見出し画像

「2023年2月 Panama:たった、それだけ」

年を重ねるごとに思い出すことは増えていく。

Panama:たった、それだけ
地図をなぞる小さな指に
大きな指がふわりと重なり
行き先へと導いた
その後ろを犬が歩いていく
たった、それだけ
それだけで充分だった
瑞々しくかろやかな飲み心地

2022年の夏頃から、月に数度、路面電車に乗っている。

日頃、よく乗る電車よりもゆっくりと走る路面電車。
その車窓から見える景色は、時間もゆっくり流れているように感じるから不思議だ。

進行方向を背にした小さな座席に腰を下ろした。
そばには、部活帰りの学生たちが楽しそうに喋りながら立っている。
後ろの座席には、初々しいカップルがこれから行く店の相談をしていた。

もしかしたら、この電車に乗っている人は誰一人、時間を気にして、焦ったりしていないのかもしれない。

そんなことを思いながら、一駅一駅の景色を眺めていた。

小さな男の子とお母さんが降りたのは、いくつ目の駅だったのだろう。

その親子は、電車から降り、ホームにある地図を見ていた。

男の子の指が地図をなぞる。

その小さな指に、お母さんの大きな指が重なり、ここに行くんだよと行き先へと導いた。

そんなことが、心をぎゅっと掴んだ。

子供の小さな指の幼さやお母さんの何気ない仕草がたまらなく愛おしくて、ちょっと泣きそうになった。

それは、きっと、自分のなかにある幼い頃の思い出と重なったからなのだと思う。

ゆっくりと走る路面電車の車窓から見えた何気ない景色。

本当にたったそれだけのことが、わたしの思い出を、まるで、目の前で起こった出来事かのように、瑞々しく感じさせたのだった。

そして、そんなことくらい、この世にはいっぱい溢れているでしょとでも言わんばかりに、犬が飼い主を引っ張りながら、軽やかに歩いていった。

2月の珈琲Panamaの瑞々しく軽い飲み心地は、いろんなカタチの愛が身の回りに溢れていることを思い出させてくれるようだった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?