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ナンパされたけど割り勘して解散

声を掛けられた。ナンパとでも言うのだろうか。

猜疑心のかたまりみたいな人間だから普段はついて行かないのだけれども、
ちょっとした世間話くらいで、
悪くない気がして、ついて行ってしまった。

ナンパといっても前から、ちょっとだけ、お互いに知っていた。
最初はちょっとだけ怖いひとという印象だった。
本当はフランクでひとに壁を作らず面倒見がよいひとらしかった。
共通の友人も多かったから、ちょっとした世間話も、
ちょっとだけ、深い話だった。

ついて行って、もうちょっとだけ深い話をした。
やっぱり悪くない気がした。
フランクでひとに壁を作らない、と共通の知人が言う意味も分かってきた。

とはいえ、悪くないかも、くらいの気持ちだったから、
こちらから連絡することはなかった。
それでもあちらから連絡をもらって、何度か会った。

話の深さがちょっとずつ増していっている、くらいで
何かことが起こるわけではなかった。

ことは起きてはいないが、明確に、ありがたいことに、
口説かれてはいた。

おいでよって言われて、悪い気はしなかった。
君が欲しいなって言われて、悪い気はしなかった。

でも、このひとと一緒にいたいという気持ちが沸き起こることもなく、
このひとはわたしの何を知ってるんだろうという気持ちが拭えず、
弄ばれているんじゃないかと思って、
微笑みでどうにかその場をごまかした。

なんでわたしなの?と聞いたら「勘」と言っていた。
縁とか運命とかは、そんなもんなのかなとも思ったけれども、
ちょっと軽いようにも聞こえてしまった。
ナンパとは、そういうものなのだろうか。

それでも会っていたのは、遊びではないのか知りたかったのと、
君が欲しいと言われるその状況に酔っていたのもあったかもしれない。

何回か会っているうちに、熱量に押し負ける形で、家に行った。
家族に会った。
まだことが起きていない、なにも進んでいないのに、家族に会ったのだ。

会ってしまったら、ああなんかこのひとたちと、
関係性が生まれていくのかなと想像してしまって、
ちょっとだけ、いいかもと思ってしまった。

家を出て、近くのバーに行った。今度は、くだらない話をした。
美味しいお酒を美味しいと、美味しいつまみを美味しいと言った。

数日後、お願いします、と初めてわたしから連絡をした。
ただ、あなたの状況にもよるし、
絶対守ってほしいというほどのこだわりではないけれど、
これだけは気になっていたのでこうだと嬉しい、と
ひとつだけメッセージを添えた。


またそれから数日後、返信がきた。
「ごめんなさい」

続いてつらつらと、想いが書かれていたけれども、
そんなことはどうでもよくなるくらい、
「君が欲しい」その言葉を思い返していた。







========== B面 ==========

声を掛けられた。ナンパとでも言うのだろうか。

声を掛けられた。俗に言うヘッドハンティングというやつだろうか。
とはいえ現職を辞めることと時期だけ先に決まっていて、
そのあとうちに来ないか、という誘いだった。

猜疑心のかたまりみたいな人間だから普段はついて行かないのだけれども、
ちょっとした世間話くらいで、
悪くない気がして、ついて行ってしまった。

普段から軽く「うちで働けば」という冗談半分本音半分な言葉をありがたいことにいただくことが多かった。
お誘いはチャットのやり取りで受けたが、身に余る条件のようにも思うポジションを用意いただいて、話をききにいってしまった。

ナンパといっても前から、ちょっとだけ、お互いに知っていた。
最初はちょっとだけ怖いひとという印象だった。
本当はフランクでひとに壁を作らず面倒見がよいひとらしかった。
共通の友人も多かったから、ちょっとした世間話も、
ちょっとだけ、深い話だった。

ヘッドハンティングといっても前から、仕事でもご一緒したことが無いわけではなかった。共通の知人も多かったが、それでも深く関わったとは言えない間柄ではあった。

ついて行って、もうちょっとだけ深い話をした。
やっぱり悪くない気がした。
フランクでひとに壁を作らない、と共通の知人が言う意味も分かってきた。

これからその組織が目指す方向性を聞いて、自分の目指す方向とも遠くないように思えた。

とはいえ、悪くないかも、くらいの気持ちだったから、
こちらから連絡することはなかった。
それでもあちらから連絡をもらって、何度か会った。

おこがましい話ではあるが、他にもお声がけいただいていたのと、まだ働いている期間ではあったので、忙しく連絡を保留していたのもある。

話の深さがちょっとずつ増していっている、くらいで
何かことが起こるわけではなかった。

履歴書を送付し、何度かオンラインでの面談も重ねた。

ことは起きてはいないが、明確に、ありがたいことに、
口説かれてはいた。

改めて、お願いしたいという役職について説明をいただいた。
組織が目指す方向性として、非常に重要な役割という説明を受け、あなたのこういう経歴がこのポジションに合う、と言っていただいた。

