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造花1000本を使って鹿を作った話。

そもそも美大生は大学でどんなことをしているのかという話なんですが、基本的には、何らかの作品をつくったりしてます。



東京藝大デザイン科では、1ヶ月に1個くらい大きな課題が出され、作品を提出し、講評されて単位が貰えるという仕組みになってます。

それと並行して他の授業の制作をしたり自主制作したり、座学の授業を受けたりします。外国語や体育もあったりしますね。
実技の単位はみんなちゃんと取ります。座学はまあまあ落単します。


で、やっぱりその月1のメインの課題がハードなんですよ。

体力や時間的な大変さも当然ありますが、なんというか、自分の内側を作品という分身として外界に1個吐き出さないといけない、その行為がしんどいんですよね。






半年ほど前、昨年の11月頃に「Materials」という課題がありました。
ざっくり言うと、何でもいいから任意の"素材"を使って動物の作品をつくりなさい、という課題です。



それで僕は、造花で鹿を作ることにしました。

理由は、なんか派手で綺麗になりそうだなーって思ったからです。あと鹿ってなんか、ツノとか木の枝っぽいし、植物と動物の間の生き物みたいな感じしませんか。

小さいと地味だし、せっかくだから2メートルくらいで作ってやることにしました。それが地獄の始まりです。




とりあえずまずはiPadで、こんな感じにしたいな〜ってイメージスケッチをしました。鹿の体の表面に造花を敷き詰めて、カラフルにしてやろうという魂胆です。


そういえば美大は絵を描くところだと思われる方もいるかもしれませんが、そういうわけでは全然ないです。絵を描く人も沢山いますが、取り組む内容は人によって非常に様々です。デザイン科では、MVを作ったり、鞄をデザインしたり、公園をデザインする課題があったりします。

加えて言えば、卒業後はみんながみんな作家を目指すわけじゃありません。就職する人もたくさんいます。僕はというと、何も決まってません。誰か助けてくれ。




いくつか造花を買ってきて並べてみました。なんだか安っぽいし、まだそこまで綺麗とは言えないかもですね。


造花を貼り付ける前に、まずは基盤となる内側の構造を作る必要があります。しかし何から始めればいいのかさっぱり分からない。

そういえば藝大のすぐ隣には上野動物園がありました。おかげで猿の甲高い鳴き声が大学敷地内まで聞こえてきます。

本物を見るのが一番早いだろうと思い、鹿を見に行きます。



いました!!

寝てる! そんなにかわいくねえな。 やはり脚の形も含めて観察したいので、立ち上がるのをしばらく待ちます。



全っ然起きない。

30分くらい見ていたけど起きてこない。時々首を振る程度で、ほとんど動かない。客が来てんだからちゃんとサービスしてくれ。




とりあえずスケッチしてみました。
シンプルにあんま上手くないな。起き上がってこなかったからやる気が出なかったということにします。




ついでに虎と象もスケッチしました。象でかすぎて興奮しました。動物園楽しいなおい。



動物園では大した収穫が得られなかったので、国立科学博物館に行くことにしました。これもまた藝大から徒歩圏内です。




すごい!!!


鹿いっぱいいる! ていうか色んな動物がめちゃくちゃ沢山いる! こんな施設があったのか。最初からここ行けばよかった。

ここでいっぱい写真を撮りました。さていいかげん制作に移りましょう。






どうすればいいか分からないなりに、こんな感じで針金で組むことにしました。これで立ってんのむしろ凄い。

どんな作品にするか考えたり、取材をしてたらなんだかんだ2週間くらい経ってました。締切まであと16日。





針金を増やして補強しつつ、



より鹿らしくしていきます。首とかも同時につくっていきます。

この辺の作業はかなり慎重に、骨格を意識しながら組み立てました。どれだけ表面を綺麗に覆っても、内側の形が鹿らしくなかったら格好良くはなりません。




近くで見るとこんな感じです。緑色のが太くて固い針金で、それを何本にもまとめて、白くて柔らかい針金でまとめてます。こんな作業したことがないので、正しいのか分かりません。

絶対もっと良いやり方とか良い素材の選び方があるとは思うんですが、最適解を探して時間使うよりは、分からないなりにさっさと進めるほうが良かったりするのです。生きてるとそういうこと多い。




この作業は深夜の大学の外でやってました。11月の午前3時は耐え難い寒さでした。


デザイン科って聞くと、デスクでPCに向き合って作業してるイメージが湧く人も多いかもしれません。しかし実際はこんなふうに物凄くフィジカルに身体を使う場面もめちゃくちゃ多いです。デザインってなんだろう。

さてひとまず骨組みができたので、花で覆う工程に移ります。骨組みは確か1週間くらいかかったのかな。締め切りまで9日。間に合うか??




