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盛欲5

 おばあちゃんに笑顔で挨拶して再び歩いた。多分あの笑顔は明日の朝には忘れているだろう。それくらいどこにでもあるような普通の笑顔だった。でもあのようなどこにでもある笑顔にどれだけの人が救われるのだろうか、それは分からない。少なくとも僕はよく救われていたものだ。

 3階に来ると長い廊下がしばらく続いていた。長いとはいえ30メートルくらいの距離だろう。途中、弁護士の個人事務所のような所や、お爺さんお婆さん層向けの整体院が左手にあった。でも僕はこの光景を見て不思議に思った。なぜわざわざこんな廃墟のような閑散としたアパートの中の整体院や法律相談所に足を運ぶのだろうか、そこに行く価値があるのだろうか、またはそれ以上のものを手に入れたくて自ら行っているのだろうか、それは本人達にしか分からないことだ。

 いよいよ扉の前まできた。扉を3回ノックして呼ぼうかと思ったが、初対面しかも赤の他人にそんな野蛮な行為をしては第一印象が崩れると思ったので、流石にインターホンで呼んだ。鳴ってから数秒で慌ただしくここに来るのが分かった。その慌ただしい足の音に一瞬驚いた。中の人が扉を開けてこちらの方を見た。看板にあった通り本当に中国か台湾の美人な女性だった。看板には怪しいお店の雰囲気が漂っていたが、実際に会ってみるとそこまで悪い人でも怪しくも見えない。日本人ではないのは確かだ。僕はその人を一目みて服装が気になった。NIKEのスポーツブラにNIKEのスポーツショートスカートというスポーティな恰好に少々戸惑った。「マッサージ師の服装なのか?絶対違くね?」と。

 女性は「いらっしゃい」と言った。「今日の午後に予約していた井藤大輝です。」と言った。そして台湾人の女性も「ハーい、お待ちしてオリましたヨ〜、アガッテくださーい」と片言の日本語で僕を迎え入れた。色付きのマスクをしていたせいか、少し言葉が聞き取りづらかった。扉の向こうは真っ暗になっており、見渡す限り闇に包まれている空間が広がっており、恐怖という感情をここで初めて覚えた。それと同時に初めての世界に対する期待や早くその世界に飛び込みたい焦燥に駆られていた。ここは本当に僕の知らない世界だった。言ったら失礼だが日陰者の人達の巣窟のような場所に思えた。過剰に抑圧された個性をなりふり構わずぶつける思春期のような人達のことだ。

 入ってすぐに靴を脱いで用意されていたスリッパを履いた。台湾人の女性がソファに座ってと言ったのでそれに従った。台湾人の女性では長いので、台湾女と略そう。そして台湾女はマッサージのコースが上から下までズラーとあるメニューと麦茶を持ってきた。スリッパの時もそうだがやけにおもてなしというかサービスがしっかり充実していて良いと感じた。何より20代後半に見える為か、大人の色気が半端ないくらいオーラが出ていた。

 人生初のマッサージだった。そんないきなりメニューを見せられても内容やその違いも全く分からない。ただ分かるのはオイルがあるか、ないかと台湾女の服装がエロいということしか分からなかった。初めてなりに考えた結果、指圧オイルマッサージという12000円のコースを選んだ。初めての癖に太客ぶりをかます嫌な奴に思われていないかその事が心配だった。コースを選び終えて、12000円を払い終えると台湾女がマッサージをする場所まで案内してくれた。マッサージ部屋のような所が3つ並んでおり、僕は真ん中の部屋に案内された。暗い部屋の真上に明かりが灯されていても暗いままだった。だが、さっきの部屋よりかは少し明るく、僅かながら台湾女の顔をやっと確認できた。マスクをしていたから顔全体は分からないが、大して可愛くなかった。「このちくしょう!」とつい心の声が漏れた。勃起しかけていた息子が萎えてしまった。だが幸い、台湾女には聞こえていなかったらしく「服はゼーーンブ脱いでクダサーーイ」とそのまま話していた。聞こえていないフリをしていない限り、ひとまず安心した次の瞬間、また勃ちかけていた僕の息子がだんだん元気になり始めた。



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