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125mlの水で

 俺はきっちりした性格ではないが、今、目の前にはちょうど125mlの水を汲んである。

 わざわざビーカーで測った。なんで俺の部屋に理科実験用のビーカーがあるかというと、俺はそういう珍妙な小物の収集癖があるからで、キッチンにはフラスコも試験管もあるし、食卓の上にはアルコールランプもある。全て、ガチの実験で使えるものだ。

 他にも、実際に使われていたドイツ製の義眼や、珍しい鉱石、美しい蝶の標本、大昔のどこかの地域の地図などなど、まあ、俺はアンティーク愛好家だった。

『カプセルを割り、中身を舌下で五分溶かして、その後125mlの水で嚥下する』

 目の前で白っぽい光を放つMacのディスプレイにはそう書かれていた。
 もちろん、カプセルは指定の市販薬を用意してあるし、嘔吐した時の対策として袋も用意してある。

 今時、処方箋を偽装してベンゾ系とかの睡眠導入剤ないし抗不安薬をグレープフルーツジュースで飲み干すなんてしなくても、いくらでも抜け道はある。

 

 ところで俺はもうすぐ二十歳になる。あえて社会的形容詞を挙げるなら、一応、大学生という肩書きが冠されるのだ、一応。

 結局。

 俺は思う。

 結局俺は、負け犬なんだろう。

 大学なんてどうでもいいし学歴なんかどうでもいいし恋人とかもどうでもいいしぼっちでいてもどうでもいいし家族なんか論外だし、嗚呼、このアパートに配置されているクールなアンティークたち以外は、結構割と、どうでもいい。俺の遺品としてあの両親の手に渡るのは癪だし吐き気すら催すが、だからってこれらを全部壊したり売ったりする気には、到底なれない。
 生身の人間としての『どうでもよくないもの』を得られなかった人生だ、終わることもまた、どうでもいい。

 俺のコレクションの彼らには、目撃者になってもらう。

 さあ始めましょう、終わるための旅路を。


 目が覚めたのは、どれくらい経ったか分からないが強烈な西日で右頬が熱かったからだ。
 何故、死んでいない?

 そう喫驚した次の瞬間、俺は強烈な頭痛と吐き気に襲われて、四肢にも力が入らないのでそのまま床に嘔吐していた。

 激しく咳き込んで、気づいた。異臭がする。まさか、と思ったら、ハーフパンツに尿が漏れていた。そしてそれには、血液が混ざっていた。

 俺は苦労して上体を起こし、変わらぬ光を放つMacに向かう。そしてページの最下層にある小さな文字列を目に映して、馬鹿馬鹿しさのあまり笑ってしまった。

『※生理中の女性は、ホルモンバランスによって致死量が異なる場合がある』

励みになります! 否、率直に言うと米になります! 何卒!!