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#1 報道特集「京都医療少年院 障害のある子どもたち」から考える

私のnote初投稿は、祖父母の家に行った時偶然見たテレビの報道特集について紹介、検討していきたいと思う。

報道特集
「京都医療少年院 障害のある子どもたち」2024年4月27日放送

医療少年院とは

発達障害や知的障害のある少年たちが収容される、医療少年院。自分の感情がうまくコントロールできず衝動的に相手を傷つけてしまう少年たち。京都府宇治市にある京都医療少年院。ここは、全国44か所にある少年院のうち心身に著しい障害のある少年が収容されている日本に2つしかない医療少年院。ー中略ー少年たちの非行は窃盗、傷害をはじめ殺人、強制性交などさまざま。一般の少年院と比べると覚醒剤、深夜徘徊や家出などのぐ犯、更に放火や銃刀法違反などを含むその他の割合が多い。また殺人、殺人未遂も多く全体の1割を超えている。

https://datazoo.jp/tv/報道特集/1712599/2

なぜ彼らは非行に走ってしまったのか

取材を受けていた子どもたちの言葉を抜粋して紹介する。
(以下の言葉には複数人の話が混在している)

「なぜ非行をしたのか理由が分からない
 衝動的に行ってしまった
 小さい頃から愛をもらっていないから命の大切
 さが分からない
 居場所がないのが辛い
 納得いかないこと、思い通りにいかないとイラ
 イラする
 今まであまり理解されないことが多かった
 子供の頃から全部否定されて生きてきた」

少年・少女の中には幼い頃から父親から暴言暴力を受けていたり、児童施設に長い間いたり、時には存在でさえも否定されて生きてきた子もいる。また収容されている少年・少女の多くが発達障害や知的障害がある。溜まった不満や怒りがある日突然に弾け、感情がコントロールできずに非行に走ってしまうのだろうか。

居場所がないのが辛いという言葉や今まで理解されてこなかったという言葉からは、発達障害や知的障害を持つがゆえに家族を含めた周囲の人々に馴染めず理解されず、うまく居場所を作れなかった事実を明らかにしているようだった。日々の生活でストレスが溜まり、感情のコントロールがうまくいかないことで突発的に物に当たってしまう。そんな日常に家族もどう対応していいか分からなくなっていたのかもしれない。

少年院では様々な授業が行われている。そのうちの一つが被害者の気持ちを考える授業。粘土や絵描で心を穏やかにして感受性を豊かにしていく。

「自分の気持ちを考えることが苦手で、非行に走った時の自分を今考えてみると、当時の自分は現実逃避していた。父親の上から目線がすごく嫌いで、この授業を受けて自分が変わったと思うところは自分が悪いことをしたと認められるようになったこと。」

この少年は指導員に対して「今後は人に迷惑をかけないように生きていく」と発言した。この言葉に対して指導員はこう語る。「この少年は”人に”迷惑をかけない、とは言うけど”父親に”迷惑をかけないとは言わない。ここにいる子は、人より自分、という気持ちがすごいあるように思う。」

またセラピー犬に自分の気持ちを素直に知らせるという動物介在活動を行う授業もある。人の目をしっかり見て話すために、まずはセラピー犬に対してコミュニケーションをとり、自分のコミュニケーションがしっかり犬に伝わるということで自信をつけさせる。指導員は「ここの子は人に関わることが極端に苦手な子が多く、自分がすごいということに気づかせてあげるのがとても大切」と語る。

同世代に支えられ進む更生の道

出院後の行き先は私の想像とは大きく異なっていた。
実際のところ、半分は親が引き取り、半分は引き取りを拒否しているそうだ。その子供たちはグループホームなどに行くことが多い。元々児童施設にいた子供が一度少年院に送られてしまうと、その施設に再び戻るのは難しい、というのが現実である。

ここで今回の特集で紹介されていたのは、大阪を拠点に障害者支援を行うNINEという会社。この会社は職員として基本、人を選ばずに受け入れている。
この会社に就職した自閉症を持っている少年によると、
「今のまま親元に戻ってもお互いの嫌なところが
 見えるだけ
 自閉症の影響で学校にもほぼ行けていなくて毎
 日ゲーム漬け
 親は自分の世界を理解してくれていると思って
 いた
 ゲームについて指摘された時、親に危害を加え
 た
 分かっていることを言われると自分が本当は分
 かっていないのではないかと思ってしまった」 

ここではやはり先ほどと同じような、親は自分の世界を理解してくれていると思っていた、という言葉が印象的である。私は、この施設に限らず、何らかの障害が原因で周りとコミュニケーションが取りにくい子供は、同じ年代の子供と比べて”自分の世界”というものをより強く持っている傾向があるように感じた。
子供たちは”自分の世界”を周囲の大人たちに理解してほしいと望む。
そしてそれを理解してくれているものだと思っている。

