転売事件の被害にあった話

私のバイト先と店ぐるみで仲の良い小売店へ行くと、この辺一帯の店で転売ヤーとして警戒されている客がレジの店員と揉めていた。

すると、うちの店によくクレームをいれてくる常連の年配女性も丁度この店におり「アンタ注意してきなさい」と何故か促された。
人間関係のトラブルは殆どが伝え方によるものであると学んだので、私は声を穏やかに語りかけたが
「転売のお客様ー」
と、声色に反して穏やかでない呼び方になってしまった。
一瞬にして店内の全ての会話は止まった。

転売のお客様に怒られる未来が見えた。
私の背後に並ぶオヤジが
「めっちゃハッキリ言うじゃん……」
と、呟く声が微かに我々の鼓膜を揺らした。

早急に次の言葉を繋げる事で「転売のお客様」についてを流す作戦を決行し、この商品は一人一点だと伝えて話題を逸らした。
作戦は功を成し、転売のお客様は
「前に店長に言ったら買えましたけど!」
と、別ベクトルでこちらに声を荒げた。

これが彼女の手口であることは知れ渡っているが決めつけは良くないと思い「今は店で一点と決まっているので難しい事とは思うが、店長を呼ぶので念のため相談してみては?」と持ち掛けてみたが、私の口が追いつかず

「どうしても必要なら相談の難しいキマッて  
 いるテンピーを呼びますね」

などと何らかの薬の常習性を漂わせるテンピーという不穏な存在が浮かび上がった。

とんでもない者が呼ばれようとしている。
相手からすれば虚偽が明るみとなるので店長を呼んで欲しくはないだろうが、テンピーは更に呼んで欲しくない。
テンピーが何者かは知らぬが相談が困難な程に何かがキマッているのならば「テンピーを呼ぶぞ」などと、もはや脅しに近い。

転売のお客様も若干口角を緩ませながら
「アンタも店員なんだから文句言うならアン  
 タが何とかしなさいよ」
などと、最後の意地を保ち呟かれたが
「自分、ここの店員じゃないんですよ」
と、伝えると再び時が止まった。

「じゃあ、お前何なんだよ」という空気が一瞬にして辺りを包んだ。
たまに駅に出没する駅員になりきっているオヤジへ贈られる視線が今私に注がれている。
客達の中で、もしやコイツがテンピーなのではなかろうかという疑惑すら浮上している。

事のあらましを説明しようと
「この年配女性に言われてやむを得ず……」と事情を伝えるべく振り向いたところ、年配女性の姿は消えていた。
はめられたと思った。

このままでは店員気取りの謎の客である。
誤魔化す為に、一人一つだとご存知ないのかと思いお声がけしたと述べたところ
「一人なので声かけようと……」
という一人客を狙う不気味な偽店員テンピーと化した。
もはや店にとって転売のお客様と同等の不穏さを漂わせている。

すると、先程の年配女性がちゃんとしたこの店の店長を引き連れ再び登場を果たした。
裏切り逃げたと思われた仲間が強力な助っ人を連れて戻る熱い展開に似ている。
店長がレジの店員に向かい
「どうしました?」
と訊くと
「転売様が……」
と店員の様子もおかしく、転売のお客様が転売の神のようになっていた。

後ろのオヤジは先程からずっと商品で顔を隠し震えている。
レジはまだ進まない。

【追記】
数日後、バイトに出勤すると
「やあ、テンピー」
と、店長に迎えられた。
もうここまでテンピーの魔の手が回ってきたのかと思うと、狭いコミュニティの恐ろしさを痛感した。
バイトの木村は呼ぶのが憚られると思ったのか
「やんぴー」
と私とテンピーのキメラを生成していた。
お前ら覚えておけよと私は思った。


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