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初心者ラグビー観戦記☆日本代表vsライオンズ〜吠える獅子と一輪の桜と〜

1.『北のアテネ』は今日も雨か

2021年6月26日 スコットランド エジンバラ

検索した当地昼間の天気予報は、

曇り、最高気温13度、湿度は80%を超える

としていた。柔らかな日差しも、薄雲がかかった途端空は暗く冷え込んでくる大ブリテン島の初夏。この日、日本ラグビー界にとって記念すべき試合が行われようとしていた。

ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズvsラグビー日本代表

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ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズ

世界史的にいえば『グレートブリテン及び北アイルランド連合王国』を形成するイングランド、スコットランド、ウェールズ、そして隣国アイルランド共和国の各代表から更に選ばれし戦士達。この《名誉あるチーム》は、四年に一度、英連邦を構成する南半球のラグビー大国3カ国を順番に巡る。それぞれの国にとっては、

『12年に一度』の一大イベントだ。

明らかに《英連邦の内輪行事》でありながら、同時に世界のラグビーファンがその年を待ち望む《一大イベント》でもある。今年は『ライオンズ・南アフリカ遠征』が控えており、その強化試合として対日本戦が組まれた。

とはいえ、

英国高級紙『ガーディアン』のスポーツ面は、時節柄専らEuro2020イングランド代表の対ドイツ戦展望で埋められていた。

高い前評判を裏切ることにかけては定評のあるサッカーイングランド代表。かつての勢いはないものの、腹立たしいほど大事な試合は落とさないドイツが相手では、その心中穏やかでないのもやむを得ない。

このライオンズ対日本戦については、ライオンズ主将アラン・ウイン・ジョーンズ選手のインタビューを掲載していた。コロナ禍はこのドリームチームの活動にも容赦なく影を落としていた。

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会場は、エジンバラ郊外、スコットランド最大のラグビー場《マレーフィールド》。最大で65000人を超える観衆を収容できる。この日は観客数を16500人に制限して行われた。

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試合開始前のマレーフィールド、弱い雨が降っていた。

《オールド リーキー》=『煙漂う古都』の意

このエジンバラの愛称は、産業革命時代に街を覆ったスモッグや特有の煙突を持つこの国の家屋からきているらしい。

特別だと思われるのは、当地の古い建物には正面にたくさんの煙突がありまるで塔のように見えることで、それを絵にしてみた。

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(チェコのジャーナリスト・作家のカレル・チャペック著『イギリスだより』(ちくま文庫)より 

この日のグラウンドには、絹糸のような霧雨が降っているかにみえた。あたかも当時のように会場を白く煙らせていた。

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各チームの代表が入場した。

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日本代表(以下、ジャパンとよぶ)はリーチ主将を先頭に。

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ライオンズ、獅子のぬいぐるみを持ったアラン・ウイン・ジョーンズ主将を先頭に。

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国歌は日本だけが歌った。

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ライオンズを構成する4カ国は、アイルランドは当然として、連合各国も別個に国歌的な歌を持っている。

ウェールズは13世紀以降にイングランドに併合され今に至る。

スコットランドがイングランドと『グレートブリテン王国』を成立させ、結果として政治的独立を失ったのは1707年。

1801年イングランドに併合されたアイルランドが、完全にイギリスから独立を果たしたのは1949年。

北アイルランドの帰属を巡り和解(ベルファスト合意)ができたのは1998年。サッカーと違い、ラグビーではアイルランドと統一チームを組む。

その翌年、スコットランドに独自の議会が復活した。

ライオンズ構成国のあまりに複雑すぎる歴史。

それを思うと、このチームの選手達、観客達にどんな感情が沸き起こるのか、部外者の日本人には全く想像がつかない。ライオンズのユニフォームには、

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ウェールズの赤、イングランドの白、スコットランドの紺、アイルランドの緑でデザインされている。ユニフォーム上下には、四つの紋章が配されたエンブレムがついている。

今も昔も、このチームは《英連邦団結の旗印》であり同時に《血の歴史との訣別、和解の象徴》なのかもしれない。

雨は止んだように見える。試合が始まった。

2.獅子達は《岩》となって

試合開始直後から、ライオンズは容赦なく襲いかかってきた。

屈強堅固、みるからにイカつい。

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歳のわりにはオッさんに見えるが、人柄は良さそう、酒にも強そう、そんな見た目の選手が多いライオンズ。スタメンはスコットランド、ウェールズ、アイルランドの選手で占められていた。

開始早々、私は実感した。

これは別のスポーツだ!

