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five realities 〜執着〜 (5)

それからも人知れず
逢瀬を繰り返した

廓が寝静まる僅かな時間
政の全てを欲し
狂おしいほどの欲望に身を任せた

満たされた心と身体が心地よい眠りに誘う

辺りが白み始め
鳥のさえずりが朝を告げる

いつも身体には布団が掛けられ
夢だったのではないかと思うほど
部屋には
政がいた痕跡が残っていない

そして満たされた身体にも
政の印は残っていなかった

ある日そのことをたずねた
いくら聞いても答えない政が歯痒くて

 私では満たされないのね

惨めな涙がこぼれ落ちた

その様子を見て
ゆっくり重い口を開いた

 貴方が大切だから
 一緒に過ごせるだけでいいのです
 自分の欲望が貴方の身体を傷つける
そんな結果をもたらすことは出来ない

リンを見つめる瞳には
薄っすらと涙がにじんでいた
愛している
初めて告げられた気持ちに
涙が溢れ出した
女として産まれたこと
真実の愛を知ったこと
幸せとは何かと気づいたこと

それが嬉しかった

愛と同時に
どうにもならない切なさも知り
妖艶な女へと変わっていった

噂を聞きつけたくさんの客が大金を積んで
連日宴が繰り広げられ

今では遊郭一の花魁の名声を手に入れた

花魁になれば客を選び袖にも出来るが
何度も通い大枚をはたいてでも
ものにしたいと思う客が増えれば
否応なしに身を捧げる宵も増えていく

そんな日々を送るなか
女将さんから部屋に呼ばれた

 休んでいる時に悪いね

 お話というのは

 実は上総の旦那様から
お前の見受け話を
もらったんだよ

女将の言葉が理解出来ず
口ごもった

 旦那様がね
 そろそろ娘夫婦に商いを任せて
 隠居すると決めたらしいの
 そこであんたに一緒について来てほしいと
 お話を頂いたんだよ
 
 どちらにですか

 そこまでは聞いちゃいないけど
 生まれ故郷じゃないかね

 今夜旦那様のお座敷が入っているから
 話を聞いてみちゃどうだい
 今のあんたを見受けするなんて
うちも大変だけど
あの方に見受けしてもらうのが
ここを盛り立ててくれた
あんたにとっての幸せだと思うからさ

涙を浮かべながら
語るお母さんの気持ちが嬉しかった

旦那様の宴がいつものように始まった

隣で手を握り繰り広げられる華やかな時を
共に分かち合おうと
優しい眼差しが向けられる

女将の幸せという言葉が
何度も頭をよぎった

床に入り
どう話を繰り出そうかと考えていた

 女将から話は聞いたかな
ゆっくりとこちらを向く 

 はい

 わたしが育った故郷は漁業が盛んでね
 海と山の幸に恵まれた村だった
 陽が昇り沈むまで
畑や海で飯の調達をしていた
 一年中日に焼けた子供だったんだよ
旦那様の瞳は昔の自分を思い出しながら
キラキラと輝いていた 
 父が漁で死んで奉公にだされた
 必死で働いた

女が売られてくるのと
男が売られてくるのでは
扱いも努力もはるかに違う

遊郭にいる今だからわかる

 奉公先の先代に認められ 
 娘婿として店を守ってきた
 妻が死んでからは娘と暮らしてきたが
 婿が当時の自分と同じなんだよ 
 あいつなら娘も店も任せられる

嬉しそうに語る旦那様は
思い出へと
目を向けていった

 この歳になって死に場所は
産まれ育った村でと思うようになってな
うろ覚えな父の事や
残された母や兄弟たちが
あの村で人生を全うできたのか
少しでも幸せだと思える日を過ごせたか
気がかりでね

今の旦那様なら故郷の事を知るすべは
いくらでもあっただろう

それをしなかった
それが出来なかった

 故郷に錦を飾る

そう言うと旦那様は笑った

 一緒に来てくれないか
飛ぶ鳥を落とす勢いの月影花魁を錦に
故郷で余生を穏やかに過ごしたい

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