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小学校受験は100%教育虐待だby経験者~私立小学校は何がクソか


 小学校受験は100%教育虐待だby経験者~受験編の続きである。前編の内容は前提としないが読んでほしい。改めて自己紹介すると

成蹊小→成蹊中→慶應義塾高等学校→2浪→京都大学理学部→東京大学理学系研究科

こういう人間である。名指しで成蹊の名前が出てくるが成蹊批判をしたいわけではない。全ての私立小学校をなべてディスっている。

通学時間

 近所の小学校ならばいい。私は家から通学に片道1時間30分かかる小学校に通っていた。通学時間は時間の無駄だし疲れる。片道1時間30分というのは1日のうち1/8を通学時間に費やすことである。1年に175日学校に通うとすると3時間/日×175日/年×6年=131日分である。子供の1日の価値は大きい。

 みんな遠方から通っているということはもう一つ重要な意味を持つ。学校以外で友達同士の交流の場がないのだ。ごくたまに友達の家に電車で遊びに行くことはあったが、頻度は公立小学校のそれに比べるとはるかに小さい。小学生というのは近所の公園で集まって一緒に携帯ゲーム機をいじりながら社会的立ち振る舞いを覚えてゆくものである。

 僕は羨ましかった。

治安がいいのはデメリットである

 私立小学校に通わせる親は口を揃えていう。「治安のいい学校に通わせたかった」と。確かに治安はいい。おそらくいじめの発生頻度もだいぶ少ないだろう(0ではない)。しかし、これは同時にデメリットでもある。

 私の小学校ではコロコロコミックが流行らなかった。この話をするとみんな驚くが本当だ。同世代の子供が何をしているかもわからない世間知らずのおぼっちゃまお嬢様たちなのだ。それは情操教育としてダメだろう。

 「私立に通わなければあなたグレてて今ごろ東大に通ってないかもしれないよ」と親や祖母から言われる。東大に通う必要性はない。それよりも、グレても子供が幸せになるのが大事ではないか。

教育の質はいいか

 小学校の教育の質なんぞどこも変わらない。私立小学校出身者は口を揃えて言う。「別に私立だろうと公立だろうと最終的に卒業したら出来上がる人間はの質は変わらないね」と。マジで変わらん。
 
 そもそも小学校の最終到達地点は分数の割り算みたいな猿でもできることである。そんなものに差は出ない。

 勉強以外の人付き合いとかの教育がいいんだって?そんなわけはない。ただの世間知らず育成所だ。

余談:中学校は学校によって教育の質が結構違うんだが、成蹊は私みたいな尖った人間にとってはハズレであった。大して先取り教育なんてしてくれなかった。親が低学歴だとその辺わからず入学させるからダメだね。

子供の進路を狭める

 私の母の思惑として、成蹊小学校に入学させることで場合によっては大学まで受験競争にさらされずに生きていけるようにしようというものがあったらしい。受験したければすればいいし、したくなければしなくていいと。

 しかし、結局これは呪いになった。せっかく私立に入学したんだから外部に出るのはもったいないとか、99%が内部進学するのに自分だけ受験するのはキツい、だとかそういう感じになった。

 私は少しだけ中学受験を考えていたことがあるが、親から却下された。それはあまり恨んでいないがそういう事実はあった。

 なにより辛かったのが、高校受験の決断だ。私は成蹊にいるにしては勉強ができすぎた。駿台模試で全国2桁順位レベルだった。成蹊の人間関係で失敗し尽くしたということもあるし、成蹊中学の教育なんて大したことなかったし、高校受験することにした。しかし、その決断は99%内部進学する中学で1%になるということだ。受験情報もなかった。

 私のような尖った人間を育ててくれるだけの懐の広さはせいぜい開成や筑駒くらいにしかなかったんだろう。その子にとっていい環境なんて6歳時点で気づけるわけもない。

 私は成蹊中学の同窓会に呼ばれない。そもそも中学の同窓会ってないんじゃないだろうか。みんな成蹊高校に進学するのが当然だからである。

学費がかかる

 別に、いくらお金はかかってもいいって?よくないよ。それは子供に罪悪感を植え付ける。お金があるなら、高校・大学あたりで使ってほしい。急にプログラミングの勉強がしたいと言われたときに50万円のパソコンを買ってあげてほしい。いろいろ使いようはある。おれが親なら100万円くらい渡して投資の勉強をさせる。

シンプルにダサい

 おぼっちゃま・お嬢様ってダサい。自分の制服姿を見て、私はださいなあといつも思っていた。親がお金を持っていることをアピールするアドバルーンの役割を強制的に担わされるわけだ。自己肯定感は下がった。

合わなかった場合親子関係は終わる

 18歳くらいからもう親の顔を見たくなくなった。20歳に家を追い出され、ちょうど京大に入学して上洛してから実に5年ほど実家に帰らなかった。母親がストーカーみたいに学園祭に来たので母親には2回くらい会ったが、父親には京大在学中一度たりとも会わなかった、会いたくなかった。

 最近は、仕方がないのでうまく人間関係のやりくりをしているので会うこともあるが、それでも親子間には大きな壁がある。理解なき愛を押し付けてきた親に対して私はどうすればよいのだろう。いつか許せる日が来るのだろうか。

 私立小学校に入学することを最終決定したのは私であるということになっている。確かにどの小学校に入学するか聞かれた覚えがある。しかし、6歳の子供に判断できるわけがない。そのときの判断根拠は「4つ上の兄がいたので小学校は割り算などの難しいことをやる場所だと思っていたが、オープンキャンパスのときに1年生が足し算をやっていてこれならついていけそうだと思った」からである。そもそも、公立小学校に行きたいと私が答えたとして公立小学校に行かせてもらえたんだろうか。

終わりに

 逆に私立小学校のメリットがあったら教えてほしい。一人でも多くの子供達が小学校受験なんていう無駄な営みから解放されることを祈っている。叶うなら、私はどの学校に行きたいかと質問されたあのときまで時間を戻したい。

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