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第九話「打ち上げ」2024年5月10日金曜日夜 晴れ

 夜はカフェ営業終了の打ち上げだった。
 私が外れることにより存続するはずであったのだが、総合的な判断で一度閉業することとなったのだ。4人の見通しの甘さ、努力不足であった。
 打ち上げは、船長とN美さんと私の3人で行った。郊外にある、ご夫婦二人が営む小体な居酒屋であった。船長の行きつけの店で、東北出身のご夫婦による、東北の珍しい食材を丁寧な仕事で提供している。
「お疲れ様でしたー!」
 大きな損失になる前のカフェ部門のみの閉業であり、製造、小売はもちろん継続している。むしろそちらは順調に成長しているくらいだ。
 乾杯の音頭をとる船長の表情も声も明るかった。
 船長はまず私のことを気遣ってくれた。私の境遇がもっとも大きく変わったからだ。
 幸い会社都合での退職なので失業手当はすぐに支給される。その手続きも順調に進んでいる。アルバイトの目処もついているので、路頭に迷うことはない。私は、午前中に起業についての基本的な部分の相談をしたことを伝え、いろいろと勉強できる時間を作っていただいたことに感謝していると言った。
 二回り近くも年下の船長は、私の言葉を真剣に受け取め頷いてくれた。
 N美さんは、この半年のカフェ営業で自分たちのコンセプトは間違っていなかったこと、需要があることを肌で感じられたことは成功だったと言った。
 船長はそれを受け取り、小売は委託販売になるがお店を変えて続行する算段がついている、またカフェのお客様はSNSで繋ぎ止められる、スポット的にはなるがイベントなどでお客様たちと再会できる、と言った。
 カフェを閉じることで製造と小売に集中できる側面もある。この閉業はある意味大きな前進であるとも言った。
 反省すべきところはある。そしてその対処方法、予防措置も知ることができた。同じ失敗を繰り返すことはない。私たちはもっと強くなった。
 彼女はそう続けた。
 私よりも二回りも年下。身長は私と頭ひとつ分以上小柄、体重は半分くらいだろう。
 それなのに、船長はとてつもなく強く大きく、そして輝いて見えることがある。
 残りの人生を彼女に預けたくなる。
 船長の渾名に相応しい。

 居酒屋を出て、駅まで3人で歩いた。船長は下りホーム、私とN美さんは上りホームだった。
 対面するホームで、ぴょんぴょんと跳ねながら両手を振っている船長は、どう見ても10代の女の子にしか見えない。
 そのギャップの大きさに、私とN美さんは顔を見合わせて笑った。
 そんな女性に、私たちは人生を預けている。






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