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五十音小説「い」

(いつもだったらこんなヘマしないのに。)

俺は教室に戻る速度を上げながら
さっきの出来事を思い出す。

いつものようにホームルームが終わると
急いで部室へ行き
一番乗りで練習を始めるはずが
練習靴を履こうとして気が付いた

「…ない」

昨日靴紐が切れて部活帰りに買いに行った靴紐。

部室に着いたらすぐに通せるようにと
ホームルーム中、こっそり袋から出してポッケに入れたのに。


ツイてないなと思いながら教室に入ると
まっすぐ自分の席に向かう。


「…うそだろ」


おかしい。通り道にもなかったのに。


そう思いながら、
俺が教室に入る前から一人残っていた女子に
聞こうと視線を向けると


赤のペンをはしらせていた。
彼女の手元には紙ではなく靴紐。


「え。」

思わず声が漏れる


異変に気付いたのか
彼女が俺を見て

「新品っぽいのにゴミ箱に捨てられてたの」

とゴミ箱から出したことが恥ずかしかったのか

少し恥ずかしそうに教えてくれた。


そんな彼女に
その靴紐が自分の物で取りに戻ってきた事を伝えると

手元に帰ってきた紐には沢山の赤いハートが並んでいた。


驚いて彼女を見ると

「…ごめん。弁償する。」

と気まずそうに視線を逸らされた。


教室に差し込む柔らかい日差しが
彼女の顔を横から照らし
いつもとは違う雰囲気の
少し色気を感じる姿に見惚れながら


「…いや、これ使うから大丈夫。」


と気付けば口走っていた。





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