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ジェニー・オデル『何もしない』

昨年の暮れに、本屋でみかけて、タイトルが良い、と思った買った本。『何もしない』って良いと思う。何もしないのはとっても好きである。

さいきん「無」とか「無為」とか「〜しない」が個人的にけっこう気になるテーマになっている。たぶん、去年アガンベンを読んでいた影響だと思う。

「〜しない」は、「〜する」の否定形なのだけど、僕のイメージする「無・〜ない」は、実際に何かをする前段階。「未だ〜ない」という可能性に開かれた状態を維持するような、「〜し続ける」の逆、「〜しない続ける」(そんな言葉はないけど)みたいなイメージだ。

本書の原題は「how to do nothing」、直訳すれば「何もしない方法」とか「どのようにして、無をするか」ということになる。副題には「resisting the attention economy」とある。

というわけで、本書における「無」、「何もしない」ことは、注意経済への抵抗として位置付けられる。より積極的な「〜しない」あり方の、ハウツー。

「何もしなさ」は、第一には「これを、このように欲望しましょう」という注意経済型の広告のメッセージ、誘惑、または「欲望しなさい」という命令を無視することだ。ボイコットのような。

著者は、そこから一気にアナーキーな方向にいくのではなく、それと同時に社会に踏み留まろうとする。良いと思えない価値観にはノーを唱える。けれど、人は社会に所属して生きているのだし、社会的責任へ応えることは必要だ。というバランス感覚。

すると、積極的な「〜しない」という態度は、頑固に「何もしてやらないぞ」と反抗するだけではなく、注意経済的・資本主義的にパッケージされた価値の外側に、新たな価値観のもとで「何かをする」ことへ向かう。「何もしない」ことは、注意を管理された状況に空隙をつくりだす。

気をつけたいのは、そうした「新たな」という段階は、実際に「何もしない」的な態度を生きてみないとわからない、ということ。

「何もしないことで、こんなふうに有意義なことがあります」、「何もしないことは、むしろ効率がよいのです」と語った途端、そこには注意経済的な広告のメッセージと同じ語法が再登場する。

本書はどちらかといえば散文的な、エッセイ調の文体で書かれている。著者の声明はクリアだけど、論理や章立てはそこまでスッキリと整理されてはいない。現状分析と経験談は混じり合っている。

この本がこういうスタイルで書かれなくてはならなかったのは、それをキレイに、たとえばプレゼン資料みたいにまとめると、「何もしない」ことのダイナミズムが一般化・短絡化され失われてしまうからではないか。と思う。

「何もしない」ことに、意義や効能があるとして、それは読者のひとりひとりが自らの身体で気づき、発見しないと仕方がない。著者はだから、著者自身の体験(たとえば鳥を観察して気づいたこと)を、一般論としてではなく、個人的な体験として語っているんじゃないだろうか。

僕個人としては、ゆるく、特に目論見も希望もなく、ただ「何もしない」時間を過ごしてみてもいいんじゃないかと思う。というか、著者もそう書いているような気がするけど。

この人の文章にはとってもエネルギッシュな印象があって、「何もしないぞ!」みたいなパワーを感じたんだけど、パワフルじゃない仕方もあるんじゃないか、と。

もちろん、著者の言う通り、反-注意経済という意識を強く持たないと、嫌っているつもりで、気づかないうちに自分の行動がすっかりその枠組みに取り込まれているかもしれない。それはその通りなのだけど、一方で「反-〜イズム」みたいな態度が硬直化してしまう、というのもありそうなことだと思う。それでは個人の注意は、なんらかのイズムに支配されたままにとどまる。

「何かのために・何もしない」のではなく、「何の意図もなく・何もしない」という態度。脱-目的的に〜しない、こと。

本書には繰り返し、メルヴィルの描いた「何もしない」代書人バートルビーが登場する。僕は思うのだけど、彼もまた、そうした意図以前の、無意識な身体の反応のような仕方で「I would prefer not to (〜せずにすめばよいのですが)」とふるまっていたんじゃないだろうか。それは自然に口から出た言葉であって、企てられた台詞ではないんじゃないか。

と、書いてみて思ったのだけど、著者はそのバートルビー的なモードを戦略的に取り入れようとしていて、僕はバートルビーに感じられる非-戦略的な態度に関心があるのかもしれない。

感想を書くと、いろいろと気づくことがある。こういう脱線的な気づきも、前もって「こういう感想を書こう」と意図していたら起こりにくいように思うんだけど、どうでしょうか。こういう見方は、やはり甘いのだろうか。

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