強く団結しているように私には見えました。昨日のワシントンの逮捕者数は平均を下回ったそうです。警察発表によると、大混雑でビールも買えない状態だったそうで、こんなことは30年ぶりだとのこと。しかし公民権運動の参加者は士気を高めているのはお酒ではありません。別の方法で士気を高めています。それは歌です。20万人のニグロ達は大合唱をして、同じ曲をくりかえし歌うのです。今年、1963年、こちらワシントンD.C.では、アメリカの民主主義は力強く鳴り響いております」(引用)
(チャックD)「オイ みんな、よく聞いてくれ。オレ達のやり方はちょっと違う。あの1963年の行進は時代遅れだ。ああいうのはもう誰もやらない。要するにだな、オレたち若い世代のアメリカ黒人の戦術は・・・セミナー、記者会見、直接の抗議デモだ。そうだよな? 必要な権利を勝ち取っていくぞ。成功させるぞ。わかったかい? あのナンセンスなカビの生えた戦術はもうやらねえんだ」(引用)
1989 is the number, another summer(Get down!)
さあ1989年だ、また夏がやってきた(踊ろうぜ!)
Sound of the Funky Drummer
「Funky Drummer」のビートにのって
Music is hitting your heart cause I know You Got Soul
この曲が心に響いたら、君にもソウルがあるって証だぜ
(Brothers and Sisters!)Listen if you're missing, y'all
大事なことを言うから俺の話を聞いてくれ!
Swinging while I'm singing
これはただの歌じゃない、抗議行動なんだ!
Giving what you're getting Knowing what I know
為になることを教えよう、俺の知っている限りで話すから
While the Black band is sweating And the rhythm rhymes rolling
黒人のバンドが汗水垂らしてリズムとライムでノッて行くさ
Got to give us what we want Got to give us what we need
本当に欲しいものを勝ち取らなきゃ、本当に必要なものを勝ち取らなきゃ
Our freedom of speech is freedom or death
俺にとって言論の自由は生きるか死ぬかの問題だ
We got to fight the powers that be
権力を握っている連中と闘わなければならない
Let me hear you say "Fight the power!" "Fight the power!"
さあみんなで叫ぼう「権力と闘おう!」「権力と闘おう!」
"We've got to fight the powers that be!"
「権力を握るものと闘わなければならない!」
As the rhythm designed to bounce;
リズムトラックはいいノリを出しているが
What counts is that the rhymes
大事なのはリリックの方だ
Designed to fill your mind
みんなの心に浸透するように書いたんだ
Now that you've realized the pride's arrived
もうみんな分かっているはずだ
We got to pump the stuff to make us tough
黒人が誇りを持つ時代の到来だぜ
From the heart It's a start, a work of art
自分自身で強い心を作っていこう、まだ始まったばかりだ
To revolutionize, make a change, nothing's strange
革命を実行する為に、物事を変えて行くぜ
People, people, we are all the same
みなさん、みなさん、人類はみんな同じなんだ
No, we're not the same
いやいや、まだ同じじゃないだろ
Cause we don't know the game
だって同じ土俵にも上がっていないんだから
What we need is awareness; We can't get careless.
俺たちに必要なのは「目覚めること」だ、無関心はダメなんだ
You say, "What is this?"
あなたは「どう言うこと?」と言うかもしれないが
My beloved, let's get down to business
親愛なる同胞たちよ、そろそろ事に取り掛かろうではないか
Mental self-defensive fitness Yo! Bum Rush The Show!
自己防衛の精神訓練だ!「さあみんな!一気に突っ込むぞ!」
You gotta go for what you know
自分の知識が頼りだぞ!
To make everybody see, in order to fight the powers that be
みんなに目覚めさせて、闘わなきゃ
Let me hear you say "Fight the power!" "Fight the power!"
さあみんなで叫ぼう「権力と闘おう!」「権力と闘おう!」
"We've got to fight the powers that be!"
「権力を握るものと闘わなければならない!」
Elvis was a hero to most
エルヴィスプレスリーはみんなにとってヒーローかもしれないが
But he never meant shit to me, you see
俺にとっては糞ほどの意味もないよ
Straight up racist that sucker was simple and plain (Motherfuckin' him and John Wayne!)
ヤツは完全な差別主義者だったのさ(サイテーな野郎、そしてジョンウェインもな!)
Cause I'm Black and I'm proud
なぜなら俺はブラック&プラウド
I'm ready and hyped plus I'm amped
いつでも準備OKだぜ、マイクも持ってる
Most of my heroes don't appear on no stamps
切手に描かれている人物が俺の尊敬する人だった試しがない
Sample a look back, you look and find Nothing but rednecks for 400 years if you check
調べてみな、アメリカ400年の歴史で切手になっているのは白人ばかり
"Don't Worry Be Happy" was a number one jam;
「心配ないさ、気楽にいこう」なんて言う歌がチャート1位になっていたけれど、
Damn, if I say it you can slap me right here(Let's get this party started right!)
俺がそんな曲を歌ったらなら、ひっぱたいてくれ(パーティーを始めよう)
Right on, come on
さあこれから騒ぐぞ
What we got to say, "Power to the people!"
合言葉は?「すべての人民に権力を!」
No delay To make everybody see
それも今すぐに みんなを目覚めさせて知らせよう
In order to fight the powers that be "Fight the power!" "Fight the power!"
俺たちは権力を握るものたちと闘わなければならないのだ 「権力と闘おう!」「権力と闘おう!」
"We've got to fight the powers that be!"
「権力を握るものと闘わなければならない!」
Don't Believe The Hype!
「メディアを信じるな!」
Don't Believe The Hype!
「メディアを信じるな!」