おいでよって言われて、悪い気はしなかった。
君が欲しいなって言われて、悪い気はしなかった。

「採用したい」「一緒に働きたい」と言ってもらえた。
華々しい経歴を持っているわけでもないのにも関わらず、
役職付きの提案をいただいたのはありがたかったし、
特殊な経歴でステップアップ的な転職は難しいだろうと思っていたので
いいチャンスを与えていただいていると感じた。

でも、このひとと一緒にいたいという気持ちが沸き起こることもなく、
このひとはわたしの何を知ってるんだろうという気持ちが拭えず、
弄ばれているんじゃないかと思って、
微笑みでどうにかその場をごまかした。

とはいえ、面談を重ねても、迷いがあった。
他の企業も見てみたい気持ちもあった。
かつ、人となりや得意不得意という点について
ヒアリングを詳しく受けている感覚もなく、これで採用してもらっても、
ミスマッチが起きるのではという不安もあった。

なんでわたしなの?と聞いたら「勘」と言っていた。
縁とか運命とかは、そんなもんなのかなとも思ったけれども、
ちょっと軽いようにも聞こえてしまった。
ナンパとは、そういうものなのだろうか。

採用の制度設計にもほんの少しだけ携わったことのあるわたしにとっては、
リファラル採用(推薦・紹介制)に近い形だったとしても、
「勘」という言葉に、不安は感じていた。
冗談半分で誘ってくる大人たちも「勘」とよく言っている。

それでも会っていたのは、遊びではないのか知りたかったのと、
君が欲しいと言われるその状況に酔っていたのもあったかもしれない。

それでも相手の強い意志さえ感じられれば、
ある程度不安な状況でもやっていけると思うくらいには、
ビジョンは遠からずだと感じていたし、
面談の回数を重ねるうちにわたしの意思もだんだんと固まっていった。

何回か会っているうちに、熱量に押し負ける形で、家に行った。
家族に会った。
まだことが起きていない、なにも進んでいないのに、家族に会ったのだ。

社員のいる場にお呼ばれした。
その社員たちはなぜわたしがいるかも分かっていなかったが、
温かく受け入れてくれた。

会ってしまったら、ああなんかこのひとたちと、
関係性が生まれていくのかなと想像してしまって、
ちょっとだけ、いいかもと思ってしまった。

思ったより年齢層が若く、
思ったより個々のスキルに伸びしろを感じる組織ではあったが、
雰囲気自体は明るく穏やかな、いい組織だと思った。

家を出て、近くのバーに行った。今度は、くだらない話をした。
美味しいお酒を美味しいと、美味しいつまみを美味しいと言った。

こういった時間を人となりを知る時間として設けているのかなと思った。

数日後、お願いします、と初めてわたしから連絡をした。
ただ、あなたの状況にもよるし、
絶対守ってほしいというほどのこだわりではないけれど、
これだけは気になっていたのでこうだと嬉しい、と
ひとつだけメッセージを添えた。

契約条件について確認を申し出た。
元々言われていた条件とはほとんど変わらず、
副業を希望するため週5日を4日に、その分もちろん給与も減らした。
週4日勤務も元々、提示されていた条件のひとつではあった。
厳しい経営状態であるのは知っていたので、
わたしは生活に必要な給与のためには、
他の組織で希望額は引っ張ってくるのがベターという考え方であった。
調整が必要ならもちろんいくらでも応じるという旨も記載していた。

またそれから数日後、返信がきた。
「ごめんなさい」

「申し訳ない。あなたの期待には応えられない。」
「採用見送り」のメッセージ。

びっくりするやん?

続いてつらつらと、想いが書かれていたけれども、
そんなことはどうでもよくなるくらい、
「君が欲しい」その言葉を思い返していた。

「君と働きたい」「どうかな?」言うてたやん?
なんなら昨日、何人か入社してたやん?
お誘い受けたから、面接したし、コロナに怯えながらオフィス行ったやん?
こちとら条件調整するて言ったのに急にお断りなん?
新居契約しそうやったで?

という気持ちにはなったが、この世にはどうやら、
「ナンパされたけど割り勘して解散」というものがあるらしい。

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