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【エッセイ】さよなら青春のブンブン丸

 最近はめっきり徒歩で移動することがなく、歩いていくのが適切な距離もなかなか測れなくなってしまった。歩いたほうが早かったね、という現象が多発してしまう。今日は久しぶりに外を少しだけ歩いたのだが、前に部活用のスポーツバッグを下げた男子高校生が2人楽しそうに話しながら歩くのを見て、いつぞやの記憶を思い出した。

 僕の高校は田舎にあって、家が近いやつは数えるほどしかいなかったため、大体が電車で通学していた。田舎×電車といえばおなじみであるが、通学に使える電車が限られてくるのである。朝は7時半から30分おきに到着の三本、夕方は17時台18時台に三本ずつしか選択肢がない。さて、電車の本数が限られて、かつ電車通学ばかりだとどうなるかというと、駅からの道が小学校の集団登校のようになるのだ。

 集団登校状態で通学を強いられるのだが、それもまた楽しかった。電車の時間を合わせて駅までの時間を楽しむカップルや、それを遠くから眺めて楽しそうにする仲良しグループ。ひとりで英単語帳を読むやつもいれば、音楽を聴きながら自分だけの世界に入っちゃっているやつもいる。僕は凡庸に、ちょっと地元が近い友達と一緒に歩くか、部活仲間と歩くか、自分だけの世界に入っちゃっていたのであった。

 同じ学校の学生以外、歩いている人がいないような道なので、少し騒いだくらいでは怒られたりしない。人がたくさんいるようなところで学生グループが騒いでいたら、学校にクレームが入ってもおかしくないが、そもそも周りに人がいないのでクレーマーが発生することはない。そんないつもの下校途中、集団登校の面々に緊張が走った。

ブンブンブウウンブンブンブウウン!

 田舎のヤンキーか目立ちたがりの親父が乗っているであろう黒いハイエースが、エンジンをふかしながら通学路を走り抜けていったのだ。おしゃべりに興じていた仲良しグループも、音楽を聴いていた者も一瞬肩を上げ、ビクッとしていた。僕たちの平和が一瞬、あのハイエースに壊されたのだ。しかしヤツは車。すぐにどこかへ行ってしまったあとで年頃の真面目な女子に「ああいうのセンスないよね」と陰口をたたかれていた。

 そしてそのときから、週に一回くらいヤツは集団登校の邪魔をしに通りかかるようになった。たくさんいる高校生がびっくりする様子や、道の端に逃げる様子を見るのが癖になってしまったのだろう。僕はヤツに「ブンブン丸」というあだ名をつけ、仲間内で呼ぶようになった。ブンブン丸という名前は中学生の時から愛読していたファミ通のライターの名前から拝借したのを覚えている。

 友達と歩いていて、遠くからブンブン丸の足音が聞こえ始めれば、「ブンブン丸か?」とワクワクニヤニヤしながら待っていたし、予想どおり通りがかってくれたときには「ブンブン丸キター!」と盛り上がった。

 高校生の旬は短い。6月の文化祭が終われば、部活も遊びもできなくなった。あっという間に時が過ぎ高校三年生の1月になって、僕は受験が少しだけ早く終わった。特にやることもないうえ、周りの友達は入試間近。終業後すぐに17時台の電車で帰る友達に話しかけるのもなんか違う気がしたし、遅くまで残って入試対策をしている友達を邪魔するわけにもいかなかった。なんなら少し気まずくすらなっていたので、一人で帰ることが多くなった。前を歩く知らない後輩の男子グループ数人が楽しそうに歩いているのを見て、少しエモーショナルな気持ちになっていたとき、聞き慣れたヤツの足音が聞こえた。

ブンブンブウウンブンブンブウウン!

 あれからずっと週に一回程度、ブンブン丸はやってきていた。だが、僕らが盛り上がっていたときのあの高揚感はどこにもない。ひとりで耳をつんざくようなエンジン音を聞いても、ただうるさいだけだった。「さよならブンブン丸」というフレーズが頭をよぎったその時、前を歩く顔も知らない誰かが言った。

 「おっ!ブンブン丸じゃん」

 ブンブン丸は、青春の証なのかもしれない。

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