苦情に対応したら、次の日再び現れ酷い事となった話

その日、私はバイト先でアフリカにありそうな木彫りの巨大な顔の盾と小物が並ぶ机に挟まれ身動きが取れなくなってしまった。

丁度入り口からは巨大な顔で私が隠れる為、このままでは誰にも気が付かれないかもしれぬと思い、誰かいないかと声を発した。
するといつも店に現れては何も買わず、そして一言も喋らずに去る子泣き爺に酷似しているジジイが現れた。
ジジイは私を見つめているが一向に助ける気配はなかった。私も何となくこのジジイには触れないでおこうと思い、現状を維持した。

しばらくすると店長の登場と共に、昨日私がクレーム対応した客が再度同じ件でリベンジ来店した。私は会話の邪魔してはならぬと思い客が帰るまで身を潜める事にした。
しかし、腹部が空気で張り、私に人間が恥じらう身近な生理現象の一つが迫り始めた。
クレーマーがなかなか帰らぬ為、時の経過と共に私の中の空気状の尻子玉は弾けんばかりに荒ぶり始めた。
もし今振動が与えられば私の尻子玉の破裂音が店内に響く事だろう。
私は刺激しないよう慎重に盾を支える力による身体への負荷を調節し、10分程度は耐えられるだろうと安堵したその時であった。
先程のジジイが近くにあった小型の銅鑼を叩き始めた。

ジジイの目に銅鑼が触れてしまった事が運の尽きであった。
銅鑼の振動は私の尻子玉を震わせるだけではなく、クレーマーや店長の意識をこちらに向けさせ、私の存在がバレてしまった。
私は腹部への振動に耐えながら顔を覗かせ
「すみません、こちらの事はお気遣いなく」
と声を絞り出した。
しかし、銅鑼を叩くジジイと巨大な顔と一体化する人間という何らかの儀式のような光景が気にならない筈がない。店長はうちの店で神を地上に降ろす作業はご遠慮頂きたいとジジイに告げたかった事だろう。
しかし、その儀式の一端をバイトが担っている為、その言葉は飲み込まれた。

銅鑼が鳴る度に私に限界が近づいている。
空気振動がこんなにも凶悪なものだとは知らなかった。和太鼓であったら即死であった事だろう。
しかし、ピンチはチャンスである。
この銅鑼の音に乗じれば、皆に気が付かれずして尻子玉を解放できるはずである。
私はジジイに感謝し、銅鑼を叩くタイミングを見計らい意を決して尻子玉を解放した。

しかしジジイは突如銅鑼を叩く事をやめた。
なんというタイミングだろうか。
皆の注目を集め、厳かな音の後に満を辞して不協和音を放った様になってしまった。
一人になりたい…誰もいない所へ行きたい…。
今ドラえもんに「秘密道具で何を出して欲しい?」と訊ねられれば、何もいらぬからそのポケットの中に私をしまってくれと申し出る事だろう。
ジジイは普段無口な癖に、この時ばかりは「ウフフ」と声を漏らしていた。
可愛いらしい笑い方であったが、この時ばかりは邪悪に見えた。

アフリカの木彫りが店長により撤去された。
できることならそのまま顔を出さず1日を終えたいところであった。
クレーマーはクレームという己の使命を疎かにし、先程の事が頭から離れないのか震えていた。ひとしきり無言の時間が過ぎた後
「君たちじゃ話にならないから、責任者を呼んでくれないか」と震え声で言うと、店長はすかさず私を指差し
「この人が責任者です」
と、堂々と嘘をついた。
一市民の私が影武者にされる日が来ようとは思わなかった。
クレーマーの顔に絶望が走った。
よりにもよってコイツかよと思ったに違いない。
「……じゃあ、いいです。もう」
と、言い去っていった。
例え己の中で損をしようとも、コイツと関わる事は避けたいという意志を感じた。

再び銅鑼の音が響いた。
今叩くなら何故先程叩いてくれなかったのだろうか。

【追記】
このような事があったが、何とかなっているので、同じような事があったとしてもどうか強い気持ちで過ごして頂きたい。

ジジイは銅鑼を気に入り、しばらく鳴らした後に満足し去っていった。 
その後、ジジイは来店すると必ず銅鑼を一回鳴らすようになった。
いつしか銅鑼の音はジジイの訪問を告げる音となり、鳴らないと従業員達は心配するようになった。
特に(私の尻子玉以外は)誰も迷惑していないので、そのままにしてある。
彼もまた、この店の大切な顔ぶれなのだ。


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