一応、去年の大学ラグビー開幕戦から始めて、トップリーグ開幕戦から最終節、トーナメントも決勝まで生観戦を続けてきた。今月の日本代表強化試合対サンウルブズ戦も静岡で観たばかりだ。

にしても、やはりこれは今季私の見てきたラグビーとは違う。

ボールを持った瞬間、恐ろしい勢いでライオンズの選手はタックルにやってくる。

《隕石》が一度に二つ三つと激突してくる、そんなイメージ。

バッター大谷に3球続けて150キロのデッドボールを喰らわせる、そんなイメージ。

強度が違う、速さが違う。

トップリーグでも、激しいタックルには思わず目を伏せ、その音に耳を覆いたくなった。その強さをはるかに上回る。しかも身長が高いから、まるで覆い被さるようにぶつかってくる。

日本代表は、松島幸太朗選手を中心にスピードで勝負する。しかし相手の圧は強い。ボールを持ってもジリジリと後退を余儀なくされ攻撃の糸口を掴めない。

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前半5分、攻め込んできたライオンズ、ラピース選手のジャッカルでジャパンは辛くも窮地を脱する。

ボールを持つ姿勢が高いとすぐ抱え込まれる。低くいけば持ち上げられる。

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少しでも他の選手のサポートが遅れると、即ボールに屈強な腕が伸びてくる。

早くも7分ライオンズ主将アラン・ウイン・ジョーンズ選手が負傷で交代した。本番が心配だ。

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試合開始10分をすぎた頃から、ジャパンはジリジリと攻撃のスピードが落ち、リズムが崩れる。ボールが手につかない。手にしても奪われる。この状況はペナルティーという形に現れて、日本代表を否応なく苦境に追いやった。

ノックオン

ノット・リリース・ザ・ボール 

ライオンズの司令塔、ダン・ビガー選手は、精密機械の如く正確にボールを蹴り出した。真っ直ぐに伸びのある弾道は、まだ微かに煙ったグラウンドを美しく切り裂いていった。

敵陣深く入ったライオンズは、途端にギアを上げ、今度はスピードで日本代表を翻弄した。間断なく、速く強く前に出る。こうなるとトライは時間の問題だった。明らかにジャパンの防御のリズムは乱れていた。

11分 茂野選手リーチ選手を振り切って、ライオンズ14番アダムス選手トライ❗️

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ダン・ビガー選手は難しい角度を成功させる。

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7ー0

17分 ジャパンの乱れたディフェンスの脇から、スルリと大外右に抜けたライオンズ11番ファンデルメルバ選手トライ❗️

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もちろんダンビガー選手は失敗しない。

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14ー0

開始20分もしないうちに、ジャパン大敗の予感すら胸をよぎった。

22分、ジャパンのペナルティーからダン・ビガー選手の確実なキックで、ライオンズは敵陣深く入る。

ラインアウトから押して押して、最後は左に出たボールを13番ヘンショウ選手トライ❗️ジャパンのラファエレ選手を引きずったままゴールラインに飛び込んだ。

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この方はアイルランド代表。アイルランド音楽の《ミュージシャン》でもあるらしい。

ダン・ビガー選手キック成功。

21ー0

この後、ジャパンはようやく敵陣に入る。しかしライオンズの圧は強く、ペナルティーを取られてそれ以上進めない。

とはいえ、少しずつ慣れてきたのだろうか。山中選手、ラファアレ選手が外側から走り込む。パスも田村選手が角度緩急に変化をつけて前進を図る。攻撃のリズムはできつつあった。

しかし、この日はジャパンは、ここぞの場面でペナルティーが多くチャンスをものにできない。

このもどかしい前半、淡々と、しかし見事に仕事をこなす選手がいた。

松島幸太朗選手だ。

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懐かしい!サントリー時代も一人別次元だったが、フランスに渡り、更なるバージョンアップを遂げていた。

この試合、キックが鍵、とも言われていた。高く上がるライオンズのボール、その落下点に絶妙なタイミングで入り、安定したキャッチ、そしてすぐ次の攻撃につなげる、あるいは自ら走る。

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例えていえば、4回転ジャンプ後の羽生結弦選手だろうか。確実に氷を捕らえた着地、すぐ次の演技に移れるエッジの技術。

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松島選手のキャッチング、その瞬間は美しい。しかもその直後の連携もスムーズだ。味方と練習していたとはいえ、隕石が複数襲来する中で即時の予測と判断、これこそがフランスで得た賜物なのだろう。

彼が一度走れば、あの私達を魅了してきた

強く、速く、リズミカルなステップ

で次々と敵を置き去りにする。これもまたフランスで磨きがかかっている。

前半終了間際、ジャパンは敵陣に入る。

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日本は新人フィフィタ選手を始め再三前進を図る。

とはいえ、トップリーグとは異なる強度にチームはやはり適応しきれなかった。スピードに乗れなければ勝ち目はない。その糸口を掴めぬまま前半は終了した。

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21ー0

試合が壊れないギリギリの点差だ。

2.桜一輪、また一輪🌸

前半同様、ライオンズは、フィジカルを全面に、かつ敵陣に入ると即スピードアップする硬軟・緩急自在の攻撃を展開していた。ジャパンは未だ攻め方を見いだせない。

そして、開始5分もたたないうちにピンチはやってきた。

ペナルティーから敵陣深く入ったライオンズは、ラインアウトから出たボールを絶妙にキック、これはライオンズのノックオンでトライに結び付かず、

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2度目のラインアウトでも、ライオンズはトライ、かと思われたが、これはノートライ。