いかに周りにいる人たちがその世界を理解しようと歩み寄れるか、個人の問題だけに帰着させないかが重要だと思った。

障害は個人の問題に還元できる問題ではないことを、私は去年学んだ。
例えば依存症といったような類いのものも、個人の意思の弱さが引き合いに出され全て個人が原因だと思われがちである。
しかし、その人が置かれている環境も大いに関係する。それを棚に上げて個人の自制心、自律心のなさを責め立てることはあまりに無意味ではないだろうか。

NINEでは少年たちとは比較的に年齢の近い職員が多く働いている。
内部の平均年齢は32歳。23歳の支援職員3年目の男性Yは「最初は心を開かなかった少年が、休み時間にキャッチボールなどに誘うとだんだんと心を開いてくれるようになった」と語る。

「Yさんは家族みたいな存在
 自分はNINEという居場所を見つけられた
 周りの人が必死に自分を支えてくれてそれに手 
 を伸ばしてみた
 自分が周りの人を信じられるようになって少し
 ずつ感情が出てくるようになった
 やっとスタートラインに立てた」

保護者は「今までと違う向き合い方をして新しい接し方をしたい」と語る。
この保護者が今まで子供に対してどのような接し方をしてきたのかは分からないが、障害を持っているのは決してその子が悪いのではなく、非行に走ってしまったのも周囲のサポートや理解があれば防げたことかもしれないと心に留めた上で接する必要がある。しかし子供の方も周囲が理解してくれることだけを望むのではなく、伝えられるように言葉を選んだりするなど双方の歩み寄りによって円滑なコミュニケーションが図れるのだということを再認識した。

VTR終了後、番組のコメンテーターはこう述べた。「障害と非行に因果はない。非行に走るのは周囲の環境が原因であることが多い。」
障害を持っているからといって必ずしも非行に走るわけではない。やはり周囲の影響を受けて、感情がセーブしきれなくなった時に突発的に衝動的に非行に走ってしまうのではないか。

社会に馴染めない人を異端者として侮蔑・排除するのではなく、自分ではない他者の視点に立って物事を見て誰一人取り残さない社会を目指していく。夢物語かもしれないが誰も夢や希望を言わなくなった世界はきっと色褪せたものであるに違いない。戦争やXでの言い争いなどは違う環境、違う立場にいるものが双方の歩み寄りを放棄して、ただ互いの意見を押し付けあっているに過ぎない。それでは平和な世界は見込めない。

今回の特集で、少年院の中の様子だけでなく少年院を出た後の支援についても取り上げていたことで、親の引き取りが約半数という状況を知った。
非行に走る環境として、親の方も様々な問題を抱えている場合が多く、出口支援を今後どのようにしていくべきなのか(個人的にはNINEのような会社がさらに増えてほしいが)がさらに議論、検討していくポイントだと思った。
実際に施設に入った少年・少女のメンタルケアだけでなく、具体的にはその子供たちの保護者の支援など、子供たちが置かれていた周囲の環境も整えていくのが大切ではないかと考える。


私自身、発達障害や知的障害を持っているわけではないし、非行に走ったこともない、むしろ逆のガチガチに真面目のレールを引かれたような道を歩んできた。そんな私が、非行に走った少年・少女の話を紹介して自分の意見を述べて、読む人によってはどうせ同情のためだとか、ただ現状を嘆いているだけで机上の空想、何も行動に起こさないではないかと言われるかもしれない。

確かに私がこのように発信をすることは、考えを整理するための自己満足でもあるが、情報の拡散という目的が主である。

今すぐにやって起こせる影響力はそう大きくないだろうけど、情報を知っているということは知識があるということは力になると私は本気で思っている。



少し脱線するが、例えば自分の大切な人が急に倒れたとき、救命の応急処置の知識があれば目の前の大事な人の命を失わずに済むかもしれない。講習などを受けていて、正しい知識があれば命も救うことができる。
命を救うスペシャリストがどんなにすごい知識を持っていたとしても、病院にどんなに優れた機器があったとしても処置に間に合わなければ意味はない。
素人の人間が知識さえあれば、その道のプロであっても「間に合わなければ救えない命」をプロよりも早く正しい方法で処置を始めれば、救える可能性は大いに上がる。知識の深さや広さは敵わなくても、その場に偶然居合わせて救急車を待っているとき、その人の命は知識を持っているあなたにかかっている。
あなたの行動一つがその人の明日を未来を作ることになる。
〈身近な応急処置の必要な例〉
・飲み会での急性アルコール中毒
・温泉・銭湯で急に気を失って倒れる
・お年寄りの転倒
ぜひどのように対応したらいいか調べてみてほしい。


と、こんな感じで今回の投稿はかなり堅めにお話ししました。
話していた言葉などは、実際と一言一句同じというわけではないですが、内容は違えずに書いてあります。
今後は内容によってですます、と、であるを使い分けていこうと思います。

思ったより長くなってしまいましたが、ここまで読んでくださって本当にありがとうございました。世の中は活字アレルギーなんて言葉もありますが、noteみたいに横読みだと携帯小説のように少しは読みやすくなるような気が勝手にしてます笑。
次回も少しでも読んでくださった方のプラスになるような内容を考えて書こうと思うので読んでもらえたら嬉しいです。これからもよろしくお願いします!

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