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▪️chapter.3


・・・


何かが変わるかと思った。

きっと私の母が知ったら、怒るというよりショックを受けてしまうんじゃないだろうかと考えると、なかなか決断するまでに堂々巡りを繰り返した。けれど、これは自分へのケジメでもあり、決意でもあった。

私の人生は私のもの。
主役になるのも脇役になるのも自分次第。 

そう言われてハッとしたあの時。
自分は自分で脇役に徹していたけれど、私を主役にしたストーリーがあってもといいかもしれないと思えたその瞬間。

「じゃあ行きますね〜」


前髪だけは金髪で、ウェーブのかかった黒髪をポニーテールにしたお姉さんがゴム手袋に手を突っ込んだ。見ためのインパクトとは対照的に、ほのぼのとした声に安心する。

「脇腹は肋骨が近いので、結構痛いかもです。加減するのであんまり痛かったら言ってくださいね〜まあ、やめられないんですけど」


なんて笑顔で怖いことを言うお姉さんは好きだ。忖度がなくていっそ清々しい。チリッとした痛みを感じた瞬間、針で皮膚を削る感覚に眉を顰める。

「頑張れそうですか?」

ある程度の痛みを掴めば、案外慣れるものだった。これが塗り潰しとか、ぼかしとか、背中になるともっと痛いのかもしれない。まあ、そんなタトゥーを彫るつもりは全くないんだけど。


痛みに意識が向かないように別のことを考える。お母さんごめん。まさか私がタトゥーを入れるとは思って無かったけど、どうしても自分を奮い立たせる何かが形として欲しかった。


「レタリングだし細いんで、すぐ終わりますよ〜」


これを入れたら社会的に何か良くないことがあるんだろうかとか、温泉入れないのかなあとか、もしかしたら明日の自分は何か心境の変化があるかもしれないとかそんなくだらないことに思考を巡らせているうちに、視界がぼやけ始める。頭の中で何かを思い描こうとして上手く考えが纏まらない。


「はーい終わりましたよ〜」


気付いたら寝落ちていたらしい。脇腹に初めてタトゥー彫られる人が寝るなんて初めてです〜と間延びした話し方をするお姉さんが笑う。

金髪の切り揃えられた前髪の下の二重の目がくしゃり半月のようになる。私みたいな会社員と違って、人の肌に一生残る作品を生み出す彼女たちタトゥーアーティストたちは、私には眩し過ぎた。大多数の人ができないことを当たり前にこなしてしまう彼らに私は到底届かない。純粋に羨ましいと思ってしまう。


脇腹のレタリングタトゥーは、瞬時に読めないように出来るだけ崩した字体でお願いしますと言った私の要望通り、細くて繊細なのに崩れた筆記体が浮かび上がっていた。私のイメージにピッタリのそれは、お姉さんの力量とセンスを感じる。タトゥーを目にした人は、どういう意味?と聞くんだろう。そんなもの野暮だ。絶対に言ってやるもんか。このタトゥーに込められた想いや願い、決意は私だけが知っていればいい。墓まで持っていくと決めた。

「あたしなんかは、練習もあるから自分に増えるタトゥーに意味なんかなくなってきたけど、大体の人はファーストタトゥーにはそれなりの意味を込めて彫る人が多いよねえ。もちろんお洒落のために彫る人もいますけど。でも、あたしのファーストタトゥーも割と意味込めちゃってたよ。絶対この道で生きていくって決めたから、あえて人目につくところに彫ったの。こんな腕に入れたら普通の仕事二度とできないよね」

お姉さんの白い右腕には、まるで巻き付くようなリアルな蛇のタトゥーが彫ってある。


「今日も力を授けて導いてくださいって思いながら、この蛇と一緒にタトゥー彫ってるよ」


愛おしそうに蛇の上を、黒いネイルが施された指先が這う。

「目に入るから自己暗示になってるところはあるよね。あたし、自己暗示って大事だと思います〜。あたしは馬鹿だから頭の中で思い込むとか無理なので、形として目から入るようにした方が思い出すんですよ」

何故かその瞬間の口調は、今までのお姉さんには思えないぐらいの芯が通った声だった。蛇から目線を上げれば、さっきと同じヘラリとした笑顔で笑うお姉さんがいた。 


「ありがとうございました」

またいつでも彫りに来てくださいね、と言われてまたお願いしますと言えるほどタトゥーに対してまだ私は耐性がない。けれど、白を基調としたインテリアの中に、グリーンのあるスタジオは、私が思っていたタトゥースタジオのイメージとは大きくかけ離れていた。下手すれば美容皮膚科のようなそんな雰囲気だった。

私より年下らしき女の子が何人もベッドの上で施術されていて、初めはびっくりした。案外タトゥーが入ってる人は多いかもしれないし、今時当たり前なのかも。


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