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【ちょっとオトナの歌謡ノベルズ】あんたのバラード





あんたにあげた。
両手にすっぽり包みこめてしまうほどの小さな胸や、おかっぱに切った黒髪に隠れて普段は見せることのない耳たぶや、ちょこっとだけ反り返った桜色のくちびる。目が悪いからなのか欲情に煽られているからなのか判断し難い危うい焦点や、舌で散々弄んだ後に辿る耳の裏側から首筋、鎖骨へかけてのラインや、指でなぞられると思わず身を固くしてしまうお腹の真ん中にある小さな窪み。最初は優しく、ゆっくり、時々熱く、愛でるように。
まるで急いだら手の中からするりと消えて行ってしまうのが怖くて。握る細い指をぐっと押し付け合ってそこに居ることを確かめたくて。
のしかかってはらりと落ちる前髪が触っても、小さな喉の奥を見せながら火照り始める白い肌。まるで紅い薔薇の蕾が手の中で音をたてて開いていくように崩れていく両膝。つるっと弾力のあるふくらはぎを下から上へ繰り返し撫でると、小さな虫に刺された跡が残るくるぶしを、冷やす様に冷たい舌で転がして。それまでも口にすっぽり入ってしまうほど高く上げる爪先にきゅっと力が入る。その力が入ったときの脚の曲線に、今まで会わなかった時間への焦がれていた想いが一気に溢れ出て、音を立てる程に夢中になって追いかけたり。細い脚先の紅い爪が揺れる。その紅い先っぽを口に含む。声を上げて膝頭をぴちっと合わせる。いたずらに前歯で甘噛みしながら次々に舌を這わすと、耐えきれなくなったかのように頭を左右に振りながら腰を上擦らせる。ぴったり閉じた膝へ押し分け入りながら、白い太腿の間に咲いた脚先と同じくらい紅い薔薇の花に誘われて、扉に手をかけてしまう後戻りのできない楽園。

そんなあんたと過ごしためくるめくような愛の日々を、今さら返せとは言わないわ。だって、あたいもあの頃は脇目も振らずに一直線。他にもいたよ、声かけてくれる男が。だけどね、ダメなんだよねぇ。あの甘いシロップをかけられたような味を覚えさせられっちゃった後にはさ。いつでもあんたは酔いどれで、家まで辿りつけりゃぁまだいい方で。それでも足りなくて、ウイスキーもっと出せって。安い酒場で働いてたときに覚えたやり方で、グラスに入れたあと瓶の角にマジックで線入れちゃうのがどうもクセで。何が悲しいんだか、あんなに呑んでさ、あたいはじっと帰りを待つだけの泣き虫女。わざと泣かしてるのかと思ったけど。寂しいんだか、悲しいんだか、挙げ句の果てには可笑しいやらで、そんなあたいを見て、あんたさ、ふふっとシラケた笑いよこすんだよね。泣いてばかりじゃ嫌われそうで、たまには綺麗にしておこうかと、ちょっとのつもりが厚化粧ひとつやっちまった。もともと目元ははっきりで、日本人離れしてるなんてよく言われたけれど、あんだけ泣き腫らした目を必死に隠そうと、色々塗りたくっているうちに、あんた好みじゃなくなっちまっていたんだっけ。
あぁ、戻ってきた。今日は大丈夫。呑んでない。バイクのエンジン音聞こえてるからって。スピード落とすとね、わかるの。どんな顔して入ってくるのか。あんたの歌うあの歌を、歌ってるのとおんなじだよね。気持ち良さそうなんだよね。
あたいだってそう。気持ちよくなると歌っちゃう。だから今夜はあたいがさ、うーんと気持ち良くなって歌ってあげるよ。

今日はバランタイン、30年もの、スケロックでいっちゃおっか。くー、それだけで興奮しそう。ちょっとおセンチなしみったれた話になっちゃったからね。だって初めての男だもん、仕方ないでしょ。ションベン臭い小娘だった頃のお話。
ちょうどその頃片岡義男のバイク物にかぶれてて。あれ、ライダーのバイブルだったでしょ。『彼のオートバイ、彼女の島』。映画もあってね、知世ちゃんのお姉さんがキレイでさ。群馬の法師温泉で、しっぽりどころか惜しげもなく素っ裸。びっくりよ。お相手はまだあの時結構硬派だった白いTシャツの似合う。彼、オヤジライダーが泣いて懐かしがるカワサキの650RS、W3ダブサン乗ってんのよ。往年のトライアンフなんかの英国車っぽいカンジで。それであんなお姉さん後ろに乗せて「もー、サイコー!」とか言われちゃうと嬉しいんだろうね、男って。まあ、いつでもどこでも、男と女ってさ、一体感でしょ。求めてるのは。何かを一緒にして楽しいのは勿論なんだけどさ、実際抱かれて気持ちが満たされると、ひとつになったような気になって安心するのよ、女は。

あの小さいアパートで、あんたの腕に抱かれたら、なーんてぽうっとしながら帰ってくるまでじいっと待ってると、着くなりシャワーも浴びないで壁にどんっ。動けないように押さえつけといて肩から首筋から勢い込んで舐め上げるわけ。猛獣かっ、と思わせる程動けないながらも逃げる様子を楽しみながら、今度はたっぷり濡れた舌でベロベロに耳を攻撃。ギョーザ食べるのかって勢いで上の方からモチモチした耳朶まで一気に頬ばられるの。そんなに濡れた舌で耳の穴の奥の方まで触られちゃったら聞こえなくなるんじゃないかと心配になっちゃうけど、それより先にメロメロに夢心地になっちゃってどうでもよくなっちゃうんだけどね。おまけに押さえつけられてる脇の下から二の腕までおんなじ調子で舐め上げられちゃって、もう足はガクガク、今にもあたいは壊れそう。そうなっちゃったらシャワーもへったくれもなくなって、汗のニオイでさえ、コレが好きー、って。それでもソイツが堪らない程、あんたをスキにさせちまうのよ。体臭なんかあったって全然平気。むしろその方が野生的で興奮するかも。だから香水の名前にもなってるでしょ、「ソヴァージュ」って。
そんなことばっかりの毎日で、あれだけ仕込まれちゃったら、もう他の男に抱かれたってゼンゼンダメなんだろうな、なんて思ってたけどさ、あんたと暮らした2年の日々。あんなに浴びるように呑むようになっちゃあ、辛すぎる毎日。今さら返せとは言わないわ。

いいのいいの、今は優しいヒト見つけたから。あ、もっと入れてよ。スケロックダブルで! バイク乗りじゃないけどね、車好き。結局バイク乗りなんて、一体感を探し求めてる、なんてカッコいいけど要は自分勝手なのかもよー。自分が寂しい時だけ女求めちゃってる?すぐに一人でぷらっとどっか行っちゃうし。男はバイク、女は島ってどーよ。女は男が帰って来るまで待ってりゃいいんか! 確かにクセで外でエンジン音すると、お!って反応はしちゃいますよ。シミついちゃってるみたいに。あ、これはハーレーの音だから違う、とかちょっと軽目だからホンダだとかね。まぁ歌歌ってるのとおんなじよ。このモデルはこの音、って音の高さで聞き分けるんだから。

でもあたいはイヤだね。行きたかったら行っちゃうもん。会いたくなったら、会いに行っちゃう。待ってるなんてもう、御免。ねー、バラード歌ってよ。あたいはバランタインいただきマッスル! いっちゃお、いっちゃお、トリプルロック!




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映画『彼のオートバイ、彼女の島』1986年
片岡義男原作、大林宣彦監督








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