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【躁うつ闘病日記】うつと診断されてから1年経つとこうなる

病気の症状が出始めてから1年が経過した結果

私がうつや自律神経への変化が現れ始めてから約1年が経ちました。

結果、私の主観だけの率直な気持ちは「何も変わらない」です。

去年の今頃と比べると、休養のおかげもあってはるかに回復しているとは思いますが、それでも完治には至りませんでした。

診断されたとき、長い付き合いになることは覚悟していましたが、こうして突然襲ってくる不安に慣れるには、まだ少し時間がかかりそうです。

1番怖いのは「衝動」と「焦燥感」

今日も突然、不安や焦燥感に襲われる時間がありました。

ご飯を食べているとき、急にです。

このままでいいんだろうか。
治ってきてると感じるのにどうしてもっと活動出来ないんだろう。
やりたいこと、書きたいこと、沢山あるのにどうして。

わっと感情の波が高ぶって、それで初めて
最近勢いよく行動していたことが走馬灯のように思い出されて
「ああ、ちょっと頑張り過ぎていたのか」と実感出来ます。

裏を返せば、1年経っても未だにそういった形でしか自分のストレスに気付くことが出来ません。

この焦燥感のせいで、一番最悪な決断が頭をよぎります。

1年頑張って生き延びたのだから、その頑張りを無下にする行為は昨日まで頑張ってきた自分を裏切ること。
それは絶対に選びたくは無いけれど、でも頭の片隅にある衝動がむくむくと膨れ上がって、行動に出てしまうんじゃないか、負けてしまうんじゃないかといつも不安になるのです。

もっと自分の気持ちや体調の変化に敏感になりたい。
そうすればきっと、自分のキャパを超えるようなことはしないのに。
悔しいような、腹立たしいような、1つでも出来ないことがあるとこうしてそのことばかり考えてしまいます。

1年経って感じる変化

暗い部分だけでなく、良かったと感じる部分に焦点を当てましょう。

いつもだったら一人でふて寝するところを、今日は久々に外にお散歩しに行きました。
体調が悪いと感じる日に外に出るのはなかなか難しいのですが、今日はパートナーが一緒にいてくれたので、着替えも出来て、靴も履けて、実際に外に出る事ができました。

これは私にとって、大きな進歩だなあと感じます。
ふて寝するか外出するかで、外出することを選べるようになったこと。

それはもちろんちゃんと療養した結果だから「自分偉いよ!」と褒めてあげたい気持ちもいっぱいですが、それでも近くで支えてくれるひとがいたからそのパワーが倍になっているんだなと感じます。
そんなひとたちへの感謝の気持ちは常に忘れることが出来ません。
辛くなるたびに「ありがとう」が増していきます。

疎遠になりかけていた友人との思いがけない再会

これも闘病していくなかで感じた、いいことのひとつです。

SNSを見ていて、疎遠になりかけていた友人がたまたま同じ病気を患っていることを知りました。

本当に気まぐれでその友人に連絡を取ってみたところ、あれよあれよと言う間に毎日お互い体調を気遣うような関係性になっていました。

ある時は体調が悪い方を励まし、またある時は将来について語り合ったり、良い時間も悪い時間も共有して励まし合えるような友人。
こういう関係性を生み出せたのも病気のおかげかもと考えると、そんなに悪くなかったかもな。と思ったりします。

「寝て食ってたら、人生それだけでいいよ」

実際今日の昼間はその友人から、「寝て食ってたら人生それだけでいいよ」という話を耳にしました。

今までは人の目を気にしすぎて合わせることが普通だったけど
別に何も生み出さなくたって、ただ生きてるだけでいい。
焦燥感に苛まれていた私のなかに、ありきたりだけれどもその言葉はすとんと私の中に落ちてきました。

これは私だけでなくて、ストレスを感じながら生きている人にも
もしかしたら当てはまる部分があるんじゃないかな。
そんな彼女はそういった普段の気付きも文章にしています。

主に子育てのことや病気のことに関して思うことを発信していますが、まったく状況が違う人にも刺さる文章を書く方なので、是非ページに足を運んでみて頂きたいと思います。

生きたいと思えるようになったいま

こうしてまだまだつらい波に翻弄されて生きている私ですが、
もう少し生きてみても良いかも。と思えるようになった1年でした。

きっと先は長いけれど、衝動に負けないうちにもう少しやりたいことを自由にやってみようと思います。

そんなこんなで、私の闘病生活の1年の振り返りでした。

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