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ゆき(25)職業:看護師の等身大ラブストーリー

看護師をして3年目、仕事も慣れてきて後輩もできた。
ひと月が一瞬のようだけど、やりたい事をやれていて充実していた。



でも充実しているのは仕事面だけだ。


先月の連休に山形の実家に帰った時だった。
「その年で結婚、早いってわけじゃないんだからね〜。」
何気ない、もう覚えていない言葉であろう。でもずっと心に刺さったままだ。
"結婚"そのワードは自分にはまだ関係のない言葉だと思っていた。
「4年も彼氏いないし。。」




大学生の当時3年お付き合いをした彼がいた。
今でもマサキの事を思い出す。


出会いはナンパだった。授業の帰り友人と歩いてるところを声をかけられたのだ。
私に声をかけたのではない。友達のヒカリに声をかけたのだ。

苦手だった。他の人にもやってるだろうし。。そんな第一印象だった。


ナンパに連絡先を交換していたヒカリから4人でデートしようと言われていた。
ヒカリの押しの強さもあり断れなかった。

乗り気じゃなかった私もデートとなると心がざわつく。
魔法の言葉だった。

集合時間15分前だ。まだ誰もいないだろうと思っていたがそうではなかった。

(どうしよう。名前もわからない。。)
連絡を取り合ってるのはヒカリだ。
もう帰りたくなった。
でも咄嗟に、グイグイ声を掛けてきた方じゃ無くて良かったとも思ったのだ。

あ、という顔をして向こうもこちらに気づいた。

「こ、こんにちは。。」
そんな感じの挨拶だったと思う。声も出てなかったかも知れない。

「早く着きすぎちゃって。。そういう性格なんですよね。
あ、マサキって言います!」
私もだ。楽しみとかワクワクではなく、そういう性格なのだ。

「ゆきです。今日お願いします。」


謎のお願いをしていたころ、ヒカリがやってきた。心からホッとした。
「おっはよー。マサキだよねー?よろしくねー!」

ヒカリのコミュニケーション術には惚れ惚れする。
だからモテるのだ。美人だし。

もう1人のタケシくんも来て、私たち4人はランチに向かったのだ。


食事の途中も会話の流れは変わらない。ヒカリとタケシくんが会話の中心だった。わたしは全然だった。

食事の後ボウリングをして、タケシくんがバイトのため解散になった。

「あたしも買い物して帰るー!また連絡するね。」
2人取り残されたのだ。


「どっち方面に帰りますか?」
そう聞かれ最寄りの駅を答えるとまさか一緒だったのだ。

急に2人になってとても気まずい。
話しかけることも出来ずにいた。


「今日はありがとう。」

「俺も楽しかった!ヒカリちゃんにもありがとうって伝えておいて!」
「ゆきちゃん良ければLINE交換しませんか?」

(意外だった。2人ともヒカリ狙いなんだと思っていた。ヒカリと連絡先交換してないんだ。)


連絡先を交換して家についた。
彼からの連絡を少しだけ待っている自分がいた。
「名前呼べなかったな…。」

4人でのデートの後、ナンパをする軽薄そうなイメージは薄くなっていた。



数日してたまたま駅の近くで彼を見かけた。
声をかけようと思ったがかけ方が分からない。
身長の高い彼を遠くから見ることしか出来なかった。

次見かけたら声をかけよう。。



その次は1ヶ月もしないうちに来た。
彼は少し薄着でどこかに電話をしていた。
(電話をしている所に声を掛けるのはバツ悪いなあ。)
そんな思いとは裏腹に彼が大きく手を振ってくれた。

彼のそばに行くまでの間に電話は終わった。
「久しぶり。」
「久しぶり!元気だった?」
「うん。そっちは??」
またやってしまった。名前がどうしても呼べない。
マサキくん?マサキさん?そんなことで頭の中はぐるぐるしていた。
そんなことを悟られまいと、余計に口が開いた。
「そんな薄着で寒くないの??」
「まあ、元気だよ!寒い!笑 けどちょっとね、。」
彼が目を配った先に、あのデートの時に来ていたグレーのブルゾンが地面に落ちていたのだ。


彼が「なんかさ~」と状況を説明してくれた。

大きいハイエースできた専門業者が彼に話を聞いていた。
「このジャンパーどうします?捨てちゃっていいですか?」
「お願いします、、。」
業者の方が頭を下げて帰っていった。


大学の帰り道、
野良猫が轢かれて死んでしまっていた。
(生きてる時はかわい~ってなるのに、死んじゃった途端 キモっとか、子供に見ちゃダメとかあまりにもひどくない?)
自分の着ていたブルゾンを掛けて、ネットで調べて連絡をしたのだという。