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その後も攻勢に晒されるジャパン。

この時、明らかにジャパンのディフェンスに穴があった。

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6番バーン選手独走トライ❗️

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ダン・ビガー選手キック成功

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28ー0

開始10分も経っていない。

こうなると、みている方も辛くなる。

しかし、ここから面白くなった❗️

交代で姫野選手が入ったのだ

ニュージーランドで新人賞まで受賞した彼は心身ともに鋼鉄のように逞しくなっていた。

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《隕石の襲来》にも動ぜず、2、3人引き連れたまま前進、素早いボール奪取もこなれたもの。

同じく交代で入ったSH齋藤選手の緩急ある速い球出しに攻撃のリズムも良くなってきた。

交代で入ったタタフ選手も襲ってくる《隕石》を跳ね飛ばすように前へ出る。

さて、フィジカルとスピード、どちらが鶏、どちらが卵なのか。

少なくともこの試合を見た限り、

フィジカルである程度互角に勝負してこそ生きるスピード

そんな気持ちになった。

スピードに乗れば、ジャパン本来の良さが生きてくる。交代で入ったパワー系選手テビタ・タタフ選手の存在も大きかった。彼はスピードもある。

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山中選手が抜ける!キックも使いさらに走る!

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ここはタッチの差でライオンズが先に追いつく。

ジャパンは、スピードが上がる。再三敵陣ゴールライン近くに迫った。

58分、ジャパン敵陣でジャパンボールのラインアウト

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姫野選手、タタフ選手にサポートされつつ赤い隕石を次々振りほどく!見事にトライ‼️笑顔には余裕すら感じられた。

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田村選手も落ち着いてキックを決めた。

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28ー7

この後もジャパンの攻勢は止まらない。

攻撃もスピードに乗れば、相手のペナルティーも多くなる。

ジャパンはその後64分、67分、立て続けて2度のペナルティーキックのチャンスを得て、田村選手は1つを成功させた。

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28ー10

日本は齋藤選手がテンポよくボールを出していく。攻撃はさらにスピードアップする。

残り時間はあと10分!

山中選手、松島選手、タタフ選手、フィフィタ選手が飛び出す!ゴールラインに飛び込んだ姫野選手、しかし、ライオンズ渾身のディフェンスでトライには至らない。

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あと2分!

松島選手のランがグラウンドを切り裂く、ライオンズが守る。

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さすがに疲れがでたか、ジャパンの連携が合わなくなってきた。

とはいえ、テレビに映るジャパンのジェイミーHCは微かに笑みを浮かべていた。満更でもなさそうだ。

ジャパンのペナルティー。時計は80分を回った、

しかし、日本はボールを奪取し攻め続けるが、最後のオフロードパスは松島選手には渡らなかった。

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ノーサイド

28ー10 ライオンズ勝利!

選手は互いの健闘を讃えあった。

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お互いの面目を保った試合、となっただろうか。多くのライオンズファンが占める会場は、勝利した安堵の雰囲気と、後半奮闘したジャパンへの拍手が送られていた。

ライオンズは、あるいは後半もゲームをコントロールしていたのかもしれない。南ア遠征に向けて怪我は禁物、無理して追わず、でもトライはさせず。結局ジャパンのトライは姫野選手の1トライのみだった。

エジンバラの湿った空気の中、《隕石の襲来》を受け続けた80分間。それは世界との距離が依然遠いことを実感させる時間でもあった。

とはいえ、前後半通じての松島選手、後半の姫野選手やテビタ選手、齋藤選手らの躍動と日本代表の戦う姿勢には、確かな希望の光が見えている。

新しい桜🌸

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W杯2019日本大会南アフリカ戦から616日、色を変え形を変えて、日本代表は、《より高い場所》に、一輪、また一輪と花を咲かせ始めている。

選手達の顔に笑顔が見えた。

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エジンバラの曇り空にも僅かに薄日がさしてきた。

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〜あとがき〜

ラグビーマガジンが記念号として出版した

『ラグビー日本代表 フランス2023へ』

この冒頭、今後の日本代表について、長いインタビュー記事が掲載されていた。

もちろん話し手はお約束の《この方》。

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(普段ラグビーを観ない方へ。この方が、現ラグビー界屈指の智将にして星野仙一的烈将の沢木監督です💁‍♀️)

私が勝手に『ミスター』とよぶ沢木敬介キヤノンイーグルス監督。

試合前にこの記事を読んだ際、ミスターが

『強豪国とのテストマッチを重ねること』『若いうちから高いレベルでプレーすること』

を強調されている意味を、一応理解したつもりでいました。

いやいや!私は何もわかっていなかったのです。

海外の強豪国、そのハードな試合ぶりには絶句しました。今まで見てきたものと別のスポーツが展開していました。

より強く!より速く!よりしたたかに!

その意味で、その強度、スピード、間合い、レフリングに慣れている姫野、松島両選手が出色の出来であったことに納得です。

ミスターは一般論ではなく、かなり差し迫った日本の現実的課題を口にしていたのでした。2023までに間に合うのか、本当にギリギリなのかもしれません。

ミスターの言葉を今改めて読み返すと、ジャパンの道のりはまだまだ遠いことを実感します。

一輪、また一輪、桜の花を咲かせるしかない。その道のりをこれからも追っていこうと思います。















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