アトリエに移って、花を貼り付けていきます。


辺りに散らばっているのはヤフオクで大量購入した造花たちです。
この時点ではまだ600本くらいだけど、最終的には1000本以上買いました。それでも確か3万円ちょっとです。制作費の3万円は生活費の300円。




ていうかアトリエ汚すぎない??? 大体俺のせいな気するけど。

奥に他の人の作品の制作過程が少し見えますね。この時期は誰かが部屋にスピーカーで音楽流しながら作業してました。


ちなみに、それらの約1ヶ月かけたみんなの作品はその後どうなるかというと、大抵ぶっ壊して捨てられます。言ってしまえばゴミになります。国の税金を使って、学生にゴミを作らせる国立大学。でもそのゴミたちが宝物なのです。楽しいので入学しましょう。





ピンクの布で骨を覆って、その上に造花を貼ってます。1輪1輪、慈しみを持って。

接着にはグルーガンを使っています。樹脂のスティックを熱で溶かしてくっつけるやつです。粘着力強いしすぐ乾くので非常に便利です。頻繁に火傷するけど。





さあもう日数が少なくなってきた。締切まであと3日!!

場所が移動してます。深夜の大学の廊下です。共用スペースを使うなと後でちゃんと注意されました。美大なんだから制作のためならどこで何したって良いだろ!って思ってたら全然そんなことなかったです。そりゃそう。

造花はグラデーションで色が変わっていくイメージです。残り本数と相談しながら、どんくらいの密度で付けていけばいいか考えるのが地味に大変でした。稼働させるはデッサン力。





前から見るとこんな感じです。こうして見るとまだ結構貼れてないですね。



ていうか、あれ?






な、なんかこいつ、傾いてきてね???





いやいやまさか、そんなわけないよな。気のせいに決まってる。







いやどう見ても気のせいじゃねえわ。



前脚がやばいことになっている。文字通り生まれたての子鹿。


どうやら造花を取り付けたことで体の重さが大幅に増し、その重みに脚が耐えかねてきているようです。

つまりは、強度不足。しかしこれは予見できたはずの問題でした。造花が加われば重さが増すのなんて誰だってわかることです。


だけど、なんか、大丈夫だろって思ってました。なんとかなんだろって。全くなんとかならなかった。




どうしたらいい? 自分の心臓の音が遠く聞こえます。お前にも心臓があれば良いのに。そうしたら自分の脚で立てるのに。

このままじゃ間違いなく自立しない。
脚を補強しようにもう脚にも造花をつけてしまっている。一旦取り外すとなると時間があまりにも厳しい。そもそもまだ体に造花を取り付けるのが終わってないのに。


これ、詰んでないか?





締切まであと2日。





ひどく焦りながらも、とりあえず造花を付け続けます。

すると、冷や汗を垂らしながら作業をしている僕のところに、制作の休憩中の同級生の男子2人がふらりと通りかかりました。
どうしよう、と頭の中がいっぱいいっぱいになっていた僕に、彼等の存在は呼吸を思い出させました。



「おお、すげえの出来てんじゃん!」

「ありがとう、でもやべえんだ。足の強度が足りなくなってきて、自立しそうにない」

そう聞いた2人は途端に真剣な顔になります。



「もっとガチガチに固い鉄の棒とかを曲げて、脚の内向き側の見えづらいところに足してみるのは? あと爪先に重りつけるとか」

「重さで脚が滑るのが問題なんだろ? だったらいっそ、なんかでっかい木の板とか買って、そこに足の裏を固定したらいいんじゃね?」


と、意見を出してくれます。その時、彼等の輪郭がぼうっと光っているように見えました。






自分たちも決して余裕はないはずなのに、他人の作品のことをこんなにもしっかり考えて、提案してくれる。多分本人たちにとっては何の気ないことだったんだろうけど、僕にはそれがたまらなく嬉しかったです。



2人は基本的に陽気でヘラヘラしてるし、声でかくてうるさいし、飲みに行ったらすぐ酔っ払って騒ぐような奴らです。

だけど2人は、真っ直ぐこっちを見て言うんだ。




「大丈夫、何とかなるよ。」






2人が立ち去ったあと、トイレに行きました。そんで個室に入ります。







いや、めっちゃくちゃ泣いた。





嗚咽しながら鼻水ダラダラです。やめてくれよ本当に。


睡眠不足で、体力的にも精神的にも限界が近いところにそんな言葉を言われてしまったために、心が決壊しました。

ああ! 時間がないというのに。



僕は同級生が怖いです。周りの人達がみな怖いです。みんな高い能力を持ち、行動力に満ち、その輝きに目が眩みそうになります。

だけどだからこそ、そいつらの言う「大丈夫」以上に心強い言葉を、少なくとも俺は知らない。




泣きながら考えていました。

逆の立場だったら、自分もギリギリの時に他人の作品について真剣に考えられるだろうか? ああも頼もしく「大丈夫」って言えるだろうか? 僕は僕以外の人にとって、どれくらいの力や助けになれているんだろうか?

