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【2700字】クリス・マスカラス【毎週ショートショートnote】

お題を見た瞬間から、このネタしか考えられませんでした。先行で発表されている方とかぶっております。つきましてはお題がさらに絞られた〝マスカラスねた〟というカテゴリによる投稿だと思って読んで頂ければありがたや~。

たらはかに様の毎週ショート&ショートnoteに参加しました!

ある中核都市のこと。
その地方都市に点在する児童施設はどこでも予算削減による運営難にあえいでいた。〝児童館〟と〝こども食堂〟を合わせたような機能をもつこの自治体独自の施設だった。

そこでの館長といえばおおかた民間人による兼務である。そしてその多くがシニアと呼ばれる世代だった。

ある児童施設の館長は近隣の教会の神父さんが勤めていた。
「これでは存続が立ちゆかぬ!」
行政はあてにできなかった。なんとか自分達の手で盛り上げるしかない。

神父さんが音頭をとって館長達が集められた。何度も会合が開かれた。その会合では必ずある結論に行き着いた。そしてそれはまさにこういった状況を突破した好例だった。参加した全員の頭には映画〝ナチョ・リブレ〟があった。



(ご存じのない方はこれをご覧下さい。予告編です。あいにく日本語版を探すことができませんでした。雰囲気だけでもどうぞ。筆者注)


『ナチョ・リブレ』は実話がベースになっている。メキシコの孤児院の修道僧が、収容されている子供達に良いものを、美味しいものを食べさせたいと覆面レスラーになって賞金稼ぎをするというストーリーだ。

『タイガーマスク』も同じエピソードをヒントにしたという話があるが、館長たちがいずれも思い描いていたのは『ナチョ・リブレ』だった。

「は~・・・」
毎回全員がため息をついて会合を終えた。確かにプロレスはいい。だが館長達はいずれもシニアと呼ばれる世代だった。プロレスなんてできるのか?

だが、ため息をついているだけでは何も起こらない。物事を進めねばならない。活躍を期待するステージはYouTubeと決められ、そしてまず、館長達8名が所属する格闘技の団体『アベンジャーズ青年部』が立ち上げられた。チャンネル名も同じものとした。

シニアが青年部だって?
これでいいのだ。いま時どこの青年団、青年部も主体はシニアだ。40代、50代はまだまだ若手なのだ。同じようなものに若妻会などがある。そして若妻会というのに若妻がいたためしがないというのもお約束だ。決して名前詐欺ではない。こういうものなのだ。

全員がプロレスは無理と考えていたが覆面は必須だった。子供達に素性がバレてはならぬ。体を動かすのは難儀だったが、マスクをつけるのだけは楽しかった。そしてプロレスだけはなんとかお茶を濁すことにした。

「8人で詰め将棋」のトーナメントの投稿をした。
チャンネル登録者はいなかった。

「8人で紙相撲」のトーナメントの投稿をした。
チャンネル登録者は2人だった。

「8人で指相撲」のトーナメントの投稿をした。
チャンネル登録者は5人に増えた。

「8人で腕相撲」のトーナメントの投稿をした。
チャンネル登録者は15人に増えた。

やはりフェイクではダメだった。人々は本物が見たいのだ。

『アベンジャーズ青年部』のメンバーは覚悟を決めた。数ヶ月走り込みやジムに通って体を作った。その後、地元のアマチュアレスリングのグループに弟子入りをして技を磨いた。いや磨くほどの技など最初からなかったので最低限戦えるだけの簡単な技を教えて貰った。そしてとにかく受け身、防御を訓練した。そうした準備に充分時間を掛けたうえYouTubeに戻った。

真剣にはじめたプロレスリーグは少しずつ視聴者をふやしていった。しかし鍛えたとはいえ基礎代謝がおちまくった体は痛々しい。そして空中戦もなければ、動作も緩慢だった。1ラウンド15分ももたず、せいぜい5分がいいところだった。

だが覆面をすることにより我を捨てることができたのか、全員がプロレスパフォーマンスを楽しんだ。普段と全くちがうキャラクターが出せるのが面白かった。そしてこのチャンネルの売り文句は〝目の覚めるようなスローモーション〟だった。

特に視聴回数の増大に貢献したのが、華麗な空中殺法で有名なミル・マスカラスをリスペクトして自身のリングネームとした神父。そしてやはりコミカルなマイクパフォーマンスで会場のすべての観客を魅了したラッシャー木村に心酔してラッシャーを名乗る町工場の社長だった。

この二人の対戦でチャンネル登録者は大幅に伸びた。

神父のほうは実は入信前にやんちゃをしていてテコンドーの心得があった。60歳近くになっても若いころに身につけた技は衰えを知らない。いまだにキレのある攻撃を繰り出すことができた。メンバーの中で唯一攻撃らしいことができるのは神父のマスカラスだけだった。

ちなみにテコンドーといえば、華麗な回転を伴う蹴り、高さのある突きや蹴りなどが特徴だ。またわずかながらも関節技がある。神父は飛び回し後ろ蹴りを得意技にしていた。ただしその破壊力もよくわかっていたため、深刻なダメージを与えぬよう手加減することがほとんどだった。弱点といえばすぐに息のあがるところだろうか。攻撃は一分も持たなかった。

それに対する町工場のラッシャー社長は、攻撃スキルは全くと言っていいほどなかった。もっぱらマイクパフォーマンスで人気を博した。

例によって神父にコテンパンにノされた町工場の社長は試合後のリングでマイクを手にした。

「おい。マスカラス!逃げるな、こら!神父のマスカラスだから、ファーザー・マスカラスか。いやファーザーじゃない。青あざマスカラス。いや違うな。クリスチャンだから、クリス・マスカラスか!いいか、強いからっていい気になるなよコノヤロウ!お前のこの一年を漢字一文字で表してみろコノヤロ!」

ラッシャー社長は神父にマイクを手渡した。
「世相と同じ『戦』ですかね。プロレスリーグも立ち上げたことだし」

それ以降はすべてラッシャー社長の独壇場だった。
「真面目に答えてんじゃねーよコノヤロウ!ちょっとはボケろってコノヤロ。俺はな『高』であり『膨』だ。今年の物価高は異常だろ。まあ世界中どこでもそうなんだが。だから高であり、インフレの膨だ。まったく仕入れ値やガソリン価格の高騰ときたら、なんだコノヤロウ!ついオレまでグチってしまったじゃねーかコノヤロウ。ボケじゃなくてごめんな!」

「おい、クリス・マスカラス!今年のお歳暮はカルディのコーヒーセットだコノヤロウ!ちなみに来年のカルディの福袋の倍率は例年に比べてめちゃくちゃ高かったらしいぞコノヤロ!心して飲めよ」

こんな調子でチャンネル登録者は1万人に届くほどになっていた。収益化はしばらく前から始まっていた。つい自分たちでも楽しんでしまったプロレスリーグだが当初の目的を達成しつつあった。

この動画の最後もやはり社長の一言だった。
「おいマスカラス。せっかくだから一句おくるぞコノヤロウ!『マスカラス施設の食事は不味からず!』だ。もっと精進していいもん食わせてやれ!文句あんのかコノヤロウ!」

社長の言うとおりだ。もっと頑張らねばならない。
とその時、神父の頭にふと閃いたことがあった。

そうだこの人気を利用して市議選に出馬するというのはどうだろう。もちろん覆面レスラーのクリス・マスカラスとしてだ。確か先例があったはず。

市議になれば直接予算にかかわれる。来年は統一地方選挙の年だった。

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