ふらり旅#5(栃木)
拭っても拭っても、額や首にジワリと汗が滲む。夏の駅のホームは、これからどこかへ出かける人たちの熱気やら、異常なほど高い気温によって蒸されていた。
『大変混雑しております』
北千住から特急に乗ろうと、チケットを買いに券売機へ向かうと手前に赤字で大きく書かれていた。
「そうか、世の中は今日からお盆だったか」
頭の片隅にあったはずなのに忘れてしまっていた事実に、思わず声がでた。
全席指定の列車は、午後まで空きがないというので駅構内で2時間ほど時間を潰すこととなった。コーヒーショップの店内で、大きなアイスコーヒー片手に見渡した店内には、これから帰省する装いの人や、自社の商品を熱く説明するサラリーマンの男性、ブランチを食べにきたおじいちゃんなど、様々な人の思いが渦巻いているようだった。
午後12時半ごろに出発した列車は、東武日光駅に向けて走り出した。ゆっくりと流れていく車窓の景色は、少しずつ緑が増えていく。小高い山や、青い稲が風に吹かれて揺れる様子。栃木に入ってからの車窓は、地元にも似ている気がして落ち着けるものだった。
2時間ほどの列車での旅はあっという間に終わり、私は東武日光駅のホームにたった。コインロッカーに荷物を預けて、今回の旅の目的である「日光東照宮」へ向かうため、バスに乗り込んだ。
ついたバス停から少し歩いて、あっという間に東照宮へたどり着いた。初めて見た東照宮は、なんというか豪華絢爛。あんなに色鮮やかな建造物は、今まであまり目にしなかった。昔は色鮮やかだった建物は時々目にしていたけれど、現在も色彩が表現されているものは少ない様な気がした。
しかし、それよりも私は人の多さに驚いた。どこを見ても人、人、人。最近は人混みにも慣れてきたと思っていたが、それはただの錯覚だったらしい。本殿にたどり着く前には人酔いして、せっかく東照宮まで行ったのに一刻も早くこの場を離れたいという気持ちが半分以上を占めていた。そんな気持ちの中でも、「鳴き龍」の声はしっかりと覚えている。天井に大きく描かれた龍が、鳴くのだと。部屋の中心で係の方が拍子木を打つと、確かに鳴き声が聞こえた。少しでも中心をずれたら、それはただの拍子木の音だったが、真ん中では「きいぃん」と高い声で龍が鳴いている気がした。
夕方に突然降り出したゲリラ豪雨で、思いもかけず足止めをくうことになった。屋根から滝の様に流れ落ちる雨水や、水しぶきで煙る景色。一昔前の時代劇の世界の様だった。
龍が鳴き、雨を呼んで、人々を山に閉じ込めておく。
普段よりも多い来訪者にちょっとした龍のイタズラだったのかも。
私はそんなことを考えて、一人で楽しく生きてます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?