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インド料理のこと4-2 Ethnic Cuisine: the significant 'other'/Ashis Nandyを読んで

前回に引き続き、Nandyのエッセイを読んでいきましょう。
今回は、エッセイで展開するいくつかの主張をとりあげていきます。

エスニック料理の近況

30年前から近年にかけてのエスニック料理の状況を2つとりあげています。

・この30年ほどの間に、エスニック料理は  世界中のグローバルな都市文化に深く入り込み本格的なビジネスになっている。
・近年はより新しく、より珍しいものを求めるようになり、世界の大都市文化の中で、多種多様なエスニック料理が提供されるようになった。

(Nandy2002)

日本の大都市でも90年代前後に異国の料理を提供するレストランが増加したと言われています。この動向が注目され、学際的なテーマになって食の国際化の議論がされています[1]。
近年の、インド料理店の状況をみると、インド・ネパール料理店[2]が数多くみられる一方で、ケーララやタミルあるいはマンガロール、タンジャーヴールのように、大きな範囲ではなく、州や都市などより小さな地域の範囲を標榜する店がみられます。こうした傾向は、このエッセイでとりあげられたエスニック料理店の世界的な流れと共通しているといえるでしょう。

エスニック料理で人の何がわかるか

エスニック料理を食べる人に視点を向けて考えていきます。一般的かわかりませんが、食の嗜好性をめぐる研究ではエスニック料理(異国趣味の料理)を好む人を文化資本と関係づけた結果がみられます[3]。
他方で、ナンディーは人がエスニック料理をどうとらえるかによって、料理は社会的地位を映す鏡になりうるとして、2つの例を紹介しています。

エスニック料理は、国際的な経験の幅を示す指標になる。

・例えば、エチオピア料理、モロッコ料理、西アジア料理など、あまり知られていない料理を出すレストランで、注文する前にウェイターとおしゃべりし、特定の民族料理を識別する能力は、学習、優雅さ、洗練のしるしとなる。

エスニック料理は、文化の多様性に対する寛容さを示す指標になる。

・俗人(教養のない人)だけが、どんなエスニック料理が出されても不平を言うことになっている。あるエスニック料理が好きかどうかではなく、嫌いかどうかが社会的、政治的な主張となる。

現代のコスモポリタニズム(世界平等主義)からみた場合、文化は料理と同等であり、あるエスニック料理を嫌うことが、料理が帰属する文化を否定することと同じになってしまうと、なかなか激しい指摘をしています。

ここまでの感想

前回のエッセイでNandyは、コスモポリタニズムの視点から食文化をみた場合に、ハイカルチャーやローカルチャーの境界がなくなりつつあることを指摘しています。これは、バウマンとジョンストンらが調査した[4]現代のフーディー(食通)たちの傾向と部分的に合致しています。具体的にはフ―ディーが食をロウブラウあるいはハイブラウ[5]であるかに関わらず、雑食的に選ぶ嗜好性との共通性です[6]。

例えば、タイの屋台がミシュランで取り上げられたり、インドの半屋台のようなビリヤニ屋がグーグルレビューで高評価を得ていることは、上記のフ―ディーの傾向だけではなく、フ―ディー以外の人々に受け入れられている状況を反映しているように思えます。
これまで屋台とレストランの食事は、比較しようのないものと考えられていたように思います。しかし、こうした事例をみると食の捉え方自体が大きく変わりつつあることを示しているのかもしれません。

続く

脚注
[1]田村 真八郎・石毛 直道1994『食の文化フォーラム―国際化時代の食』ドメス出版を参照しました。
[2]あわせて、インド・ネパール料理店がこれまで以上にネパール料理を提供する傾向が強まっているように思われます。例えば、ダルバードなど、これまで知られていなかった料理がネパールの食として日本で認知されつつある気がします。
[3]ピエール・ブルデュー1990『ディスタンクシオン 社会的判断力批判 I・II』石井洋二郎訳、藤原書店;片岡栄美・村井重樹2020「食テイスト空間と社会空間の相同性 」『駒澤社会学研究』55:1-23.を参照しました。これらの研究で行われた調査では、異国趣味の料理、異国風料理とを選択肢としてあげているため、単純にエスニック料理と比較するのは難しいかもしれませんが、興味深い結果だったため取り上げました。
[4]”ハイブラウ”.学識・教養のある人。知識人。また、知識や教養に裏打ちされて高級であるさま。 精選版 日本国語大辞典. コトバンク, 入手先 <https://kotobank.jp/word/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A6-599318> (参照2023-2-23)
[5]人が食をどうとらえるかを、ナンディーはコスモポリタニズムとの関係から、バウマンとジョンストンはフ―ディーが抱く食の真正性から導いていますが、部分的に共通している点が興味深いです。
[6]ジョンストン、ジョゼ・バウマン、シャイヨン2020『フーディー - グルメフードスケープにおける民主主義と卓越化』村井重樹[他](編訳)青弓社

参考文献
Nandy, Ashis. 2002 Ethnic Cuisine: the significant 'other'.India International Centre Quarterly Vol. 29, No. 3/4, India: A National Culture? (WINTER 2002-SPRING 2003), pp. 246-251.India International Centre.


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