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【書評】最果タヒ『少女ABCDEFGHIJKLMN』

対象書籍 『少女ABCDEFGHIJKLMN』
著者   最果タヒ
出版社  河出書房新社
発行日  2022年3月20日
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Aにも届かない

最果タヒは名実ともに現代を代表する詩人であり、とくに若い女性から厚い支持を得ている。その最果氏の小説『少女ABCDEFGHIJKLMN』が今年3月に文庫化した。

収録された短編四点のうち三点は女子高生が主人公だ。しかし、SNSが今よりも発展していたり「誰かを殺すとその人を身籠る」という都市伝説が広まっていたり、薬品を使って愛を生成していたりする。現実とは異なる世界だ。その世界の中で主人公たちは各々の謎にぶつかる。謎の内容はさまざまだが、因数分解していけば、つまるところすべて「愛や恋とは何なのか」になる。自己さえも定まらない年頃の彼女たちは、これまで知り得なかった巨大な感情と出会い、正体を探ろうと必死にもがく。最果のメイン読者層のようにだ。自然と親近感をおぼえるだろう。ページが進むにつれ私たちの世界と作中世界の乖離は大きくなり、それは三点目の短編「宇宙以前」で極まる。主人公も女子高生でない。それでも、作中の人々の感情は我々が抱くそれとなんら変わりないと、強く確信しつつ読み進められる。

「愛や恋とは何なのか」本書はこの謎の答えを示してくれるようで、実はまったくそうではない。作中の人々は確固たる答えを得るわけではないし、それを読む私たちも同じだ。書を捨てようが熟読しようが、謎は謎のままである。ただただ、謎を抱く私たちへ、寄り添うばかりだ。それが心地よい。おそらく答えを差し出してくれるよりも心地よい。作中の人たちと会いたかったから物語を書いた、と最果氏はあとがきで述べている。その慈しみの目が感じ取れるから、読者である私たちもやさしい気持ちになれるのだろう。

「さみしさが海みたいに、やってきて、私の心を、砂浜を、飲んで、ちいさな貝殻を置いていく。」(「きみは透明性」)「もうすでに、分厚い雲の最上部が月とついに接地して、粉砂糖を振ってもらっているかもしれなかった。」(「宇宙以前」)詩人らしい比喩表現も光る。いま恋や愛に悩める人にも、もう悩んでいないと錯覚している人にも、ぜひ読んでほしい。

(初出 『詩と思想』2022年5月号)

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