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【海賊キャプテン・キッド】のミニ・バイオグラフィー 『世界の偉人は名探偵』より

推理クイズ本『世界の偉人は名探偵』〈1987年版〉の[P.133-134]より引用。
私は無知ですが、たぶん色々な「海賊もの」のインスパイア元なんだろう。


《〈悪名高き海賊〉 キャプテン・キッド(イギリス 1645-1701)

_海賊といえば、骸骨(がいこつ)の旗とともに思いだすのが、キャプテン・キッドの悪名である。しかし、彼は根っからの海賊ではなかった。いや、最初は海賊を討伐(とうばつ)する民間の船長だったのである。イギリス国王から、〈海賊および敵国フランスの船を捕獲し、その貨物、金銭を奪い、もし抵抗すれば武力で制圧すべし〉という特許状をもらい、政界や財界の有力者をスポンサーにして資金を集めて、〈冒険号〉(二八七トン、備砲三四門)で、海賊鎮圧の航海へ出帆(しゅっぱん)したのである。_スポンサーとの契約条件は、戦利品のわずか四分の一がキッド船長と部下の取り分で、しかも、獲物がなければ報酬はもらえない。この不利な契約が、結果的には、キッドを海賊に転向させたのである。〈冒険号〉は、一年半も、紅海やインド洋をさまよったが、めぼしい獲物に出会わなかった。おまけに、乗組員がコレラでバタバタ死んだため、船内に不平不満が爆発した。「このままじゃ飢え死にだ。金もなければ酒もない。海賊をやるほうがよっぽどましだ」_一攫千金を夢見る荒くれ男たちは、キッド船長の無能、臆病さをなじった。_キッドは扇動者の砲手をなぐり殺したが、それくらいでは、もはや部下の反乱をしずめることはできなかった。彼はついに意を決して、海賊に転向したのである。_ひとたび海賊になると、こんどは国王の特許状を脅しに使って、つぎつぎに商船を襲って、積荷や財宝を奪い、水がもる〈冒険号〉を捨てて、捕獲した船に乗りかえた。_やがてキッドの海賊行為が本国に伝わると政府はあわてて国王の特許状を取り消し、彼を指名手配した。追われる身になったキッドは、どの港からも締めだしをくらって、食糧の補給さえ困難になった。_そこで、彼は家族のいるニューヨークに帰港して、略奪した財宝を賄賂(わいろ)に使って赦免(しゃめん)運動をしたが、すでに手おくれだった。_たのみとするスポンサーたちは政変で失脚していたのだ。キッドは逮捕されて、ロンドンへ護送された。_絞首刑になった彼の死体は、見せしめのため、タールを塗って、数年間もテームズ河の岸につりさげられていた。_没収された財産は、わずか一万ポンドにすぎなかったので、生前、どこかの島に巨額の財宝を埋蔵したにちがいないという伝説が、いまなお生きている。》



縛り首になったキッド船長『海賊自身の書』より

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%83%E3%83%89


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