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第二十四話「デジャヴ」2024年6月26日水曜日 曇り

 梅雨時らしいじっとりとじめついた空気の中、船長とN美さん、私は中央区のオフィス街にいた。
 あるカフェが船長のクッキーとのコラボイベントを行う。その挨拶と下見に来ていた。私は図々しくもそれに同行させてもらったのだ。
 コラボのカフェは船長とN美さんの旧知の方が店長を務めるお店だ。超精密なラテアートを描く男性だ。こういう機会でもないとお話もできない立場の方なので、同行させてもらったわけだ。
 区画の角地に立つ二階建てのカフェは、木造を意識した和風テイストの内装だった。私たちは挨拶とオーダーを済ませ、二階に上がった。ほどなくして、ラテが提供される。森の動物が可愛らしく描かれたラテ。船長は早速、告知用の写真を撮り始める。
 私はエスプレッソオレンジ(エスプレッソのオレンジジュース割)を飲みながらキューバサンドを頬張った。オレンジの甘味と酸味、エスプレッソの苦味かお互いを挽き立て合う。夏らしいアイスドリンクだ。ローストポークの香ばしさとバケットの相性が抜群だ。止まらない。行儀悪く口に押し込んでいく。
 N美さんはコールドブリューアイスコーヒーとバナナブレッドを食べていた。バナナブレッドは店長さんのお手製だ。ずっしりと重く、バナナの風味がふんだんに盛り込まれていた。
 撮影と私の食事が終わったころからお互いの近況を交換した。船長と会うのも久しぶりだ。
 私はワークショップの集客が進んでいること、別件でシェアリングコーヒーショップでの出店予定であること、そしてそのシェアリングコーヒーショップで船長のクッキーを提供したいことを告げた。
 船長は、「すごい行動力ですね!」と褒めてくれた。
 失業者は時間だけはある。あるがそれを悩み考える時間に充てると澱んでしまう。気持ちが腐っていく。行動力と褒められるのは嬉しいが、実情は必死なのだ。前向きの行動ではあるが。私はそう言った。
 船長は「巻き込んでしまって…」と言った。私たちのカフェの閉店のことだ。私はもう気にしていない。打ち上げの時にN美さんも言っていたが、いい経験をさせてもらったのだ。感謝しかない。私はそう言った。
 船長の近況も聞いた。順調に売り上げは伸びているそうだ。クッキーもそうだが、ホールケーキのオーダーも入っている。口コミが口コミを呼び、新規客も増加。OEMの話もあるが、利益とクオリティをしっかり見つめて飛びつくことはしないようにしているとのこと。
「大勝ちはしない。負けない試合をする。そういう時期ですね」
 彼女はどうみても10代の女の子にしか見えないのだが、非常に冷静に彼我を観察するところがある。
「その結果、ガーデニングする時間も作れるようになったんです。自分の調子がいい証拠です!」
 この辺の発言は年相応だ。安心する。
 私たちは窓辺の外向きカウンターに横並びで座っていた。
 この景色、私は夢で見ていた。雲に遮られた柔らかな日光。飲み差しのグラス、空になった皿。船長の声。この風景を見た記憶がある。
 私がそう言うと船長は、
「それはきっといい方向に行ってる証拠ですよ」
 船長はたまにスピリチュアルなことも言う。
「そうなんですか?」
「そうですよ。この道は間違っていないという知らせなんですよ」
 予知夢なのかデジャヴなのかわからないがスピリチュアルな感覚より、私には船長の言葉の方が心強かった。

 船長は好条件でクッキーを仕入れさせてくれることに快諾してくれた。
 そして、帰宅したころ、シェアリングコーヒーショップから出店日が確定した旨の連絡があった。
 この道は間違っていない。
 そんな道にしたい。

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