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10冊のキングダムを前にして128ページ目あたりで行ったり来たりしている話

まず、10冊のキングダムを前にして1巻目の128ページ目あたりで行ったり来たりしている事は幼馴染のタカノには内緒だ。
なぜならばキングダムをすすめてきた張本人がソイツだからだ。

前々からゴリ押しされているのは気が付いていて、なんとなく知らないフリをかましていた。
で、本日もキングダム熱をゴーゴー言わせながら語り散らかしているタカノの横で、キングダム熱風に2時間弱さらされ続けた私は、その間も結構頑張って心頭滅却していた訳ですが、今回ばかりは滅却に及ばず、遂に先程、熱にのまれてしまったわけです。

たった今帰宅した私の手には、小洒落たショップバックの中に見事にシンデレラフィットされた10冊のキングダムが揃っている。

今から読むのか、これを。

朝廷とか王朝とか中国とか韓国とか明とか漢的な歴史が、ふざけた言い訳すら思いつかないくらいただただ苦手だったことに、良くも悪くも初めの1ページ目をめくった時点で気付かされた私は、トイレに行ってみたり、お茶を飲んでみたり、宿題をやりたくない小学生の様な意味のない時間稼ぎをしている事もタカノには内緒だ。

なんだろう。なんか、脳が、目が、本を持つ指先さえも急にシャットダウンする。吹き出しを読む毎に記憶が抹消されて何を読んだかひとつも覚えてないという、もはやなんらかの病気を疑う程の集中力のなさはもうニワトリ以下なのかもしれない、なんて考えながら羽毛布団を被ってニヤついてみたりしている。

一方、タカノはキングダムに出会って人生が変わった!と。
こんな面白いものが世の中にあったのか!と。
大沢たかおの様な顔をして言ってくる。
その時ばかりはコココココと笑う。

それもそのはず。面白すぎてこのペーパーレスの時代に、全巻を一気に買い揃え、今でも新刊が出る度に "先生" に貢献していると言うのだから。
活字が大の苦手と言いつつ「漫画なら読めんだよ!!」だそうだ。

反対に彼女は私が小説を読むのが好きな事を知っている、、、が故に、
1週間後あたりに「読んだ?」
と聞かれて、「読んでいません」なんて口が裂けても言えない。

さて、どうする、ニワトリよ。
と諦めかけたその時だった!!!

数時間前に私が心頭滅却している最中にタカノが漫画ではなく映画のキングダムについてちょろっと言った事を思い出した。

「映画のキングダムって漫画10巻くらいのストーリーだから、まだまだ続くよアレ」

キターーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!

でかしたぞ!!ニワトリ!!

羽毛布団を大きく仰ぐと、その布団の中で静かにネットフリックスでキングダムを探した。

「よっしゃ、あった…」

よし。これで読んだことにしよう。
SONYのヘッドフォンを頭にセットし、いざキングダムへ!!!


          ***



数週間前

「サナ、ヘッドフォン使ってる?」
「使ってるよ」
「何使ってる?」
「SONYのやつ」
「SONYの何のやつ?」
「w…1000なんとか…忘れちゃったけどノイキャンの」
と言う馬鹿の会話から、私たちはとりあえず電気屋へ車を走らせた。

タカノの予算は2万円台のノイキャン機能付きヘッドフォンだという。
今使っているのが8000円以下のヘッドフォンらしく、もう少し良いものを新調したいと言うので、私が愛用しているヘッドフォンを推してみた。

私がなぜ、w…1000なんとかの忘れちゃったSONYのノイキャンヘッドフォンを推したのかと言うと、私も数年前にヘッドフォンを買い替えようとアメリカの電気屋で聴き比べた時に、当時俄然BOSE派だった私の魂を揺るがしたのがSONYだったからだ。

BOSEのヘッドフォンをグレードごとに交互にかけまくっていた私に、青いユニフォームの店員は背後からピンポイントで「THIS ONE!」と指を刺すなり、アバヨ!と背中で語りながらカメラコーナーへ消えて行ったのだが、その「THIS ONE!」と言うのがSONYだったのだ。

イヤイヤイヤイヤイヤ。
ナイナイナイナイナイ。

全身全霊で疑いながらSONYのヘッドフォンを頭にセットした瞬間…
私以外の人物が地球上から消されたと思えるほど静寂に包まれた。

「怖っ」

即座にヘッドフォンを耳からずらすと、パチンコ屋の様な機械音の混ざった電気屋特有の音と地球上の人物が戻った。
私はまた頭にあるヘッドフォンを耳に当て、地球を静かに滅亡させた。
人々を戻したり、滅亡させたり、戻したり、滅亡させたりを、かれこれ10回くらい繰り返し、

「すげぇ…」

となった事を臨場感を添えてタカノにお届けすると、2万円台で心が決まっていたタカノの手は私の愛用する4万円台のヘットフォンへ。

さぁ、タカノの手によって地球が滅亡するぞ。
私はその瞬間を待ち望んでいた。

タカノはつぶらな瞳を全開に開き、ヘッドフォンを外した。

「すげぇ…」

ほら!

「てか、怖ぇ…」

ほらほら!

私と全く同じリアクションをしたタカノは、何回か私を含めた地球上の人物を消したり、戻したりした。

「ちっ、予算オーバーだわ。あんたのせいで」

そこからキングダム熱と同じくらいの熱量で既に私も持っているノイキャンヘッドフォンをこれでもかというくらい推してきた。なんなら私がプレゼンした事を無かったことにするくらい推しに推してきた。

「ここを触ると外音が聞こえるんだよ」
「知ってる」
「ここをピッとやると音量が上がるんだよ」
「知ってるよ」
「スライドさせると次の曲に飛ぶんだよ」
「ね。」
「これ、本当にすげぇ!!!」
「ん、知ってる」


            ***

気がつくと、地球上から自分だけを残して眠りについていた。
映画のキングダムを見てチートをはかろうとしていたミッションは失敗に終わり、皮肉なことに映画のキングダムも漫画に置き換えればきっと128ページ目あたりで行ったり来たりしているに違いない。

これはヤバい。
タカノに地球上から消されてしまう…


1週間後

「キングダム読んだ?」
赤い炎に包まれた大沢たかおの様な顔がじーっと覗き込む。

私は、すかさずSONYのヘッドフォンを頭にセットしてそっと目を閉じたのであった。


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