でも今はそんなことを考えている場合じゃない。トイレを出て、制作に戻ります。



きっと良いデザインや良い作品ってのは、優しい人間じゃないとつくれないのかもしれないな。本当に救われたよ。俺もあんなふうに、不作為的な優しさを身にまとって生きたいな。





締切前日、に日付が変わった頃です。余裕で徹夜です。終わるか終わらないか、じゃない。終わりは来るんだ。


このくらいになると、だんだん造花の種類が足りなくなってきました。
どうしても足りない分はすでに貼ってあるところから剥がしたりします。

体力も気力も限界に近い中で作業を進めます。なんでたかだか大学の課題なんかに、こんなに必死になっているんだろう。来月のクレカの請求額やべえよ。生活できねえよ。




でもなあ。


他にお金使う先なんてあんまりないしなあ。他にすることとかそんなにないしなあ。友達少ないし。




約1ヶ月の課題。2週間の検討期間、もう2週間の制作期間。


その間ずっと頭に課題のことがありました。制作はいつも分けられない孤独で、体力と生活を着実に蝕んでいきました。
検討会で教授に微妙な反応をされたり、同級生の進捗を見るたび、ひどく焦って笑えなくなりました。

だけどずっと、心の奥で消え切らない感情が揺れています。作品が倒れた日も、締切直前の徹夜中も微かに、しかし確かに。そしてそれはきっと、仲間も誰もが思っていたことでしょう。



「楽しい!」





朝焼けに上野公園が白み始めます。








締切前日の昼になりました。作品の展示に取り掛かります。


作品というのは、展示して人に見てもらうことでようやく成立します。なので作って終わりではなく、それをどうセッティングするかというのは重要な問題です。展示の仕方で見栄えが何倍も変わったりします。



今回の展示の仕方はどうしたかというと、結局ワイヤーで吊るしました。確かに、よく考えればそうすればよかった。これなら脚の強度は関係ない。鹿の頭とお尻から2本の線が上に伸びてるのが見えると思います。


しかしそれは最終手段でした。本来なら選びたくはなかった。自分の脚で立っていることにこそ意味があるだろうと思っていたからです。

でももうあの時点からではどうすることもできなかった。自立させられるか、の勝負は僕の負けです。だが作品全部負けたわけじゃない。作品の勝ち負けを、自分が決めてはいけない。






最後の調整です。ツノの植物をいじったりしてます。

全てが思い通りいったわけじゃない。けれどこれで完成です。完成というか、終了です。作品は諦めたらそこで完成って某美大漫画でも言ってたな。本当にその通りです。




セッティングが終わると、次の日は講評会です。



講評会ではひとりひとりの作品について「ここが面白いね」とか「もっとこうしたら良かったかもね」と言ったコメントをしてくれます。全員分で3時間くらいかかったりします。

たかが講評ですが、これが心底恐ろしいのです。自分の番になると自身の作品について話すのですが、緊張しいな僕はそれだけで手と声が震えます。

自分の作品である分身を、みんなの前で評価されるのが怖いのです。だけどそれは何かを作る上で、切っても切り離せない恐怖ですね。受け入れるしかありません。



あんだけ大変な思いをしてつくったけれど、終わる時は夏のようにあっさりとしていて、どこか爽やかな気分です。
ともかくこれで解放されました。お疲れ様でした。




とはいかない。もう少しやることがあります。



作品をしっかりと撮影するのが大事なのです。
というのも、こういった立体作品は基本的には終わったら壊してしまいますから、写真を撮らないと記録が残らないのです。
平面の絵なら正面から撮れば良いだけですが、立体作品は光や背景、角度など拘らないと良い写真になりません。



だからこんな感じで大学の撮影スタジオで照明用意して、脚立に登って上から撮ったりします。



そうして100枚以上撮った中から良いものをを選び、



Photoshopで加工します。
色味やコントラストも変わっていますが、よく見ると背景のゴチャゴチャが消えています。これは結構地道に描いて消したりしてます。


こちらは暖色系の花が多いです。


逆向きのアングルです。こちらは白から紫にかけて、急激に色が変化してますね。もっと青色の花を使いたかったんですが、青い花って少ないんですよね。



顔はこんなです。他のどこよりも時間がかかりました。
花の色の明暗で、顔や鹿の頭らしい起伏を表現しようと、慎重に選んで付けました。



あとお尻接写。密度があって良いですね。


撮影も終えたので、これにて完全に終わりです。しかし息つく暇もなく、次の課題が始まります。





という、ひとりの美大生の制作の一例でした。


美大にいると、自分は一体何をしているんだろうと戸惑うことがよくあります。作品をつくる、なんて言えば大層だけど、結局そんなのは自己満足の怠慢で、現実逃避を体良く取り繕っているだけではないか、と。

同世代は大学で学問を学んでいたり、もう仕事に就いて立派に社会に貢献したりしている。それなのに自分たちはなんなのか。アートやデザインを学んで、それが将来なんになるというのか。震災が起きた時、COVID-19に多くの人の職が奪われた時、美術にどれだけのことができたというのか。



だけどきっと、全くの無力でもないはずです。デザインを学び、思考し、課題発見と解決を模索する。自分たちの力で社会をより良くしていけると、そう信じています。そもそもまだ学生ですしね! これから、これから。






最後に。



「首をお返しするー! 鎮まりたまえーー!!」




おわり。






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