不審者に窓から家で一人でいる姿を見られ恐ろしい事になった話

家で米津玄師の練習をしていたところ、見知らぬ男が庭に侵入してきた。

今家には私と猫しかいない。
せめて犬がいると思わせようと思い、庭に面した全面窓からレースのカーテン越しに姿が透けぬよう低い姿勢を保ち、私は大型犬を意識した鳴き声を発した。

この家に大型犬がいると思えば男も迂闊に手を出せぬだろう、そう思い勤しんでいると猫が爪を引っかけカーテンが少し開いた。
美しい白いレースが開かれたその隙間から、私の目に鮮やかな外の光が差し込んだ。
しかし、対極に男からは、薄暗い部屋の中で髪で顔の見えぬ人型の何かが四つん這いで吠えている様子が垣間見えた。

米津玄師に少しでも寄せようと髪に細工をした結果が今悲劇に拍車をかけている。
一枚の窓を隔て不審な男と人になり損ねた米津玄師が出会ってしまった。

ふと男の手を見ると回覧板が握られていた。
夢ならばどれほど良かったでしょう。
このフレーズを誰よりも感情を込め歌える自信が私の中に生まれた。

状況を好転させるべく挨拶をしようと腰を上げた瞬間、私を激痛が襲った。
立ち上がりきれず、人類の進化の図の二番目あたりの体制で凄まじい形相を浮かべる謎の生き物と化してしまった。
急激な進化に身体が耐えられなかったのだろうか。男は不気味な進化の場に立ち合ってしまい、この庭に足を踏み入れた事を深く後悔した事だろう。

これだけでも十分恐怖であるというのに、更にその生き物はバランスを崩し、妙に素早い動きを見せ窓に衝突した。あわや大惨事である。私は男と目が合ったまま、窓に手の痕を残しつつずり落ちた。
何かの研究施設の化け物がガラス越しに研究員を襲おうとしたシーンのようになってしまった。

ふと、視線の先で何かの勧誘のようなスーツ姿の二人組がこちらを覗いていた気がしたが、彼らは我が家を抜かして通り過ぎていった。賢明な判断だと思った。

男も回覧板を渡すことなく逃げる様に庭から去って行った。
せめて回覧板は置いていけと追いかけようとも思ったが、ガラスを突破した化け物に追われる研究員の恐怖を新たに男に植え付ける可能性が高い為断念した。

いち早くこの土地から去らねばならない。
もしくは顔を変えて素性を隠し過ごしたい。

指名手配犯がまず最初に考えるであろう思考に陥った。
そう思っているとインターホンが押され、いつも回覧板を持ってきてくれる奥さんが現れた。
先程の男から話を聞き心配し駆けつけてくれたようであった。
男は彼女の息子であった。

男はインターホンの場所が分からず、ドアの横にあるかと思い庭に入ったが、そこにも無かったので庭先で困っていたらしい。

今後、彼が米津玄師を見る度に、この出来事が記憶から呼び覚まされると思うと、私は胃の辺りが縮む様な感覚に襲われた。

回覧板を開くと、最近この辺りに現れた不審者情報が載っていた。
私の佇まいに比べれば足元にも及ばぬ不審者風情であった。

【追記】
カーテンは日頃からしっかりと閉めておくべきである。

ちなみに、人類の進化の図の二番目の時、猫は私の周辺を飛び跳ねまくった。
凄まじい形相の猿人の周りを猫が何往復も駆け巡る様は、情報量が多すぎる光景であった為、上記文やTwitterの方では削らせて頂いた。
それを全て目の当たりにした彼の脳への負荷を思うと今でも申し訳のない気持ちになる。

その母親は彼の恐怖体験を聞き
「あ、多分、アイツだわ」
と、すぐにピンと来て怪我をしていないか駆けつけてくれたらしい。
何故あの状況下で「多分アイツだろう」と私とイメージが繋がったのかについては、あまり考えないようにしている。
  

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