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あの世に続く海の話

 前歯から突然、悪臭のひどい便が出た。拭いても拭いても出てきて口をゆすいでも何もしても止まらない。誰にも見られなくてその場から逃げるように去った。


しばらくすると目の前に空と海の境界線のない瑠璃紺の景色が広がっていた。夜なのか少し暗くとても美しかった。すぐにそれがあの世へと続くものだと気づいたけど、導かれるように入水した。

全身を温もりが包んだ。目を閉じていても瑠璃紺の世界が見える。ゆるい波に揺られて、その度に深い海に白い光を差す。ただただ心地よかった。


もういいかなって思った。私は充分頑張ってきた。死にたくなる度に堪えて生きてきた。でも、もう生きなくも、このまま消えてもいいかなって。

気が付くと血まみれになって倒れていた。周りを見渡すと車が一台やっと通れる道で両端には畑がある。そこは小学生の時に毎日歩いていた通学路だった。

あれ?なんで?と思っていると鉄の何かを振り回しておじいさんがこっちへ歩いてくる。私が見えないのか、その鉄が頭を掠める。必死に避けると何食わぬ顔で去っていった。

え?立ち上がろうとすると全身がひどく重い。
すると頭の中でブザーが鳴り「はい、動かない。動かない。あなたは瀕死の状態なんだから、これ以上動いたらダメー」と少し間抜けな男性のアナウンスが流れた。

あ、そっか。私もう少しここで倒れたら死ねるんだ。そっか。自殺する手間が省けた。ラッキーかもしれない。そっか。そっか。死ねるんだ。そっか。

…息子
…息子に会いたい

そう思って必死に上半身を動かした。
「ダメダメ、何やってんの?あなた瀕死でしょ?」男性の驚いた声がする。
「ごめんなさい!私、死にたいけど息子に会いたいから生きる。息子と一緒に生きたい。ごめんなさい!」

叫びながら鉛のように重い身体を起こして両腕に力を入れる。やっと四つん這いの体勢になれた。よく見ると身体中に打撲痕があり服は血でまみれていて所々破けていた。車にでも轢かれたのか。そんなことはどうでもいい。とにかく息子に会いたかった。

 よろめきながら立ち上がるとすぐに走った。不思議なくらい早く走れた。

息子に会いたい
息子に会いたい
息子に会いたい

私は何だかんだ言って生きたいんだな。死にたがってたけど、そっか。そっか。私はまだ生きたいんだ。失笑しながらもっと早く走った。

そっかそっか。

 
家に着くと9歳の頃の息子が笑顔で迎えてくれた。「お母さん、おかえり」
「ただいま」
息子を思いっきり抱きしめた。



っていう夢を見た。前歯からうん子かよってね。夢なのに臭かったな。

ちなみに瑠璃紺ってこの色ね。


書き起こして思ったのが海にいる時の感覚はきっと胎児頃の記憶なんだろうね。水中にいても息苦しくなくて暖かくてすごく安心できた。ゆるい波は母体が揺れてる時の感覚なんだろうな。

あと鉛のように重い上半身を起こしたのはきっと寝返り、四つん這いになったのはハイハイ、立ち上がったのはタッチで赤ちゃんの成長を現してたんだね。夢なのによく出来てんな。

そしてもうすぐ死ねるけど、やっぱり生きる選択をしたのは私の本音なんだと思う。今まで何万回死にたいと思って何回も何回もODしたり首絞めたり首吊ったりしてきたけど、やっぱり生きたいみたい。息子と一緒に生きたいという気持ちが自殺行為を未遂に導いていたのかもしれない。

息子はあと4年で20歳。それまでは何があっても生きよう。なんならその先もずっとね。

私は自分が思ってた以上に息子の事が大好きなんだ。こんなしょうもないお母さんだけど、よろしくね。


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