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口がさけても言えないこと

 仕事が終ると電車に乗って住んでいる町まで帰ります。電車を降りてからはたいてい商店街で買い物をして、自宅までテクテクと歩く。だいたいいつもこういうふうであります。

 今日も、いつもの果物屋さんでスイカや梨を選んでもらって、にこにこと歩いておりました。信号待ちをしていてふと脇を見ると、赤ん坊を抱いた男性がいたのですね。抱っこひもというんでしょうか、リュックサックをおなか側に抱えたようなスタイルの抱っこで、荷物は持たず、代わりにというか手には日傘を携えていました。
 赤ん坊は女の子なんでしょうね、抱っこひももファンシーというかパステルカラーのもの、手にした日傘はふりふりの飾りつきのピンク色でした。信号が青に変わるのを待つ間、男性は縦に揺れていました。赤ん坊をあやすあの姿です。
 それを見た私は、絶句というかまあごく分かりやすく表現すると、「・・・・・・。」という心持ちになったのです。

 そして、そういった心持ちになった自分を一歩引いてみたときに、やはり、自分がいかに偏見に満ちた人間であるかをおもったんですね。そうですよね。
 差別はいけないとか、偏見はよくないとか、昨今の社会的情勢からいっても時代遅れであるわけだし、とてもじゃないけれど他人に対して何かを言える立場ではないのですが、それでもやっぱり、これはちょっと、などとごく自然におもってしまったのでした。
 子育てに参加する、一般的に言えば「イイ」父親を見て、開いた口をどうしたらいいかちょっとよくわからなくなってしまった私ですが、しかしそれが私であるわけです。開き直るわけではないけれど、そういった思考が発動する自分を否定はできないというわけです。
 しかしせめて、抱っこひもは奥さんと別々で用意して欲しかったなあ。赤ん坊に日が当たらないようにとの気遣いから持つ日傘も、紳士的にスタイリッシュなデザインのものを選んでほしかったなあ。いや、ひとりごとです。

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 先日、『グリーンブック』という映画を観ました。Kさんがおもしろかったよと言っていたもので、実際おもしろかったです。
 実在のピアニストとそのボディガード(運転手兼務)をメインに、1962年に実際に行われたアメリカ南部をまわるコンサートツアーをもとに製作された映画で、当時のアメリカにおける社会的背景などを窺える内容にもなっていて、それは言うまでもなく差別や偏見というものから派生したあらゆる問題を含んでいるのですね。

 最近の作品で言うと、AmazonVideoオリジナルの『マーベラス・ミセス・メイゼル』でもだいたい同じ年代の、ショウビジネスの暗部が観られます。というか、アメリカという国においてはどうしてもついて回るもののひとつが、人種問題だということなんでしょうね。

 このように、いくつもの作品でそういったものを「窺い知る」ことはできるわけですが、それはやはり実感、実体験とは異なるわけで、だから観ている方としては背筋が冷たくなってしまう。どういう精神なんだろうなどとおもってしまうわけですが、根本ということで言えば私のこの偏見だって、そこにつながっているのだろうとおもうのですね。

 ところで『グリーンブック』でドン・シャーリーを演じた俳優さんは、実際にピアノを弾いておられて、それがすごく上手でした。指がとても長いのもあって、はねるように鍵盤をたたいている姿が羨ましくなり、爪をかむ思いがしましたね。くぅ。
 ドラマ『This is us』も観ていて、レベッカを演じているマンディ・ムーアは歌手でもあって、演技も歌もいいけれどピアノは弾いていない様子(手元を映さないから)で、これはちょっと残念でした。でもよく考えると俳優と歌唱をうまくやるんだから、それはそれですばらしい。

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 いつものようにあちらこちらへと散らかりましたが、まあ今日のことで自分の人間性に改めて気づかされたということを書いてみたかったのです。つまり口が裂けても「差別や偏見はいけません」などと他人に偉そうには言えない人間なのであります。
 ジェンダーレスであるとか、人種の問題であるとか、もちろん差別をしたうえに攻撃をしたり、自分と違う性質を持った他人に危害を加える行為は了解できないけれど、その危ういタネが自分の中に全くないとは言えないわけです。だからどちらか片方を、あまりに締め上げるような昨今の風潮というのも、気に入らないと言えば気に入らないわけです。

 ところで最後に、もうひとこと付け加えておきたくなった。
 こういうことを考え、書きたくなったのは、ここ数日に仕事であちこち行って、あらゆる種類の人と会って、いろんな種類の差別や偏見や悪口を耳にしたことがあったからかもしれない。もちろん、中には心温まる会話や、楽しみや、うれしくなるような事柄も含まれているけれど、やはり悪が勝るのでしょう。これも経験ですね。

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