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▪️chapter.2
・・・
気がつけば3年という月日が経っていた。
知り合った頃のあの人はギリギリ20代で、私はギリギリ20代前半だった。こんなにも一年経つのって早いんだね、と1ヶ月振りの背中に問うた。
コーヒー豆を挽きながら、確かにね、と言ったあの人の気持ちというのは、私には怖くて聞けないままだった。
マップを見なくても覚えたこの家と、緊張することなく玄関の扉を開けられるようになって、おかえりと言われるこの空気感を、私はまだ手放したくなかった。私はこうしてまた一年を過ごしてしまうんだろうか。
はい、こっちも。と言って渡されたミルを、当たり前のようにごく自然に受け取って、何も言われないままコーヒー豆を挽く。
よく言えば、居心地が良い。
悪く言えば、ぬるま湯だ。
会いたい時に会えて、一緒にご飯を食べて。私の部屋着があって、一緒の布団で眠る。居心地の良い関係は、前に進めてしまえば壊れてしまうような気がするから、いつまで経っても決心ができない。
この関係性に名前を付けるとしたら、おそらくセックスフレンドだろう。身体だけの関係を表す言葉だ。私たちの関係は側から見ればそんなものだった。
これはきっと私のエゴなんだろうけれど、私たちの関係はそんな安い言葉で表せるものではないと思いたい。そんなチープな関係だとは決して思いたくない。
とはいえ、何事もタイミングなんだと思う。その時を逃してしまえば、そう何度もチャンスは巡ってこない。二度と来ない場合だってある。これは厄介なことに、タイミングを逃したかどうかというのは、後になってからでないと分からない。気付いた時には、大抵すでに手遅れなのだ。私も、多分そう。
「はいこれ。誕生日おめでとう」
え、マジで?と驚いた顔で紙袋を受け取るあなたの顔は30代には見えない。いくつになるんだっけ?と、本当は知ってるのに聞いてしまう私は、ある意味オンナらしいと思う。あえてプレゼント包装をしてもらわなかったのは、重たいと思われたくなかったからで、ちゃんと自分の立ち位置を弁えていると示したかったからだ。
こうやって緻密に計算している私のことなんて、あなたはきっと何も分かってないんだろうけど。
紙袋から中身を取り出す様子を、スマホをいじるフリをしながら少しだけ盗み見た。ただひたすらになんて事ない風を装うため。本当はずっとその姿を見ていたい。
コーヒー豆と、同じショップのマグカップを取り出して、「渋」と言ったあなたの顔をもう一度チラリと盗み見る。そんなに感情を露わにしないあなたは、嬉しいと少しだけ口元を緩めて笑う。あなたの言う「渋」という言葉は割と喜んでいる時に使う言葉というのも知っているから、思わず綻んでしまう口元をギュッと結んだ。
「このロゴ、初めて見た。かわいい」
コーヒーショップのロゴは、期間限定でブラウンとブラックのカラーリングになっていて、ほんのりくすんだホワイトのマグカップによく似合う。その色味は、あなたの台所の壁のタイルにピッタリだと思った。
本当はコーヒー豆だけにするつもりだったけれど、せっかくならと一緒に購入してしまったのだ。形として残るものは重いかもと思って避けていたけれど、この際形として残るものを渡してもいいのでは?なんて思ってしまった私がいた。
「洗ったほうがいいかな?」
ん?と顔を上げると、せっかくだからこれで飲むわと言って少しはにかんだあなたは、なんて狡いんだろう。
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