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Blue Ribbon

艶やかなブロンドヘアが風になびく。深い臙脂色のプリーツスカートを翻して、彼女は眩い笑顔を振りまいた。
いつもの通学路、友人たちと楽しそうに話しながら彼女が歩いていく。その金色の髪の毛には、いつものように青いリボンが綺麗に巻き付けられている。緩やかにカールした髪の毛に、鮮やかな青がとてもよく映えていた。
薔薇色の頬、桜の花びらのような唇、整った瞳には、長いまつ毛がくるりとカールしていて、キラキラと輝いている。
僕は、その姿を無意識に目で追っていた。
「ロディ!なにしてんだよ。置いてくぞ!」
「あ…うん。すぐ行く!」
彼女に気付かれたかもしれない。僕はサッと目を逸らし、その場から走って行った。
僕の学校よりも手前にある私立の女子校。彼女はそこに通っている。去年はこの通学路で見かけることはなかったが、学年が変わってから、この通学路で見かけるようになった。遠くから転校してきたのかもしれない。
彼女を初めて見た日、僕は、この世界には天使がいたのだと本気で思った。彼女の話し声は、まるで音楽を奏でているようで心地いい。軽やかに歩く姿は、重さ感じさせず、同じ人間ではないように感じた。つい、目が追ってしまう。あの青いリボンを結った後ろ姿を。
声をかけてみたいけど、通学の時は、いつも友達といるので、話しかけるチャンスがない。帰りに待ち伏せすることも考えたけど、同じ学校のやつに見つかったら冷やかされるに違いない。噂というのは、あっという間に広がるものだ。クラスメイトにバレるのだけは、避けたかった。
僕は、その小さな恋心を抑えたまま、日々を過ごしていた。

ある夜、僕は自分の部屋の窓から月を眺めていた。澄み切った空気の中で、くっきりと浮かぶ月。雲に見え隠れするその姿は今宵、ひときわ輝いて見える。その輝きに、彼女の姿を重ねていた。
「あぁ、僕にほんの少しの勇気があったら、彼女に話しかけられるのに」
ため息まじりに月に向かって呟いた。
『あの、花束のような微笑みが、僕に向けられたらなぁ…』
夜空に浮かぶ三日月は、優しくその輝きを放っていた。

翌日、サラサラと雨が降っていた。学生たちは、色とりどりの傘を差して登校している。友達と話しながらよそ見をしている子、小テストに向けての準備のために足早に通り過ぎる子。通りは、いつものようにざわざわと賑わっている。
その日も僕は、友人に気付かれないよう、彼女の姿を探していた。しかし、たくさんの傘に埋もれて、見つけることができない。女の子のものと思われる傘を、ちらちらと見ているが、あの天使のような声も姿も見当たらなかった。

こんな日は、いつもよりも一日がどんよりと長く感じる。授業中も彼女のことを考えて、ぼんやりと窓の外を眺めて過ごしていた。
その時、窓の外にふと彼女の姿を見つけた。遠くて見えにくいけれど、見間違えるはずがない。大人と一緒に歩いている。彼女の両親だろうか。花柄の傘を差して歩いていく。僕は授業中なのをすっかり忘れて、外に夢中になっていた。いつものような華やかな笑顔はなく、どこか寂しげに見えた。

「ロディ!」
頭の上に重い衝撃が走り、現実に引き戻された。
「何をよそ見しているの!さっきから呼んでいるのに。罰として黒板の問題を解きなさい!」
しまった。すっかり彼女に夢中で、呼ばれているのに気づかなかった。数学のヴァイオレット先生は、厳しいことで学生の間で恐れられている。放課後も、掃除の罰があるに違いない。僕は小さく返事をして、のそりと立ち上がり黒板に向かった。幸い、小テストのために勉強していた範囲だったので、答えは正解だったが、予想通り、放課後に掃除の罰を与えられてしまった。

