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笑わない神様

ここは、お笑いの神様が祀られている。ここの神様は、1度も笑ったことがない。だから、笑わせた者の願いを叶える。そんな噂が街に広がっていた。
「なあ、笑福神社の神様って1回も笑ったことないらしいで」
「エセ関西弁やめなよ」
「俺らなら笑わせられるって思ったんだよね。願い叶えてくれるらしいよ?しかも笑福って運命感じちゃうじゃん!」
「福原ってそういうの信じる系なんだ」
「ええ?笑山は信じない系?」
「信じてないよ。っていうか、お笑いの神様のくせに笑ったことないんだ」
「お笑いの神様だからこそお笑いに厳しいんでしょ! 俺らなら笑わせられるって。俺ら天才じゃん?」
「凡人の間違いでしょ。M-1だって1回戦で落ちてるんだから」
「あれは審査員がだめなんだよ。神様なら俺らの面白さわかるって」
「そんなこと言ってるから1回戦で落ちるんだよ」
2人は、高校の同級生。漫才をしているが、なかなか芽が出ない。
「まじで頼むって。1回だけでいいから。近くの肉屋でコロッケ奢るから」
「行こうか」
笑山は、食べ物に弱かった。

「俺毎日来てんだよ」
「なんで?」
「毎日1発芸してから登校してる」
「めちゃくちゃアホだな」
「努力家と言え」
「ちなみに今日の1発芸は?」
「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、十一、冠位十二階でいうところの君は大義」
「神様にしてるんだから大徳にしときなさいよ」
毎日このクオリティーで見てるこちら側にもなってほしい。
「よし、じゃあ何する?」
「福原がやりたいやつでいいんじゃない?」
「じゃあ、クリスマスのネタにしよう。1分バージョンの方で」
「了解」
2人は、両端にはけてから手を叩きながら中央に出てきた。
「どうも、笑山と福原で笑福です。よろしくお願いしま〜す」
「クリスマスってさ、み〜んな口角緩んじゃってて嫌じゃないですか?」
「妬みはやめなさい」
「妬みじゃないし! まじで思ってるし!」
「じゃあクリスマスに好きな人に告白してうまくいった想像してみてよ」
「……ふっ」
「口角緩んでるよ」
「ちょっと待ってよ。好きな人と付き合えたなら正月でも節分でも敬老の日でも笑っちゃうって」
「じゃあ、きらきらのイルミネーションの下、好きな人と歩いています。マフラーに埋まった彼女の鼻はほんのりと赤く染まり、手が触れてしまいそうな距離で歩いている……口裂け女みたいになっちゃってるよ」
「ああ〜羨ましい! なんで俺には恋人がいないんだ!」
「やっぱ妬みじゃん。今年のクリスマスも俺とネタ会議だろうな……何笑ってんだよ」
「笑山とのクリスマスは恋人とサンタクロースに匹敵するな〜と思って」
「気持ち悪いよ」
「俺のこと好きなくせに〜。クリスマスもイヴも一緒にネタ考えようなっ」
「あ、ごめん。俺イヴは予定あるわ」
「え?お前、まさか……笑ってんじゃねえよ!」
「お先に失礼しま〜す」
「置いてくな〜!」
「どうも、ありがとうございました」
2人は、深くお辞儀をした後、私をじっと見つめた。
「来年は、M-1優勝!」
福原が叫ぶ。
「1回戦突破でお願いします」
笑山が頭を下げる。
「よし! 神様絶対笑ってたわ。聞こえたもんな」
「どうだろうね」
「明日の1発芸は笑山も来る?」
「ええ〜、遠回りだよ」
「いいじゃんいいじゃん、学校ちゃんと間に合うからさあ」
「じゃあとっておきのやつ用意しといて」
「当たり前だろ? 俺は毎日とっておきだよ」
2025年、笑福は1回戦敗退だった。毎日一発芸をしに来ていた2人は、だんだん漫才をするようになった。ちっとも面白くなかったネタが、どんどん磨かれていく。高校を卒業してから大学に行った笑山と高卒でアルバイトに勤しむ福原。それでも2人は毎日やってきた。笑山が大学を卒業した日も、福原がバイトリーダーになった日もやってきた。笑山が12個目のバイトを辞めた日も、福原が正社員に誘われて断った日も、やってきた。


「優勝は、笑福!!」
銀色の紙吹雪が舞う。ボロボロ泣く福原と、そんな福原を抱きしめる笑山。私は、そんな愛おしい2人に笑いかけた。

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