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その日は雪が降っていた。

3話

アンティークドール改め、電波美少女の爆弾発言は瞬く間に学年中に広まった。
朝は超のつく美少女転校生にみんなぎゃあぎゃあ騒いでいたのに、お昼休みになった今、彼女はにこにこしながらあたしの一挙手一投足を紙パックの牛乳片手に眺めている。
勿論、周囲には誰もおらず、しかし遠巻きに見守られているのは解って、正直言えば大変居心地が悪い。
「萩原。顔、阿修羅みたいになってるよ」
「うるさい早川、黙っておたべ」
今日はいつもつるんでいる子が休みだからか、一緒にお昼を食べていた早川にげたげた笑われて、あたしはいっそう眉間のシワを深くする羽目になった。
「さすが田舎の情報網って感じだよねー、でも朝囲まれて困ってたぽいし、ある意味策士ってやつ?」
声を潜めて早川は言う。この至近距離で声を潜めたところで大して意味はなく、にこにこしていたアンジュはあら、と眉間に皺を寄せて反応した。
「まったく心外だわ。わたし、そんな理由で瀬那ちゃんと結ばれたいなんて言わないわ」
「だからまじで意味わからんからそれ」
半ばヤケクソにおむすびを齧る。今日の具はたらこマヨとシャケ、ツナマヨである。
食べやすいように小振りサイズで母が毎朝握ってくれるのだが、いつも食べ切れるかどうかのギリギリの量をこれでもかと詰め込まれるので、(抗議はしたが、うちの母は話を聞かないタイプである。)最近は人に食べてもらうことも多かった。
そうしてふと、あたしはアンジュが牛乳しか手に持っていないことに気づく。
繊細なティースプーンみたいに細い指先にどうせくだらないダイエットでもしてるんだろうと思った。
「てかあんた、お昼ちゃんと食べなよ。はい」
「それ体良く(ていよく)押しつけてんじゃん」
1番好きじゃないシャケおむすびの包みをアンジュの机に置くと、早川が呆れた顔でツッこんだ。
「吉良さん、無理に食べなくていいんだよー」
早川が気遣いの言葉をかける。根は優しいのである。
受け取った(受け取らされたとも言う)アンジュは机の上に置かれたおむすびを初めて見る物かのように大きな目をぱちくりさせた。
そして、あたしの顔とおむすびを交互に見つめ、少し困った顔になる。
何かを言いたげに薄い唇を開いたがそれは音にならず、意を決したのか、そっとおむすびを手に取り、ラップをそーっと剥がして、本当に小さなひと口目を齧った。
あまり好きではなかったのか、眉をひそめてやたらにゆっくりとよく噛んだ。
ゆっくりと噛んで、おそるおそる飲み込む。そして黙り込む。
あたしと早川はやけに真面目な雰囲気で咀嚼するアンジュに戸惑って、なんとなく話しかけられなかった。
数秒の間があって、アンジュがあれっ?という顔をした。
両手の中のおむすびを見て、そしてあたしと早川を交互に見る。
あれっ?あれっ?という表情のあと、ぱあっと文字通り花が咲くように笑った。
それは自己紹介の時に見たドールめいた微笑ではなく、なんというか少し子供っぽい、そう可愛い笑い方であたしは少し面食らってしまう。
「……美味しい! とっても美味しいわ、瀬那ちゃん愛してる!」
「……萩原。何が言いたいか解るけど、喜んでるんだし許してあげなよ」
「もういっそ殺せ。介錯は早川がして」
「あんた武士かよ。嫌だよ」
飛び上がるほど喜んで、急にぱくぱく食べだしたアンジュを眺めつつ、再び阿修羅になるあたしを早川はどうどう、と暴れ馬でも宥めるようにたしなめた。
あっという間におむすびを食べ終わり、アンジュは幸せそうにその余韻に浸っている。
その顔を見ていたら、何となくもう怒るに怒れなくなってしまって、あたしは小さく溜息をこぼした。
「ところで吉良さんてさ、どこから来たの?この時期に転校って大変じゃない?」
志望校とか、色々あるじゃん。
食べ終わるなり、どこからともなくメイク道具を取り出して、まつ毛をぎゅうぎゅうビューラーで引っ張りながら早川が問うと、アンジュの表情が一瞬だけ強ばる。
けれどもそれはすぐ消えて、彼女は花のかんばせをふわりと綻ばせた。
「東京よ。……色々あって、今は祖父の家にいるの」
「へーぇ。ってえなになになに?!」
母が身体を壊してね、と言いながら、スっと早川の手からビューラーを奪う。
驚いてまごつく早川をよそにアンジュはあっという間に彼女のメイクを終わらせてしまった。
「あなたは健康的な肌色をしているから、この色よりももう少し優しい色のリップがいいと思うわ」
どうかしら、と早川の机の上に置いてあった手鏡を手渡す。
サラッと手直しされたメイクはいつものキラキラした早川のメイクに比べて落ち着いてはいたが、彼女の可愛らしさを際立てていて、とてもよく似合っていた。
「えーっウソ、プロみたい!すご!めっちゃ可愛い!」

きゃあきゃあ言って喜ぶ早川を見ていると、急にアンジュがあたしを振り返る。
アンジュの薄青色の瞳にあたしの顔が映ると、何だか何も言えなくなってしまって、固まる。
アンジュはおもむろに自分のセーラー服のスカートに手を伸ばし、ポケットから1本の口紅を取りだした。
アンジュの華奢な手がこちらへ伸びてきて、壊れ物でも触れるかのようにあたしの頬に触れる。
すいっと顎を上向かされて、彼女のなすがままに唇へその口紅を乗せられる。
「…瀬那ちゃんは色が白いから、早川さんと違って濃い色が似合うわ。かっこいいのよ」
ほらね、と鏡を見せられる。
「……あっ、」


したことも無い、初めての化粧を施された鏡に映ったあたしは、びっくりするほど「女の子」の顔をしていた。


咄嗟に手の甲で強引に口紅を拭う。
ああ、と残念そうにアンジュが呻き、そして困ったように笑った。
「ごめんなさい。似合うと思ったの」
その穏やかな微笑みにあたしは何も言えないまま、お昼休み終了5分前のチャイムが鳴り始める。
赤い口紅はあたしの頬へベッタリとこびりついていたので、慌ててトイレへと向かった。
飛び込んだ手洗い場でゴシゴシと顔を洗い、そっと鏡を覗き見た。
綺麗に落ちきらず、口元を薄らに汚した赤は見ようによっては血のようでどうしようもない苛立ちがこみあげる。
アンジュの、あの見透かしたような笑顔が嫌だ。
あたしには似合わない。赤も口紅も、女の子らしいものの何もかも。
それを女の子の擬人化みたいなやつに思い知らされてしまった。
惨めでたまらないとはこのことだろうか。
どうしてかは解らない。何だか急に泣けてきて、あたしは午後の授業をトイレなんて最低な場所でブッチすることとなった。


1話 https://note.com/96nek0/n/n223b795bb544
2話 https://note.com/96nek0/n/ndc0d40f69d84

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