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思いやりに気づけるということ


「グラスがないですね。すぐにお持ちしますね」

旅館でとびきりおいしい朝食を頂いたあと、アイスコーヒーが飲みたくてドリンクコーナーに立ち寄った。ところがアイスコーヒー用のグラスが一つも残っていない。

パートナーと「あれ、もうないね」なんて顔を見合わせていると、すかさずレストランのお兄さんが声をかけてきたのだった。

「どうぞおかけになってお待ちください」と言われ、近くのカフェスペースに腰を下ろす。他愛のない話で盛り上がっているうちに、さっきのお兄さんがグラスを2つ持って戻ってきた。

お待たせしました、という声がしたのでグラスを渡されるかと思いきや、続けて、アイスコーヒーでよろしいですか?氷はお入れしますか?と優しい声が響く。そうして、アイスコーヒーが2つ、ソファでくつろぐ私たちの前にあっという間に用意されたのだった。

感謝を伝えると、お兄さんはごゆっくりどうぞ、と爽やかな笑顔で去っていった。


ホスピタリティ。おもてなし。思いやり。

大学4年間続けたカフェのアルバイトで、ずっと言われ続けてきた言葉を思い出した。


ホスピタリティなんてろくに意味も調べずなんとなく使っていた言葉だけど、調べてみたら結構面白かった。実は「サービス」とは似て非なるものらしいということを知った。

サービスは、相手の求めることを期待通りに行うこと。業務をマニュアル通りきちっと遂行すること。ふむふむ。

一方、ホスピタリティは、相手がなにを求めているか、なにをしたら相手が喜ぶかを考えて行動すること。マニュアルに書いてもないし、必ず行うべき義務でもない。


なるほど。私たちがお兄さんに期待していたことは、グラスを補充してくれることだったけれど、グラスを持ってきただけでなく、おいしいアイスコーヒーを用意してくれたのだから(本当はセルフサービス)、紛れもなく彼のホスピタリティを受けたのだ。


ときどき、すごく良いサービスや気の利いたホスピタリティを受けたお店が酷評だったり、目の前でクレームを浴びているところに遭遇してしまうことがある。

そのたびに、良いお店なのになぜ…と残念に思うのだけど、その理由は2つあると勝手に考えている。


一つは、お店(与える側)が期待通りの「サービス」を提供できなかったとき。

店員さんのミスや理解不足でお客様の期待を裏切ってしまうこと。私自身も苦い経験がある。

場合によっては、業務への無責任さとかテキトーさとかで決められた業務を遂行せず、お客様を怒らせてしまうということもあるかもしれない。これは社員よりはアルバイトに多いのかも。


そしてもう一つは、お客様(受け取る側)が店員さんにホスピタリティを「求めてしまったとき」じゃないかと思う。

ホスピタリティはサービスと違って、あくまでお客様と店員さんが対等な立場であることが前提らしいのだけど、理不尽なお客様の場合は、おかしな上下関係が生まれている気がする。

本当は、店員さん一人ひとりがそれぞれの工夫や思いやりを持って対応してくれたとき、ホスピタリティが発揮される。でも、それを「お客様なんだからそうしてもらって当たり前だろう」と、過剰に求めてしまうのはちょっと危ない。

私も同僚たちも、数年働いていれば一回くらいは経験したが、いわゆる理不尽なお客様が生まれるのはそうした仕組みなのかもしれない。


日本は特に「お客様は神様」という考えが強い人が多いなと思っていて、過剰なサービスを求められたり理不尽に責められたりしても、お店側の立場がとにかく弱いのが問題だ。

もしかしたら、サービスとホスピタリティの違いを混同している人も多いのかも(私もはっきりわかっていなかったけど)。


***


旅に出ると、特に「泊まる場所」は大切な要素のひとつだと私は思っている。

旅の疲れを癒す場所。一番長く滞在する場所において、思いやりや暖かさが感じられるサービスやホスピタリティは旅行という非日常をより一層特別なものにしてくれるし、反対にひどい扱いを少し受けただけで、旅の楽しみも一気に半減するからだ。


今回の旅館も、無数のホスピタリティが散りばめられていた。旅館の人の優しさに触れるたび、なんだか気持ちがよくて、この土地に来てよかった、旅をしてよかった、と思うのだ。


でもそれって、その思いやりに気づけるからこその幸せでもあるかも、とふと思った。

前述した「やってもらって当たり前」のスタンスでいると、小さな思いやりに気づくことすらできないのだろう。ちょっと期待が外れると勝手にがっかりして、不満が溜まったりもする。

じつは私も当たり前のスタンスになってしまうことが結構あるのだけど、今考えたらもったいない。小さな思いやり、小さな幸せを感じる機会を失ってしまっているのだ。



思いやりに気づけるということ。

旅だけでなく日常生活でも大切なことかもしれない。せっかくの素敵なホスピタリティにちゃんと気づける人、幸せを感じられる人、ありがたいと思える人。そんな人でありたい。






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