放課後、僕は校門の周辺の花壇の草引きを命じられた。雨は止んでいたが、相変わらずどんよりとした天気だった。昼間のあの子の姿が気になって、そのことばかり考えていた。通りすがりの友人が冷やかしの声をかけて行ったが、そんなことはどうでもよかった。彼女は、どこへ行ってしまったのだろうか?夢中になって草引きをしていると、女の子の声が僕を呼んだ。
「ロディ…?」
自信なさげな呼びかけに、僕は声の方を振り返る。そこには、彼女といつも一緒に登校している友人二人が立っていた。目が合ったけれど、自分が呼ばれたのだとは信じられず、一度周辺をキョロキョロと確かめてから、自分を指差して二人に確認をした。女子生徒たちは小さく頷いた。
「僕に…何か用事?」
手についた土を払いながら二人の方へ近寄ると、ショートカットの方の子が、鞄からサッと封筒を取り出して、僕の胸元に差し出した。
「これ…エヴァから預かったの。あなたに渡してって」
ピンクの花柄の封筒は、可愛らしいシールで封をされていて、少し厚みがあった。手紙…ではないのだろうか?
「今、開けてもいい?」
二人に確認をすると、こくりと頷いたので、シールを丁寧に剥がして中を確かめた。中から現れたのは、彼女の青いリボンだった。
「これ…」
目を大きく見開いて、顔を上げる。
「エヴァは両親のお仕事の都合で転校してしまったの。あなたに話かけられなかったこと、とても後悔していたわ。自分では勇気が出なかったから、最後のお別れに、それを渡しておいてって頼まれたの」
状況が飲み込めず、呆然としていると、今度は三つ編みの方の子が言った。
「手紙も中に入っているわ」
僕は慌てて中を確かめると、丁寧な文字で書かれた手紙が出てきた。封筒とお揃いの、ピンクの花柄だ。


ロディへ
いつも通学路で会うあなたのことがとても気になっていたわ。でも、たくさんの生徒たちの中では話しかける勇気が出なかったの。
あなたの栗色の髪の毛と話し声、とても好きよ。引っ越す前に、一度お話ししてみたかった。私が大きくなったら、またあなたのいる街に行くから、その時は一緒にお出かけしましょう。またね。 エヴァより』


「私は知ってたけどね」
ショートカットの友達が、腕組みをしながら得意げに言った。
「あなたが、毎日エヴァのことチラチラ見ていたの」
三つ編みの子が、申し訳なさそうにくすくすと笑った。嬉しいのか悲しいのかよくわからない感情が渦をまいて、僕の心の中をかき回す。僕のこの小さな恋は叶ったのだろうか?決着がつかないまま、エヴァの想いと共に心にしまっておくことにした。
その夜、僕は彼女の青いリボン大切に握りしめて眠りについた。深く、暗い世界の中に落ちていく。じんわりと、幸せな感情が湧き上がってきた。

「ロディ、ロディ!」
遠くで呼んでいる声がする。暗闇の中で、頬に何かが触れた。ゆっくりと目を開けると、緩やかにカールしている金色の髪が目に入ってきた。
「もう日が暮れてきたわ。ここで寝ていると風邪を引くわよ」
歌声のような呼びかけに、僕は夢見心地でゆっくりと身体を起こした。天気が良かったので、庭のベンチで読書をしていたのだが、いつのまにか眠ってしまったようだ。
「あぁ…」
声の主と目が合うと、彼女は柔らかな微笑みを僕に向けた。
「おはよう。エヴァ」
僕は、彼女の金色の髪を掌で掬って、その毛先にキスをした。
「随分と長いお昼寝だったわね?そろそろ夕飯の準備をしましょう。今日は、ルーシーとソフィアが来るって言ってたの、覚えてる?」
「彼女たちが…そうだったね。じゃあ気合いを入れておもてなしの準備をしなくちゃ」
僕はベンチから立ち上がって彼女の横に並び、その腰に腕を回した。
「デザートは昼間に仕込んであるから完璧よ。あなたの大好きなガトーショコラ」
「楽しみだな」
僕たちは、見つめあって、ふふっと笑った。
「待って、エヴァ。リボンが解けてる」
「あら、さっきまで忙しくしていたから…」
彼女が、自分の頭のに手を回す。
「いいよ、僕がやってあげる」
彼女の後ろに回り込み、リボンを結び直した。
「ありがとう」
くるりと振り返って振りまいた笑顔は、あの頃のままだ。
風が吹いて、彼女の金色の髪の毛と、鮮やかな青のリボンがふんわりと靡いた。


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