コンビニで酷い目にあった話

知人が個人経営しているコンビニを手伝いレジ奥の部屋で休憩をしていると、突然怒気を含んだ声が聞こえた。

様子を覗くと
「話の分かる奴を呼んでこい」
と、客のオヤジがレジにいるアルバイトの木村に怒りをぶつけ、店員を呼び出すボタンを押した。
私は木村を援護しようと部屋を出たが、足を一歩踏み出したその先に何故か蝉がおり、私に踏まれまいと足元で暴れ出した。

もはや個人的には木村どころではない。
私は床で旋回する蝉を必死に避け続けた。
その結果、オヤジと木村は蝉が暴れ回る中、突然真顔でサンバのリズムを刻む不気味な店員を目にする事となった。
「話の分かる者」を呼び出すためにボタンは押された筈であるのに、明らかに話の通じなそうな店員が奥から出てきてしまった。
オヤジの目に不安の色が伺えた。

私は蝉の旋回を汗を滲ませながらも必死に抜けた。
そして「客優先」という当店のポリシーを尊重し、まずはオヤジと話し合おうと心を落ち着かせ向かい合った。
その瞬間、蝉がこちら向かい飛んできた。

危機的状況であったが、私は奇跡的に蝉を両手で包むようにキャッチする事に成功した。
しかし蝉は尚も私の手中で「ジジジジジ」と暴れており、主張の強いまっくろくろすけを捕獲したメイちゃん状態となった。
両手は塞がってはいるものの、私は勤務を全うしようと先の怒声の理由をオヤジから伺う事にしたが、蝉の動向に気を取られ
「どうなされた?」
などと、現代ではあまり聞かぬ いにしえの口語となってしまった。
オヤジは蝉を両手で包む汗にまみれた武士に語りかけられるという奇抜な擬似体験をした。
妙に重みのある接客となってしまった。

オヤジはしばらく黙った後に「いいから、早く外に出して来なさい」と口を開いた。
どことなく何かを諦めたかのような、どこか力無い声であった。
私はお言葉に甘えさせて頂き、コンビニのドアを開け蝉を外に放つ事にした。

しかし放虫した瞬間、あろう事が蝉はUターンを決め込み店内へと戻っていった。
更に何故か外にいた他の生きの良い蝉までもが私の耳元を横切り入店を果たす事態となった。

蝉が増えてしまった。

店内は客と木村の悲鳴が響きパニックとなった。
虫が苦手な木村は半泣きである。
オヤジと私は共通の目的を持ち、最初の蝉を捕獲したが、後から来店した蝉は店内の時計にしがみつき捕獲できなかった。
オヤジと私と木村は、黙って時計の蝉を見つめた。

背に腹は変えられぬと、私は店で売っている虫取り網を購入する事にし、オヤジにそれを受け渡した。
蝉を片手にオヤジに頑張れと声援を送る最中、今度は休憩を終えた店長が蛾と共に外から店に入ってきた。

店長は、半泣きの木村と蝉を持つ私、更に一見すると時計を網で捕獲しようとしているように見える怪しいオヤジが目に入った。

どうして自身の店には変な者ばかり来るのだろうか。
そして、何故あのオヤジはうちの店の時計を網で捕獲しようとしているのだろうか。

店長は一人心の中で嘆いた。

【追記】
蝉は二匹とも羽も無事であり、外にお帰り頂いた。
店長はハローキティの要領で頭にわりと大きめの蛾がとまっていた為、悲鳴を上げる木村に蝉と共に今一度追い出される事となった。

因みに木村はその後ヤモリにも襲われた。


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