1989年に発表された「Fight the power」は、そのあからさまに反権威的なメッセージとハードなサウンドで黒人コミュニティを導いた。MVの最初は1963年のワシントン大行列時のTVリポートが流れる。PEはマルコムXやブラック・パンサー党、ワッツ暴動後のジャジージャクソン牧師などの影響を受けているので、歌詞の中に多々演説を引用した箇所が見られる。その後のチャックDの発言からいかにこのグループが急進的だったかがうかがえる。

頭の1989年とはこの曲とビデオが作られ、映画「Do The Right Thing」が公開された年のことである。まず注目したいのがWhile the Black band is sweating And the rhythm rhymes rollingの部分でPEが自分達のことをBlack bandと呼んでいることである。これはつまり、例えばジェイムズブラウン&JBズ、クール&ザ・ギャング、Pファンクと言った具合に連綿と続く黒人音楽の歴史の1ページに自分達を置いているのではないだろうか、と筆者は考える。今となっては何の違和感もないが、1989年の当時はまだPEがそこまで売れていなかったので、当時この発言をしたことは、PEが黒人コミュニティの新たな指導者になる宣言だったのではないかと考える。リーダーとしてコミュニティの声を代弁しようとしたのだ。

次に[Verse1]のOur freedom of speech is freedom or deathに注目する。PEや黒人コミュニティにとって直接的に生死の原因に関わるのは差別、自由、再分配などである。ましてや当時はクラックが社会現象化し、レーガン政権下での絶望の時代であった。しかし、PEは言論の自由こそが生と死を分ける、言論の自由がないことは死に値すると言っているだ。当たり前のように言論の自由を行使している筆者にとっては理解し難かったが、当然権力や財力を持たない当時の彼らにとって「言葉」は唯一と言ってもいい抵抗手段であった。つまり、「言葉」が権力によって制限されてしまうことは彼らが何も抵抗できなくなること(=死と同じ)を意味する、ということである。PEは唯一の抵抗手段である「言葉(ラップ)」を通じて権力に立ち向かったのである。そしておなじみの[Hook]のフレーズ「Fight the power!(権力と闘おう!)」は、その言論の自由(言うべきことを言える権利)を確保するために権力と戦わなければならないということ歌っている。

次に[Verse2]のPeople, people, we are all the same No, we're not the same Cause we don't know the gameの部分に注目する。白人によって構成されている権力構造と闘おうという歌詞から、改めてこの曲が黒人から黒人に向けられた曲であるということがわかる。「黒人はまだ土俵にも立っていない、黒人は白人と同じ機会を与えられていない」というメッセージが読み取れる。またAwarenessという言葉は重要である。Awarenessは直訳すると「意識、気づくこと」という意味だが、ここでは「白人と比べて劣っている人間ではないという気づき」であると筆者は考える。つまり、被支配相給である黒人は約400年間権力によって貶められ、騙されてきたという、「アメリカ社会の欺瞞からの目覚め」である。だからこそチャックDは黒人コミュニティに諦めたり、満足したりいていてはいけないのだと強く訴えるのである。


おわりに

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ラップ・ミュージックはその黎明期から黒人コミュニティの声を代弁し、彼らの置かれた状況や彼らの思いをありのままに伝えた。人種差別的な白人や抑圧的な警官、黒人ゲットーを見捨てた政府。そして責任を放棄した一世代前の黒人。黒人コミュニティはこれらのようなアメリカ社会のシステム、欺瞞に対して「怒り」を抱いていた。なぜなら、アメリカ社会は黒人コミュニティを見捨て、希望を奪い、絶望のどん底へ落とし込み、仲間である黒人同士を争わせたからである。

そんな絶望の中から生まれたヒップホップは黒人コミュニティの悲惨な状況、またそれらに対する「怒り」を容赦無く、大声で語った。そして、社会の隅に追いやられた発言する場を持たなかった声なき者の声、言いたいけれど権力の前では言えない声を代弁したのである。

1965年にはマルコムX、1968年にはキング牧師が暗殺され、黒人指導者がいなくなった公民運動後の黒人コミュニティは新たな指導者を模索していた。そんな時、黒人の尊厳・自覚をコミュニティに呼びかけ、機会の平等を権力に向かって叫び、黒人コミュニティの声を代弁したのはラッパーだけであった。ラッパーこそが新たなコミュニティのリーダーとなり、アメリカを再統合したのである。

