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第二十八話「自分を疑う」2024年7月6日土曜日 曇りのち雨

 朝から暑い。予報では気温は35℃を超えるそうだ。連日の猛暑。こういう日だけは失業者で良かったと思う。
 失業者ではあるが、今日は中央区のオフィス街にあるカフェに来ていた。船長のクッキーをコラボ販売してくれるカフェ。先日挨拶と下見を済ませていた。今日がそのコラボイベント当日。私は手伝いのボランティアだ。
 一週間の旅行にも耐えられる大きさのスーツケースに、いっぱいのクッキーと焼き菓子、陳列用の什器を入れての移動。私はその荷物運びである。重い。
 カフェに着いて、その店長ーーここでは「先生」とするーーに挨拶を済ますとすぐに作業を開始した。普段はランチボックスなどを陳列している冷蔵ショーケースにクッキーを並べる。今日は土曜日。土曜日のオフィス街にランチの需要はないが、オフィス街でも住民はいる。その常連客へ向けてのイベントであり、新規客掘り起こしのためのコラボレーションというわけだ。
 開店時刻になった。カフェ業務はもちろん先生、クッキー販売はN美さんが担当する。荷物運びという任務を終えた私は、とりあえず何もすることはない。ないが閉店時間までぼんやりとしているのも悪いので、カフェの洗い物やクッキーのショッパーの用意などを手伝う。
 そして私には、もう一つの任務があった。任務というより自分に課したミッション。
 私はバリスタの資格を持っているが、誰かのもとで修行したことはない。あくまでも会社の用意してくれた研修でのものだ。それが間違っていたとは思わないし、その教えは守っている。不安なのはそれ以降成長していないのでないかということだ。書籍やネット上の情報は吸収してきたつもりだ。初めてエスプレッソマシンを触った頃、初めてハンドドリップを抽出した頃に比べて、はるかに成長しているという自負はある。ワインバルチェーンではコーヒー部門の責任者だった。私の淹れるコーヒーやエスプレッソは決して不味くはなかった。船長のカフェでの私のハンドドリップコーヒーをたくさんのお褒めのお言葉をいただいた。
 しかし、常に不安が付き纏った。
 正しいのか?
 本当にうまいのか?
 もっとうまくなるのではないか?
 先生のカフェでそのヒントでも掴もうと思っていた。先生はラテアート国際大会に出場するレベルだ。学ぶべきことは多いはずだ。
 開店から途切れることなくお客様が来店する。先生と船長がInstagramなどで事前告知していた甲斐もあり、クッキーの売れ行きも上々だ。
 エスプレッソ系のオーダーが入るたびに、私は先生の動きを見つめる。
 先生の動きと自分の動きを重ねるように観察する。

 驚くべきことに、先生と私の動きは全く違っていた。

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