episode6.大学生活のはじまり、ひとつのお別れ。
大学に入学してからの日々は本当に濃く、そして今に至るまではあっという間だった。
2014年の3月に、愛知県から大学のある関東地方へ引っ越してきた。実家を離れ、初めて親元を離れての生活。不安はとても大きかったけれど、すぐに慣れた。それよりも大学で勉強したり制作できることの喜びの方が大きくなっていった。
私はそれまで自分の身に降りかかった命のやりとりを心に留め、人の生き死にについて想いながら制作をするようになっていった。
同時に、インターネットを介して知り合った、生きることの痛みや苦しみを共有してきた友人たちは、その苦しみに耐えかねて自ら死の淵に立つことが何度もあって、そのことを重く受け止めていた私は彼や彼女たちのことをテーマに取り扱うことも多かった。
今それらを振り返ると、私にとって制作行為をすることそのものは生きることに前向きなのに、作り上げて完成した作品たちは、どこか生きることに対して絶望感が拭いきれないものが多かったように思う。
さて、そんな比較的充実した大学生活を送る中、私の人生を揺るがす大きな出来事が起こった。
大学2年生の夏。
私は1ヶ月間の短期留学のため、イギリスに滞在していた。
明け方、携帯電話が何度も点滅を繰り返すので目が覚めて、寝ぼけ眼で画面を確認すると、おびただしい数の通知が入っていた。
大学の同級生たちの連絡網LINEだった。
何かと思って慌てて確認すると、大学の友人が交通事故で急死したという訃報と、その確認の為のやり取りだった。
亡くなった彼女は私より1つ年上で、現役入学生が圧倒的に多いうちの大学の中で成人している数少ない多浪仲間だったので、2人で飲みに行ったり色々な話をする機会が多かった。
彼女は底抜けに明るい性格で、対して人見知りなところがあり、友人が出来るか不安でいっぱいになりながら入学した私をすぐに引き入れてくれた。
彼女の存在が私の大学生活を一筋照らしてくれたと言って過言ではない。
面白い作品をたくさん作っていて、学外の活動も積極的にしていて、性格から作品からファッションまでとにかくパワフルで、生きる力に満ち満ちていたので、彼女の生き様に私はものすごく背中を押されていた。
そんな彼女が死んだ。
嘘だと思った。
悪い夢にしか思えなかった。
LINEの通知が点滅し続ける中、私はベッドの脇に座り込んで、ただ呆然と泣くだけだった。
なんで、と思った。
あんなに未来に向かって希望で溢れていたのに、これからやりたいことを、これからをどう生きたいかを、ついこの前彼女の口からたくさん聞いたはずなのに、
どうして彼女がこの世にもういないなんて信じられるだろう。
どうして彼女がこんな突然理不尽に命を奪われなければならないのだろう。
留学先の大学に行っても宿泊先でも、ひたすら泣いた。
大学の先生方に事情を話すと、私に1つの空き部屋を当てがい「好きに過ごしていいよ」と言って下さったので、その教室にこもって泣き続けた。
泣くしかできない自分が情けなくて仕方なかった。
LINE上では、最後のお別れの日程や参列するか否かについてのやり取りがされていたが、海を隔てた所にいる私はすぐに駆けつけることも叶わない。
己の非力さに情けなくなって、また泣いた。
訃報が舞い込んだのは、留学最後の自由制作を行う週の初日で、5日後には作品を展覧会に出品しなくてはならなかった。
先生方は「無理しないで」と言ってくれたけれど、何かしなくちゃという気持ちと何も出来ないという絶望感とがグチャグチャに入り混じり、かつ現実についていけず、教室の隅で紙を目の前に、私はボーッと座り続けた。
絵の具を塗ってみる。ただ一色で塗りつぶす。
そこに描くという行為はなく、ただ塗るということしかできない。
繰り返し何枚もの紙を一色で塗りつぶした後、今度はぐちゃぐちゃになった頭の中の糸をほぐしていくように少しずつ絵を描き出してみた。
やりきれない気持ち。
苦し過ぎて遮断してしまいたいのに、絶え間なく入り込んでくるSNSやインターネットからの彼女の事故の情報。溢れかえる悲しい気持ち。
彼女が私を呼ぶ声、手振りや身振り、彼女の作品。
その時の感情や、記憶、状況を一つ一つ絵に描いていった。だけど、
「描いて何になる?」
無心で手を動かしているとふとそんな声が頭の中で響いて涙が止まらなくなって手を止めた。
嗚咽が落ち着くと同時に再び手を動かす。
しばらくしてまた涙がこみ上げてくる。手を止める。
その繰り返しだった。
それでもジリジリと絵を描き溜め、
そろそろ展示の構成を考えなければならないといった段になり、
私は会場予定のスペースに足を運んだ。
そこは机や椅子が乱雑に置かれた物置みたいな場所で、電気が付いておらず、薄暗かった。
その中で私はひとつの細長い窓を見つけた。
開けられもしないし、大した採光もしていない、建造物の構造的にはなんの機能も無いような、無意味な窓だった。
でも薄暗いスペースでその窓から細く光が差し込んでいるのを見て、私は咄嗟に教会を思い出していた。
それは、暗い屋内に差し込む、ステンドグラスからの光と似ていた。
亡くなった彼女がクリスチャンで、お葬式を教会で行うというのを聞いたことも関係していたかもしれない。
でもそんなこともあって、私はこの場所と描きためた絵を使って、私なりに彼女を弔おうと決めた。
そして制作したインスタレーションがこれだ。
install church / 2015
ドローイングと窓と椅子によって構成した簡易的な教会のような場所。
私は留学先の大学にこの空間を立ち上げ、椅子に座り、窓から空を見上げた。
異国も日本も一つに結ぶ空。
彼女が召されて天空にいるとしたなら、私のこの気持ちや作品は空を通じて彼女まで届けられただろうか。
無事に留学最後のプロジェクトを終え、帰国の途に着いた。
飛行中、帰りたくない気持ちが膨らんできてたまらなかった。
外国にいる間は全てが非日常で、毎日がある種夢のように感じていたけれど、日本へ帰国することは彼女の死をよりはっきりと現実として突きつけられてしまう、そのことを恐れた。
帰国してからもやはり現実味はなくて、夏休みでどこかに出かけて行って帰れなくなってしまっただけで、どこかでは生きているのではないかとすら思えてくるくらいだった。
だけど後期授業が始まっても当然彼女は姿を現さなかったし、教授たちが鎮痛な面持ちで彼女の死を同級生たちに伝えたり、友人たちと彼女の話をするうちに、本当に彼女に会えることはもう無いのだと、じりじりと現実になっていった。
生命の儚さを、その脆さを、より強く実感した出来事になった。
死にたいと言う人ほど死ねず、生きる希望に満ちている人が早く命を落とす。
人にある平等とは、死ぬこと。
ただそれだけなのかもしれない。
友人を理不尽に奪っていった死。
それは私の死生観にさらなる変化をもたらしていった。
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