具体的にラップ・ミュージックは、ゲットーの描写や警官に対する怒り、権力に対する行動喚起を伝えた。本論文で取り上げたラップ・ミュージックは比較的政治色が濃いものが多く、一見するとネガティブな歌詞が多いが、もちろん自身の成功話(ボースティング)やドラッグ、女遊び、家族への愛を歌ったラップ・ミュージックも忘れるわけにはいかない。しかし、どのラップ・ミュージックも共通して言えるのは、それらは全て黒人コミュニティのありのままの姿を、気の利いた言い回しで語ったものである、ということである。

2014年8月9日、ミズーリ州のファーガソンで18歳の少年マイケル・ブラウンが、警官であるダレン・ウィルソンの発砲した銃弾に倒れた。射殺されたのは黒人で、警官は白人だった。ファーガソンでは、この事件への抗議デモが暴動に発展し、そのニュースはアメリカ中を駆けめぐった。直前にはニューヨークでアフリカ系アメリカ人であるエリック・ガーナーが犠牲となり、2012年にはトレイヴォン・マーティンの事件があった。アメリカの歴史をさかのぼれば、同様の事件が負の連鎖のように連なっている。

こうした中で黒人コミュニティによるプロイストは「ブラック・ライブズ・マター(BLM)」というムーブメントとなった。「黒人の命も大切である」という意味である。そして、皮肉なことに現代のラップ・ミュージックの作品に、この負の連鎖の影が現れ始める。例えば、代表的な例がBLMのアンセムと言われているケンドリック・ラマーの「Alright」である。この曲はポリスハラスメントの抗議運動の際のシュプレヒコールとしても使われ、黒人に対して「黒人の可能性を信じること、愛すること」の大切さを歌っている。さらに、黒人歌手のディアンジェロがトレイヴォン・マーティンへの追悼の意を込めてフードをかぶった衣装でライブパフォーマンスをすれば、ロバート・グラスパーのカバーアルバム収録曲「I’m Dying of Thirst」では、グラスパー自身とその子供が読み上げる、犠牲者たちの名前が強烈な印象を残した。

法の下での平等は達成された現在でも、人種差別は完全になくなったわけではない。今まで述べてきた黒人コミュニティの「怒り」は、いまもなお存在するのだ。そのような状況下で、事件に寄り添いその原因を批判するメッセージを最も端的に発信できるのは、ラップ・ミュージックだけではないだろうか。

【参考文献】

著書
・ジェフ・チャン『ヒップホップ・ジェネレーション[新装版]』(押野素子訳 リットーミュージック 2016年)
・大和田俊之『アメリカ音楽史』(講談社 2011年)
・大和田俊之 磯部涼 吉田雅史 『ラップは何を映しているのか』(毎日新聞出版 2017年)
・長谷川町蔵 大和田俊之 『文化系のためのヒップホップ入門』(アルテスパブリッシング 2011年)
・越智道雅 『ニューヨークからアメリカを知るための76章』(明石書店 2012年)
・山下壮起 『ヒップホップの宗教的機能』(研究発表 2011年)
・マシュー・ガスタイガー『NAS イルマティック』(スモール出版 2017年)

インターネットサイト
https://genius.com/Grandmaster-flash-and-the-furious-five-the-message-lyrics
http://osakamonaurail.com/nakata/2015/10/fight-the-power-public-enemy-1989.html
https://lyrics.red-goose.com/fuck-the-police-n-w-a/

映画
・スパイク・リー『ドゥ・ザ・ライト・シング』(40エーカー・アンド・ア・ミュール・フィルムワークス[米]1989年)
・ジョン・シングルトン『ボーイズン・ザ・フッド』(コロンビア映画[米]1991年)
・チャーリー・エーハーン『ワイルド・スタイル』(大映インターナショナルフィルム[米]1982年)
・エイヴァ・デュヴァーネイ『グローリー/明日への行進』(パテ[米]他4社 2014年)
・スパイク・リー『マルコムX』(ラルゴ・エンタテインメント[米]1992年)
・リズ・ガルバス『ニーナ・シモン/魂の歌』(RLJ エンターテインメント[米]2015年)
・ミシェル・ゴンドリー『Block Party』(エイベックスエンタテイメント 2006年)
・F・ゲイリー・グレイ『ストレイト・アウタ・コンプトン』(レジェンダリー・ピクチャーズ[米]他4社 2015年)
・ジョージ・ティルマン・ジュニア『ノートリアスB.I.G.』(フォックス・サーチライト・ピクチャーズ[米]2009年)
・クレイグ・ブリュワー『ハッスル&フロウ』(パラマウント・クラシックス[米]2005年)
・ジム・シェリダン『ゲット・リッチ・オア・ダイ・トライン』(パラマウント映画[米]2005年)

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