見出し画像

自分のことは好きですか?私は好きになりましたよ。〜私のこどもへの手紙〜続、体験談

これは続編になります。
最初の話は、「自分のことは好きですか?私は好きになりましたよ。〜私のこどもへの手紙〜」https://note.com/9784478/n/n4ada2c5ece85 になります。

○体験談
私は元々、自分で自分を褒めることが下手だった。相手を傷つけて自分が嫌なやつと思われたくなかった。
だから「〇〇ちゃんすごいね。私なんか〇〇だよ」と、他者を褒め、自分を卑下することで「そんなことないよ、〇〇ちゃんの方がすごいよ」と自分を褒めてもらうような話し方をした。次第に相手の良さを見つけることが得意になり、人間関係に荒波を立てることなく過ごすことができた。

しかし、仕事になれば「出来て当たり前」が求められる。
私は、できる人ではなかったため、褒められることは少なくなった。

気づいた時には、自分のどこに「良いね」があるか見つけられなかった。

そんな私が、専業主婦となった。

ちなみに元々「専業主婦=家事をやる、時間の使い方は自分次第」というイメージだった。

退職時「これから何をするの?」と言われる度に、「やりたいことをやります。」と返答した。

仕事を辞めた後の空虚感は、いつまでも残った。

当然だ。
5年間は病棟看護師として時間帯関係なく働き、2年間は祝日関係なく訪問看護師をして、帰宅しても仕事のことを考える。大変だが、その分満足感もあった。

しかし、退職後、最低限家事をし1日を過ごしても、充実感や「これだけやった」と言う実感は薄かった。幸い、主人は基本褒めてくれる人だったので、それで満たされていた時もあった。
でも徐々に、それだけでは満たされなくなった。

「もっと充実感が欲しい。よし、やりたかったことを思い切りやろう。」と家の中の整理や家事について調べ始めた。しかし、これが、予想以上に時間がかかった。私は情報に飲まれやすいタイプだったからだ。

ネット検索では『できる主婦はやる〇〇』『失敗なしの〇〇』など、
「本来こうあるべきだよね?」
「これで失敗していたらダメでしょ」と
使命感や責任感を感じさせるようなフレーズが並んだ。
「どれが一番良いの!?」とスマホを睨んで30分、気づけば1時間経ち「もうこんな時間!?」と焦りだけ残ることもあった。

(こんな調子でちゃんと成長できるのかな?私。)

予想以上に、予想外の部分に時間がかかり、呆然としていた。

(家事なんて依頼すれば代行サービスもある。それより、主人に何かあった時に家で仕事出来るよう、副業に向けて何かした方が良いのでは?)と、
悶々と考えることもあった。

それでも、家事をし続けた理由は、
「退職したら主人との生活空間を快適にしたい!」と思っていたからだ。



退職前の生活は、あまり喜ばしいものではなかった。

私は訪問看護師をしている時、利用者様にショックなことがあったら、帰宅後も塞ぎ込むことが多く、気持ちのリセットができなかった。
最初は主人の励ましもありその都度持ち直したが、徐々に主人の精神にも影響した。訪問看護師、続けられるかな?とも思った。

仕事の疲労も大きかった。お風呂にも入らず寝落ちし、途中深夜に起きてお風呂に入る。調子が狂うと分かっていても、繰り返した。

主人も就職してから、日も浅かった。両者共に余裕はなく、共働きと家事の両立にも悩んだ。平日は家事の余裕はない。しかし、土日は休みたい。

徐々に主人の体調が変化した。起床時に頭痛と倦怠感が出始め、起きにくい日が続いた。幸い、出社時間は調整できたが、その分帰りが遅くなった。私は「大丈夫?」と声かけだけして出社することしかできなかった。

(看護師なのに大切な人に時間をかけられない。できることはあるのに。)(余裕を持って、支え合えるような環境を作りたい。)

そのため、作業中、副業やお金に悶々としても、
「ひとまず目の前のことをしよう。中途半端に副業に手を出しても、私の不器用さなら何も出来ない」と、言い聞かせた。


しかし、立ちはだかったのは、個人作業時に出現する卑下しやすい性格だった。行き詰まっていると
(何をしてるんだ、自分)
(こんなことで悩んで)
(主人は隣でずっとトイレ以外、机の前で頑張っている。)
(でも私は?)

最初の方は、部屋に一人いると、気持ちが沈み、同じことを繰り返しやることが多かった。

しかし、徐々に、

(違う、今、目の前の考えないといけないことから逃げているだけだ)

と思うことができるようになった。

主人は、私が出会った人達の中で一位を争うほどのポジティブ人間だった。物事を悲観するのではなく、冷静に捉え、肯定的に捉える。

私を応援してくれている主人を眺めるだけで、リセットできた。

そんな人と「一緒にゆったりできる空間作り」のために動けることは、本当に素敵なことじゃないか、とその都度、意識するようにした。



そして、一ヶ月が過ぎた時、
「あれ?これ、なんか良い感じ?」と周囲を見て思った。

自分の思う居心地の良い空間になってきているように感じた。

「え、すごい、私!」

私のペースでやっても、ちゃんと変われるんだ。

自然と「よくやった、自分!」と、心から褒めることができていた。

そして、家がどうあったら素敵か、前より考えやすくなった。
自分の整理の方向性が間違っていなかったと実感が湧いた瞬間だった。


生活にも変化が出てきた。
まず、主人の体調不良が解消された。
仕事環境と睡眠の質が改善し、表情が良くなった。
食事は、うまくいかず悶々とすることが多かったが、毎日の自炊で料理に対してのハードルも低くなった。食事の時間も楽しくなった。

私自身にも変化があった。
失敗しても、「こうすればよかったか。まあ、頑張ったね、私、次はうまくいく!」と、失敗したことを認め、次への切り替えが早くなっていった。
また、ある方の教えで、「失敗を笑いのネタ」にすることで、成功と失敗の垣根もなくなり、自分自身を「良いね」と思えるようになった。

ネットとの付き合い方も上手くなった。適度な距離は、「欲張りすぎないこと」と学んだ。

アンテナを張ることも大切だと実感した。小さな変化に気付けるかは、余裕にも関係する。
仕事漬けの主人は、その部分は難しい。私から「〇〇上手くなったね」と伝えると、「え?本当?嬉しい。」日々の変化を発見できるようになった。


私のこどもへ
4000字の体験談を一気に載せようと思いましたが、ちょっと小出しにしていこうと思います。なので、他の手紙と重なる部分も出てくると思いますが、そこは許してください。
でも、一つの物事で複数学べるって素敵だと思いませんか?
また書きますね。


終わり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?