「あ~あのアウター気に入ってたのになぁ笑」
そう言っておどけて笑う彼の横顔が印象的だった。


この日最初抱いていた、彼への悪いイメージががらりと変わったのだ。


分かれ道まで2人少し歩いた。
彼との時間は心地よく、あっという間だった。
どんな話をしたかは覚えていない。

だけど、勇気を出したことは覚えてる。

「マサキくん、またね。」



その日から来るマサキくんからのLINEが嬉しかった。
彼からの告白を受けた時、私はどんな顔をしてただろう。


付き合った3年で「マサキくん」から「マサキ」へと呼び方も変わっていった。

ずっとこの人と居たいと思っていた。





その想いが私をダメにした。


小さい頃から看護師に憧れていた。
しかし、恋人といる時間への誘惑に負け看護師国家試験に落ちたのだ。
彼と将来を天秤にかけ、自分の夢を選んだ。
幸せだった3年を身勝手に捨て別れを告げた。



受験と仕事で4年が経った。
あれから恋人どころか好きな人もいなかった。


(私はこれからずっと1人かも知れない。)

彼の思いを無下にした報いかもしれない。
仕事でミスが起きるとこうネガティブになる。

健康診断シーズンでいつも以上の忙しさだと気分が落ち込んでいた。



肌寒くなってきたある日の午前中
健康診断の対応で私は採血を行っていた。
次の順番の受付票を確認した。


マサキの名前がある。
同姓同名。誕生日も一緒だ。まさか。



会いたい。

けど合わせる顔が無い。


私は伏せ気味に彼を確認した。
スーツ姿の彼は初めてだった。彼との思い出と罪悪感で胸がつかえる。

もう4年も前の事だ。
彼には彼の人生がある。 今話かけられても迷惑だ。


「ゆきちゃん、だよね?」
彼の少し高い声が背筋を這う気がした。
「うん、元気だった?」
「まあ、元気だよ!看護師なれたんだ。おめでとう!」
「ありがと、、。」


会話はそれだけだった。
涙を堪えるだけで必死だった。

彼に再会した事で頭がいっぱいで気がつくと仕事は終わっていた。



「変わってないね。会えて良かった。」

彼からのLINE。。嬉しかった。
いつも彼から声を掛けてくれる、4年前みたいに。

「うん、びっくりした。」
「スーツだったね。」

「白衣だったね。」

そんなやりとりで涙が滲んで画面が見えなくなった。
4年という空白を埋めてくれる様だった。






でも実際は埋まらなかった。
マサキくんは文房具メーカーの営業マンをしている。
一ヵ月後には関西への転勤が決まっていた。

ほんの少しでも期待していた私がいた。
何事もなかったかの様にマサキくんと過ごせるんじゃないかと。



私の気持ちが溢れ出した。
会いたい。会って目を見てはなしたい。
今朝の「ゆきちゃん」ではなく、4年前の「ゆき」と呼んでほしい。


「マサキ。ねえ、会いたい。」

送信ボタンを押した。




週末、マサキくんは時間を作ってくれた。
学生時代2人で行ったカフェは潰れてしまった。
その跡に建てられたオシャレなカフェで待ち合わせた。

時間よりも早く着いてしまった。
彼はネイビーのコートを羽織り、すでに椅子に掛けていた。
「こんにちは。。」緊張から声が出なかった。

「早く着いちゃったよ。」
そう笑っておどけていた。

私たちは2時間話尽くした。
たくさん笑って、たくさん泣きそうになった。
たくさん彼の穏やかな声も聞けた。
けど自分の気持ちは、なにも伝えることができなかった。いや、あえてしなかったのかもしれない。


「ねえ、ゆき。遠距離は負担かけちゃうかな?」

予想外の言葉だった。
ゆきと呼んでくれた事ではない。
彼が2度目の告白をしてくれた事だ。





私はどんな顔をして返事をしていただろう。






1ヶ月して、彼が大阪に行く日が来た。
仕事を休み品川まで見送る。


1ヶ月の間私たちは4年間を取り戻した。
綺麗な景色を見に行って、美味しいものを食べて、愚痴まで聞いてもらった。
マサキの家で、彼の好きな豚の生姜焼きまで振舞った。
幸せだった。ずっとこの人と居たいと思った。




「大阪か~。楽しみだな~。」
「うん。。気をつけてね。」
「ありがとう!また偶然会えたらいいねっ!」
「うん。マサキくん大阪でも頑張ってね。」
「ゆきちゃんも!」

新幹線が見えなくなるまで、そこを動けなかった。


互いに呼び捨てだった1ヶ月は私にとって大切なものだった。





彼を見送ったあと、母親に電話をした。

「もしもし、お母さん?」
「あたし、まだまだ結婚しないと思う!」

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