短歌五十音(は)早川志織『早川志織集』
はじめに
早川志織さんの歌集を読み進めて思ったことは、読んでいると植物園にいるような心地がするということだった。
早川さんの歌には植物や生き物が多く詠み込まれている。
第一歌集は特にどの連作にもほぼ植物が出てくる。
そして植物や生き物が詠み込まれた歌は妙に生々しく艶やかな印象がある。
そんな中、日常の何気ない瞬間の歌も非常に魅力的であった。
日常の歌
傘と海月のイメージが重なる。雨という多くの人が嫌う天気の中、傘を差し、自分は海月になったようだと雨を楽しんでいる感じが海月の浮遊感と相まって心地よい歌だと感じた。
「陸橋の下を光は走る」とあるので時間帯は夜なのだろうかと想像した。(でも私は昼の時間帯だと思いたい)
ヘッドライトをつけた車が走っていく上を私は歩いているのだという歌だが、下の句の「ひとりぼっちのからだ」がとても好きだった。
「ひとりぼっち」という言葉から自分はどうしようもなく一人なのだという虚しい感じもしつつ、自分の体は自分だけが動かしてゆけるのだと愉快に陸橋を渡っているようにも思える。
昼の時間帯と思いたいのは、明るい陸橋を歩いてゆくほうが愉快に颯爽に歩いている感じがするからだ。
つぼみのもうすぐ開きそうな感じを巧みに表現した歌だ。
確かにつぼみの中は花の匂いで満ちていそうだが、傘をさしているときにシャンプーの香りがする瞬間を「つぼみの中」と捉えたのは素直にすごいなぁと思った。
ちなみにみなさんはこの傘の中は一人と想像しただろうか、二人と想像しただろうか。
私は二人と想像して読んだ。相合傘をした2人の恋が始まる瞬間として読んでもおもしろいのではと感じた。
次の二首は第二歌集の「クルミの中」から引いてきた。
第二歌集は母となった筆者の日常が多く読まれており、この二首は特に好きだと思った歌だ。
一首目は子と二人、雨の降る日に家の中で雨音を聞いている瞬間を詠んだものだが、家に雨があたる音は確かに乾いた音である。
それをクルミを叩いた時のような音だと捉えたのがおもしろく、あたたかい印象の歌である。
二首目は子どもを保育所に預けて仕事へ行く場面だ。
おそらく子を不安にさせないように笑顔で別れを告げたのだろうか、しかし子と離れ難いと思う気持ちもあり、その気持ちを「嘘つきのようにさみしい」と言っているのだろう。
生き物と一体になる
早川さんの歌は植物や生き物と一体になっているように感じる。
濡れた髪がいくつもの束となり触手のように感じるのだろう。濡れた髪はあまり心地良くはないし、触手もあまり見た目のよいものではない。
しかしその不快に感じそうなものと一体となっているのがこの歌のおもしろさだ。
この歌はササユリのことを詠っているはずなのに非常に艶やかな印象の歌である。
この歌も艶やかな印象がある。浜辺で屈んでいる自分自身を「ウミムシの突起のように濡れながら」とウミムシの一部になったかのように歌っている。
最後に
こうして感想を書いていて気づいたことは植物や生き物が読み込まれた歌が生々しい感覚として伝わってくるのはのは早川さん自身が植物や生き物と一体となり感じたことを読んでいるからだろう。
今回それほど多くは紹介できなかったが、本当に早川さんの歌には植物や生き物が多く登場する。
ぜひみなさんも歌集を手に取り、植物園の中で歌集を読んでいるような不思議な感覚を味わっていただきたい。
プロフィール
早川志織、東京都出身。一九六三年生まれ。
一九八五年「短歌人」へ入会。
一九九三年、第一歌集『種の起源』刊行。
二〇〇四何、第二歌集『クルミの中』刊行。
二〇〇八年、邑書林より『セレクション歌人24早川詩織集』刊行。
次回予告
「短歌五十音」では、初夏みどり、桜庭紀子、ぽっぷこーんじぇる、中森温泉の4人のメンバーが週替りで、五十音順に一人の歌人、一冊の歌集を紹介しています。
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お読みいただきありがとうございました。
本稿が、みなさまと歌人の出会いの場になれば嬉しいです。
次回は桜庭紀子さんが東直子さんの『十階』を紹介します。お楽しみに!
短歌五十音メンバー
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